346.平衡感覚
陛下はため息をついた。
「そうだ。
信頼されて頑張ってやった仕事を完遂できなかったり失敗してしまったわけだからな。
この場合、統治者の方には黒星がつかない。
一方的に配下のせいになってしまう」
それは辛いよね。
まともな神経をしていたら耐えられないかも。
でも国王陛下ってそういう決断を常にやっていかなければならないのよね。
それは公爵家でも同様だし、規模は小さくても貴族ならみんなそうだ。
まあ、中には失敗を平気で配下のせいにする人もいるけど。
「御身は同盟の盟主になる立場だ。
つまり大陸をすべて背負うことになる。
それが心配であったのだが」
陛下がにやりと笑った。
「安心した。
御身ならやっていけそうだ」
何でそういう評価になるのかなあ?
私なんか事なかれ主義でペラペラなのに。
「過分な評価を頂きましたが、その理由をお尋ねしても?」
恐る恐る聞いてみたら陛下は何と片目を瞑って言った。
「御身はいい意味で無責任だ。
それでいて懐が深い。
これは為政者として得がたい資質である」
よく判らない。
「無責任というのは」
「ああ、言い方が悪かった。
何もかも抱え込もうとはしないと言う意味だ。
しかも配下の言うことをよく聞く。
それでいて自分の意思はしっかり持っているだろう。
それこそが良い統治者の一番大切な条件だ」
さいですか。
よく判りませんが、陛下がそういうのならそうなんだろうな。
「安心した」
陛下はなぜかリラックスして言った。
「何でしょうか」
「最初は無茶だと思ったのだがな。
成人したばかりの小娘を大陸の覇者に祭り上げてどうしようというのかと。
いくら神聖教がバックについていても本人にかかる重圧が減るわけではない。
早々に潰れるか、誰かの操り人形になるか。
むしろそうなった方が使いやすいことは判るが」
酷い事言うなあ。
つまり神輿には自分の意思とかがない方がいいというわけか。
確かに祭り上げられて坐っているだけの人形に意思なんかない方が手間がかからない。
盟主なんかそういうものだし。
「お考えの通りでございます」
言ったら否定された。
「違うだろう。
御身の評判は聞いた。
雌虎とはよく言ったものだ。
まさに名は体を表すということか」
そっちの評判かよ!
ちょっと舞踏会で優男をぶちのめしただけなのに、それがここまで祟るとは。
孤児院時代のやらかしならまだ隠蔽しようもあったんだけど、あれは目撃者が多すぎて今更どうしようもない。
「お恥ずかしい次第で」
「そんなことはなかろう。
御身のご母堂や祖母上に比べたら可愛いものだ」
あーっ!
そっちもあった。
龍とか女帝とかだものね。
あれ?
「陛下はお二人とは?」
「ああ、何度か戦り合ったことがある。
完敗であった」
そうなの。
いや、まさか本物の合戦じゃないだろうけど、つまり国際的な何らかの折衝で負けたわけね。
恐るべきは母上と祖母上だ。
私なんか足下にも及ばないけど、逆に言えばお二人の評判が私に繋がっているわけか。
きつい(泣)。
「それは失礼致しました」
「御身が謝ることでもなかろう。
もっとも負けたと言っても譲られた部分もあって、必ずしもこちらの丸損というわけでもなかったがな」
「といわれますと?」
「『影の女帝』は均衡を作り出すのが上手い。
一方的な損得ではなく、どちらにも利益が出るような妙案を提案してくる。
それでいて最大の利益はライロケルが得ているのだからあっぱれというべきか」
母上ってそういうタイプなのか。
自分でも人に媚びるのが上手いとか言っていたものね。
それでいて平衡感覚が優れているから絡まった状況をするっとまとめてしまえるんだろう。
もちろん、そんなに簡単にことじゃないのは判るけど、何せ媚び媚びだもんなあ。
気がついたら丸め込まれていて。




