177.勅命
自由にやっているように見える母上も追い込まれていたと。
しかもアレだ。
地方男爵家のメイドという偽装なんか、誰かが駄目出しすればすぐに剥がれる。
連れ戻されてどこかに輿入れだ。
「で、相談したら奥様が素敵な提案をして下さって」
「素敵ですか」
何か凄い嫌な予感がするのですが。
「要は私がハイロンドにとって良い駒でなくなればいいわけだ。
そう、例えば未婚で子持ちとか」
は?
何それ。
信じられない発想だ。
「……要するにご自分の値打ちを堕とすと」
「いい提案だと思ってな。
子供も産んでみたかったし。
早速、旦那を探そうとしたら奥様が」
ああーっ!
駄目だってそれ!
何考えてんだよ!
その奥様、頭がおかしいんじゃないの?
「貴方もそう思うでしょう?
私もそれを聞いた時は呆れ果てて何も言えなくなりました。
どこの馬鹿がわざわざ傷物になりたがるのかと」
「だって母上も未婚で表向きには父親が判らない娘を産んだではありませんか。
ずっと羨ましかったので」
馬鹿だ。
本当に馬鹿だ。
こんなのが私の実の母親かと思うと泣くに泣けない。
でも判ってしまうってことは私も同類なんだろうな。
この母にしてこの娘あり。
「それでサエラ男爵様と?」
「男爵様は最初渋っていたんだけどな。
奥様が王妃様を通じて国王陛下から命令を出して下さって」
可哀想な前サエラ男爵様(泣)。
何が哀しくて陛下直々の命令で浮気しなきゃならないのか。
男爵が勅命に逆らえるわけがないでしょう。
ていうか陛下、よくそんな勅命出したな。
祖母上がよほど怖かったとか?
「それで、母上と姦ったと」
「おお。
実を言えば当時のサエラ男爵様は私の好みど真ん中でな。
嫡男が成人しているお歳だったが男盛りの美男だった。
一目惚れだったんだが、諦めていたところに奥様直々に推薦して頂いて」
もう呆れてものも言えない。
その時の母上、前男爵様の嫡男より若かったのよね。
ん?
「イケオジだったのですか」
「それはもう。
そもそも私はなぜか同世代の男に興味がなくてな。
なんだか幼稚っぽい気がして。
それに父上がまた男前で可愛がって貰ったんだが、早々に逝ってしまわれたせいで」
ファザコンになったと。
いや、判るよ。
判るけど。
ひょっとしして、私のおじさま好きは母上の遺伝なのか!
そりゃあ、私だって同世代の男なんか興味ないけど。
サエラ男爵様が実の兄でなければ惚れていただろうし。
何てことだ。
どうしようもなく判ってしまった。
セレニア様はまごうことなき私の母上でございます。
「……それで私が生まれたと」
「ああ。
嬉しかったぞ。
それはそうなんだが」
母上が言葉を切った。
「が?」
「御前は見事にサエラ男爵様の桃髪を受け継いでいて。
それはいいんだが、目が開いて驚愕した。
王家の瞳だったんだよ。
御前の祖父の隔世遺伝で」
ああ、それは詰んでますね(泣)。
母上の瞳はごく普通の茶色で祖母上と同じだ。
だから油断していたんだろうけど、一世代飛び越えて「王家の瞳」が出てしまった。
私の祖父上は生粋のテレジア王族だからね。
当然、王家の瞳持ちだったはずだ。
「私は御前を連れてハイロンドに戻るつもりだった」
母上が視線を逸らせながら言い訳を始めた。
「私みたいなふしだらな王女を子持ちで嫁に出したらハイロンドの恥になりますよ、という口上まで準備していたんだが」
「私が止めました」
祖母上が割り込んだ。
「危険すぎます。
セレニアの娘に王家の瞳が出たということは、セレニア自身の出生をも物語ってしまいます。
そして一度疑惑を持たれたら」
「ズルズルとバレるだろうな。
私がテレジアの前王家とゼリナ王家の血を引く娘であると。
大混乱必至だ」
別にいいですけどね。
言い訳しなくても。
大体判りました。
「それで私を捨てざるを得なかったと」
「捨ててない!」
母上が激高した。
「色々考えたんだ。
でもどうにもならなかった。
ハイロンドに連れて帰ることは出来ない。
かといってそのまま御前と一緒に暮らすことも論外だ。
テレジア王家からは早く国から出て行ってくれとせかされていたし」
「養子やどこかに預けることも考えたのですが、やはり危険過ぎました。
貴方を手にした者がいつ誘惑に駆られないとも限りません。
それだけ政治的に大きすぎる存在なのですよ、貴方は」




