178.政略結婚
祖母上に言われなくても判ります。
例えばテレジアのどこかの貴族家に私を預けた場合、その家はテレジア王家に対して強すぎる力を持つことになってしまう。
それだけじゃなくてゼリナやハイロンドに対しても発言力が増したりして。
それにもっと問題があって、私を預けられた家は私をいかようにも教育出来る。
何せ赤ん坊なんだからじっくり時間をかけて洗脳すればいい。
「ゼリナかハイロンドは駄目だったんですか?」
聞いてみた。
「無理だ。
ゼリナに持ちこんだら私以上の爆弾になるだけだ」
私は爆発物か。
「ハイロンドも駄目です。
私は王妃とはいえ、それほど信頼出来る家臣は当時まだおりませんでした」
「ならば、そのまま男爵家に置いておいてくれれば」
そうしてくれたら私は最初から男爵令嬢として育ったのに(泣)。
「それも無理だ。
王家の瞳を持つ男爵令嬢だぞ?
テレジアの高位貴族の間で取り合いになる。
そうなったら王家も黙っていられまい。
前王家に直接に繋がる生きた証拠だからな」
あー。
確かに。
男爵家の令嬢だったら隠せないよね。
絶対に噂が広まる。
増して私は当時の男爵閣下と同じ髪色だ。
これって王家の瞳ほどじゃないけど珍しいのよ。
どうもどこか外国の血らしいんだけど。
数代前のサエラ男爵家に輿入れした女性がやはり桃髪だったと聞いたことがある。
前男爵様も先祖返りだったんだろうね。
あ、それでか。
私が孤児院から男爵家に引き取られた時に、予想に反してご家族の皆さんがもの凄く親切というか、親しくして下さったのよ。
何ていい人たちなんだと感動したんだけど何のことはない、前男爵様と同じ桃髪だったからか。
露骨に血縁だものね。
むしろ私の方が前男爵様の直系と言ってもいいくらいだ。
だってサエラ男爵家の皆さんって桃髪な人は一人もいなかったのよ。
その方々からしたら私の方が正統な子供に見えたのかも。
少なくとも親族であることは間違いないし。
「なるほど」
「とにかく赤ん坊の頃から御前は目立つなんてもんじゃなかった。
テレジアの王都に連れて行ったら一発でバレる。
その点、サエラ男爵領では桃髪は珍しいがいないわけでもないからな。
男爵様がそうなんだから領民も見慣れている」
「それは判りませんが、少なくとも王都や諸外国よりは目立たないと思います」
「それで私は孤児院に?」
「そうだ。
サエラ男爵領なら中央の目も届かない。
他の貴族もほぼ来ないからな。
ということで私は乳離れしたらすぐに御前を孤児院に預けたわけだ。
もちろんテレジア王家にも通達して安全を確保した」
そうかなあ?
私、結構頻繁に襲われたり拐われかけたりしたけど。
「致命的なものは全部事前に防いだはずだ。
定期的に報告は受けていた。
それに」
母上はにやっと笑った。
「御前は幼女の頃から生存指数がやたらに高かったらしいじゃないか。
とても幼児とは思えないような狡猾な手段で襲ってくる相手を撃退していたらしいな?」
知ってたんかい!
隠せていたと思っていたのに。
「だったら助けて下さいよ」
「貴方個人では手に余るような相手は王家の手の者が事前に潰していたはずですよ。
貴方が撃退に失敗した場合の対処も万全でした」
祖母上まで。
私は生け簀で飼われていたと?
ついうろんな目を向けてしまったら祖母上にも母上にも視線を逸らされた。
一応、羞恥心はあるらしい。
「……私はとりあえずハイロンドに戻って足場を固めようとしたんだがな。
落ち着いたら出来るだけ早く御前を迎えに行こうと思ってはいた。
だが」
「セレニアに縁談が持ち込まれたのです。
もちろん私も娘も大反対だったのですが」
「ハイロンド国王が自分の顔を立てて一度だけでいいから会ってくれとしつこくて。
断ってもいいんですよね? と聞いたら沈黙されて」
駄目じゃん。
ていうか王女なんか政略結婚するために存在しているようなものだから、個人の好みで断ったりは出来ないでしょう。
「ライロケルはハイロンドの重要な商売相手だからな。
ハイロンドは商業国家だから顧客のご機嫌を損ねるのは拙い。
しかもだ。
お相手はライロケルの皇王陛下だと言う話だ。
これはもう詰んだな、と覚悟しかけたんだが。
そこで気がついた。
私には娘がいるじゃないか!」




