304.傑物
「ところで何かお話があるのでは」
聞いてみた。
「特にはないな。
シアンを紹介したかっただけだ。
これからはこのシアンが私の侍女という名目の参謀になる。
これはロメルテシアも了承済みだ」
さいですか。
「シアン様はそれでよろしいのですか?」
ちょっと心配になって聞いてみた。
私からみたらメロディこそ天才というよりはもう化物なのよね。
度胸もカリスマも頭の切れも突き抜けている。
私がいなかったらメロディが神聖軍事同盟の頭を取っていただろうし。
「光栄でございます。
精一杯、尽くさせて頂きます」
シアン様は型どおりの回答をよこした。
まあ、そうするしかないよね。
自国の王女と他国の公爵を前にしてそれ以外の返答は考えられない。
拒否なんかもっての他だ。
「何でわざわざとか考えているな?
もちろん理由がある。
貴君にもいるだろう私にとってのシアンみたいな存在が」
メロディに言われて初めて気がついてしまった。
そういえばいた。
ていうか着いてきていたりして。
「うん、判った。
思い出した」
「それは良かった」
メロディが笑ってシアン様と共に去った。
いやシアンは伯爵令嬢だから「様」は無理があるか。
でも呼び捨て出来ないし。
「嬢」だな。
そう思いながら専任侍女に言って意中の人を呼んで貰う。
どこにいるのかも知らなかったけど、割合すぐに来てくれた。
「失礼致します」
ドアを開けて入って来たのはある意味懐かしい人だった。
直接話さなくなって結構たっていたりして。
顔は見てるんだけど。
「ようこそ。
エリザベス」
「テレジア公爵殿下にはお日柄も良く」
深く礼をとるエリザベス。
「そんなのはいいから」
エリザベスはドアを見て人払いされているのを確かめてから笑ってさっさと席に着いた。
専任侍女も専任メイドも何も言わない。
それどころか率先してお茶を配膳したりして。
そういえば二人ともエリザベスとは顔なじみだったっけ。
学院では一緒に食事したものね。
「どう?
元気してた?
今までどうしてたの?」
つい男爵家子女になって聞いてしまった。
「落差が酷いね。
マリアンヌが公爵としてちゃんとやっているのは知ってたけど」
「芝居よ芝居。
貴方もやってることでしょ」
そう、エリザベスも演じていた。
男爵令嬢という役柄だったけど、本当に単なる男爵家子女のままだったら王家の手の者とか出来るはずがない。
そもそも学院でエリザベスがいきなり接触してきたこと自体が不自然だった。
小説の設定上、乙女ゲームのお助けキャラだから不思議には思わなかったけど、ここは現実なのよ。
当時からエリザベスは王家の命令で動いていたと思うべきね。
だって王家は私が生まれる前から私の存在を認識していて、それどころかサエラ男爵領に私の保護のための専任部隊を常駐させていたくらいで。
当然、私が学院に入るのなら監視くらいつける。
エリザベスがその役目を請け負っていたのよね。
それを言うと謝られた。
「ごめんなさい」
「お仕事なんだから仕方がないわよ。
それに助かったのは本当だし」
「それでも謝らせて。
不純な動機で貴方の信頼を得ていたんだし」
「それも過ぎたことよ。
そういえば今はどうなの?」
あんまり私に関わっていないような。
私がテレジア公爵にされた頃、いやその前からほとんど会わなくなったけど。
「貴方の監視任務は解かれたわ。
今は王家の手の者のお役目も辞退させて頂いたし」
「そうなんだ」
だったらどうしてここにいるのか、と思ったら言われた。
「今は純粋に貴方に仕えたいというか、ついていきたいというか。
だから今回のミストア訪問団にも志願したの」
志願か。
「役目は?」
「物資調達や輸送の手配ね。
カリーネン家の交易網が使えるから割と重宝されている。
もちろんそれだけじゃないけど」
「とは?」
「ロメルテシア様にお声がけ頂いたの。
あの方は凄いわよ。
メロディアナ様と同じくらいの傑物ね」




