186.認識の限界
そんな心配をしながらも、次から次へお部屋に入ってきては自己紹介する人達に挨拶し続ける。
家令や執事クラスはいなかったけど、その下で働く侍従や「長」付きのメイドさんなどが主だった。
たまによく判らないお役の人もいたけどスルー。
どっちにしても管理職的な立場なんでしょうね。
高位貴族からみたら、その辺りまでが認識の限界らしい。
あまりにも臣下や使用人の数が多すぎていちいち見てられないのは判る。
なので普通のメイドや下僕は見えない事になっている。
従って紹介もされないし個体認識も必要ない。
ちなみにモルズ様たち侍女見習いの立場はちょっと特殊だ。
宮廷作法の講義で教えて貰ったんだけど、侍女は専門職に分類される。
侍女見習いはその候補生という立場で、正式に雇用されるわけではないらしい。
言わば「お客さん」で、言って見れば研修生?
正式な侍女のお手伝いという形でお仕事を習うのだそうで、修行した結果お墨付きが出たら侍女として採用される。
侍女見習いって無給らしいのよ。
だから逆に使用人としての義務には縛られなくて、申請して許可されればお仕事を融通してもらえたり、長期で休暇などもとれるそうだ。
ああ、それで侍女見習いか。
シストリア様なんかむしろ名前だけかもしれない。
オペラ歌手が忙しくて貴族家の侍女なんかやってられないだろうな。
一通りの面接が終わった後に家令に聞いてみたら案の定だった。
「あの方々は使用人というよりは殿下のお話し相手といったお立場でございます。
もちろん侍女としての職務は行います。
確認致しましたところ、皆様公爵家の侍女として務めるのに十分な知識と技量を既にお持ちでございました」
それはそうよね。
だって皆様、高位貴族家の令嬢なのよ。
しかもかなり優秀な部類でしょう。
ゆくゆくは高位貴族家の奥方としてその家を取り仕切るための訓練を受けているはず。
それって侍女の上位互換だから。
まあいいや。
ていうか好都合なのでは。
そもそも侍女って下働きじゃなくて、主人の至らない面を補足するための存在だものね。
高位貴族どころかその令嬢としてすら全然至らない私をビシッとしつけて頂けるわけね。
駄目出しは怖いけど有り難い。
面接が終わると私は楽なドレスに着替えてお部屋に戻ったんだけど、ふと思いついてお強請りしてみた。
「侍女見習いの方々と話したいんだけど」
「お心のままに」
専任執事が一礼して目配せすると家令見習いが動いた。
力関係が判るなあ。
「それでは失礼して」
またも着替えさせられる。
今度のドレスはテレジア公爵家の色だそうで、薄紫のシンプルなものだった。
身内と会うんだから装飾過剰な衣装は必要ないそうだ。
面倒くさい(泣)。
まあ、自分で考えなくて済むんだから楽とも言える。
専任メイドに案内されて応接室に行くと、既に着座していた皆様が一斉に立ち上がって礼をとった。
壮観だ。
お仕着せなのに高位貴族らしい雰囲気が凄い。
でももっと凄いのは専任侍女だった。
皆様に負けてないって、いつの間にそこまでになったの?
端から見ても堂々たる先輩侍女ぶりで、とてもたかが男爵家の正室には見えない。
みんな成長しているのか。
よし私も。
礼儀の先生に習った通りに静々と進んで上座の椅子に腰掛ける。
専任侍女は私の後ろに立った。
専任メイドが配下のメイドを指揮してテキパキと配膳する。
「どうぞお掛け下さい」
言わないと坐りそうにもない。
皆様が一斉に着座したところでなぜか専任侍女が言った。
「それでは私は職務に戻ります。
グレース、後は頼みます」
「はい」
颯爽と出て行く専任侍女。
逃げたな。
それにしても後始末を専任メイドに丸投げとは。
ああ、そういうことね。
これでグレースが公爵家においてどれほどの立場にいるのかが判る。
公爵の専任侍女の代理が出来るくらい、私に近い存在だ。
という風に演出したのか。
さすが。
まあ、理由の半分は逃げだろうけど(笑)。
「皆様、ここは私的でお願いします」
そう言わないと公爵対侍女見習いになってしまうものね。
「ありがとうございます」
モルズ様じゃなくてユベニア様が言った。
やっぱりこの人がリーダーらしい。
「まずお礼を申し上げます。
侍女見習いとして採用して下さってありがとうございました」
「「「ありがとうございました」」」
揃った。
「いえ。
私の方こそ皆様に来て頂いて感激です」
これは本当だ。
何て言ったって私、同世代の友達どころか知り合い自体がほとんど皆無なのよね。
学院の学生仲間の人たちとは結構打ち解けていたんだけど、歌劇やなんかのせいで遠巻きにされるようになってしまったし。
公爵なんかにされて、もう駄目だろうな。
私的な知り合いってユベニア様たちくらいしかいない。
後はエリザベスか。
あの娘はそのうち自力で現れるだろうから心配はしてないけど。




