188.暴走
「どういった方々でしょうか」
「大半は跡継ぎ予備と聞きました。
例えば法務長官は法衣子爵が叙せられます。
これは世襲ではありませんが大抵の場合、嫡男が引き継ぎます。
ですが、万一に備えて予備の方が用意されます。
これらの方々は無役ながら専門教育を受けつつ働いておられるので」
そういえばエリザベスがそんなことを言ってたっけ。
領地貴族家もそうだけど、爵位持ちは自分が現役でいる間に跡継ぎを育てる。
嫡男に見習いという形で仕事をやらせて、時が来たらスムーズに引き継げるようにしておくわけね。
でも人間だから何かの理由でその人が駄目になる可能性がある。
なので予備も用意しておくと。
「なるほど」
「学院で募集をかければ良いと思います。
ただ、その場合はマリアンヌ様ご自身が何らかの立場を得ておく必要がございます」
ルミア様が何かパワーアップしてない?
いつもは裏で動くタイプなのに今回は前面に出てきているような。
「立場ですか」
「はい。
マリアンヌ様は公爵殿下でございますが、それだけでは学院においては弱い。
爵位持ちというだけでは曖昧で引力に欠けます」
それもそうか。
学院で何の実績もないぽっと出の公爵が人を募集したって意味不明だものね。
ていうか私、使用人を募集するの?
お友達の方が……いや、それは無理なのか(泣)。
やっぱ駄目か、と落胆していたらルミア様が更に強力な爆弾を投げ込んできた。
「幸いにしてテレジア公爵殿下に王家から勅命が下りました。
その権威を持ってマリアンヌ様が学院で講座を開けば良いと思います」
え?
何それ?
「私が……講座でございますか」
「はい。
いえ、むしろ研究室といった方がよろしいでしょう。
マリアンヌ様が主宰するテレジア王国の渉外を研究する機関を立ち上げればよろしいかと。
これなら希望者が殺到すること請け合いでございます」
「それは素晴らしい計画ですね」
「私も所属したくなりました」
「テレジア公爵殿下が率いる外交団。
よろしいのではないでしょうか」
みんな、何勝手に暴走してるのよ!
ついていけなくなった私はパニクりながら皆様に丸投げした。
モルズ……ユベニア様たち侍女見習いグループの任務として計画のたたき台を作ってもらう。
それを元にして家令に相談して王政府と交渉して貰うとか。
「さすがでございます」
「やはり、御身はなるべくして公爵位におつきになられたのですね」
侍女見習い様たちが何か勘違いしてるみたいだけど違うから。
私の前世の人は女子高生という身分だったんだけど、通っていた「学校」という機関では「クラス」に所属していた。
その機関では勉学以外にもクラス単位で色々やっていたのよね。
例えばお祭り。
文化的なものと体育と両方あったんだけど、それぞれクラスで何かやることになっていた。
どうするのかというと、まず「委員」という責任者を選ぶ。
その委員は何をやるかを決めて計画を作るんだけど、委員自身は加わらない。
誰かを指名してやって貰うのよ。
計画が出来たらやっぱり委員が指名してそれぞれお役について貰う。
委員は全体の調整をやるだけでいい。
気がついたんだけど、貴族ってこれに近いのではないかと。
自分では実務はやらずに人に任せる。
丸投げするとも言う(笑)。
その結果をまとめてもっと上に報告したり、実務に投げ返したりするお役だ。
これ、実際の社会でも大体同じだったりして。
上に立つ人は自分で何かやったり作ったりはしない。
配下に命じてやらせるのよ。
私の前世の人はそういった社会の仕組みに興味を持っていて、それに関係した本を読んでいたみたい。
プロジェクト管理、というのよね。
もちろん私は全部は理解出来ないけど、何か仕事があったらそれを分割して誰かに丸投げする、という方法論だけは把握出来た。
だからよろしく(泣)。
とことん疲れたので侍女見習いの方々とお別れして自分のお部屋に戻る。
専任メイドが私を見てるけど、その熱の籠もった視線は何?
「もはや言葉もございません」
「何が?」
「お嬢……殿下はいつどのようにしてあれほどの人心操縦術を身につけられたのか。
並の貴族ではとても及ばない境地に達しておられる」
はいはい。
もう青い血とかはいいから。
「ちょっと休みたい」
「お心のままに」
まだ日は高いけどネグリジェに着替えさせて貰ってベッドに飛び込む。
しんどい。
高位貴族ってこんなことを毎日続けているのか。
心が折れそう。
気がついたら窓から差し込む日の光がほとんど水平になっていた。
「グレース」
「ここに」
ずっと待機していたのか。
むしろ怖いぞ。
「夕食には誰かいらっしゃる?」
「その予定はございません」
良かった。
毎晩晩餐だと疲れるからね。
「ではお部屋で」
「お心のままに」




