173.契約
そうか。
これまでの話を整理してみると、こういうことだ。
まず祖父上が舞踏会で婚約破棄して祖母上がゼリナに帰国して修道院に入る。
祖父上は王子を降りてテレジア公爵になる。
離宮で体制を整えたところに修道院を抜け出した祖母上が合流し、メイドに化けて甘々な生活に入ると。
「よくそんなことが出来ましたね」
感心してしまった。
ていうか普通は無理でしょ。
間違いなくテレジア王家の協力があったはずだし、もっと言うとゼリナ王国側でも大規模な支援がないとおかしい。
「ええ。
当時、王太子であった兄上が父上には秘密で協力して下さいました」
「国王陛下に逆らってですか」
「このままでは将来のご自分の治政に悪影響が出るとご判断されたようですね。
父上は強引にやり過ぎてあちこちから反感を買っていましたので」
シェルフィル様は淡々と言った。
「なので、私は恙なくゼリナを出国し、テレジアのデレク様の元に。
ちなみに当時のテレジア公爵家タウンハウスの使用人の大半は私の臣下や配下でございましたのよ」
パネェ。
でもなるほどね。
この陰謀にはテレジアの王家や王政府もどっぷり浸かっていたんだろう。
大醜聞をやらかしたデレク様が今でも異様なほど慕われている理由もそれか。
言わば身を捨ててテレジアを守ったわけだから。
「よくバレませんでしたね」
「デレク様は離宮に引きこもって一切の社交を拒否しておられました。
それでもテレジアの方々は密かに通ってこられましたけれど。
王政府の重鎮や高位貴族家の当主だけでございましたが」
人気があったんだね。
結構忙しかったようだけど、それでも王太子や国王やるよりは遙かに楽だっただろう。
そうやって過ごしている内に母上がお生まれになったと。
祖母上は平然としておられたけど王妃様と王太子妃様が紅くなった。
初心だなあ。
やっぱり高位貴族の元令嬢って箱入りらしい。
「すると母上は離宮で育ったわけですか」
聞いたら肯定された。
「表向きは公爵に寵愛されたメイドの娘だったからな。
他の使用人の子らと一緒に離宮の庭を駆け回って遊んでいたよ。
時々王家や高位貴族家の子供たちも遊びに来ていたし。
だから今でもそいつらとは交遊がある。
当時の大人達とも顔なじみだぞ。
特にランソム様には可愛がって貰った」
それ、今のテレジア国王陛下よね?
同世代の高位貴族家子弟は幼馴染み。
そんなに昔からテレジアに馴染んでいたのか。
しかも最強と言っていいコネ持ち。
ていうか母上って血筋から言ったらテレジア人なのでは。
だってテレジアの元王子の実子で。
あ。
ヤバそう。
「気づいた?
そう、私は前テレジア王家とゼリナ王家の血の直系だ。
テレジアの方は公にはされていないけどね」
それ、野心的だったゼリナ国王陛下から観たらど真ん中の政治的道具なのでは。
バレたらオシマイだ。
「私の父上は婚約破棄された私には無関心でしたから。
修道院に行ったと聞かされて、それですっぱりと切り捨てられました。
それでもゼリナ国王陛下がご存命のうちは公には動けませんでした。
幸いと言っては不敬ですが、父上はデレク様と相前後してお隠れになられました。
病死だったそうです」
祖母上が淡々と言った。
わざわざ付け足したのは怖い想像をされたくないからでしょうね。
なるほど。
だから私の母上はテレジアで育ったのか。
ゼリナ王国王女の娘なんだけど帰国出来ないから。
ちなみにデレク様は母上を認知してないので表向きはテレジアとは関係ないことになる。
でも気になる。
「あの、祖母上はデレク様のことは」
「デレク様は、十分満足して逝かれました」
祖母上はにっこりと笑った。
「もともとは二十歳までは生きられないだろうとされておりましたの。
実際、王太子や国王のままではもっと早くお隠れになっていたでしょう。
でもテレジア公爵として新王家の相談にのり、私や娘と思う存分触れ合いながらの生活は、それは楽しいものであったと」
祖母上は平静だった。
多分、もうご自分の中では決着がついた問題なんだろうね。
母上も頷いている。
ならもういいか。
いいよね、祖父ちゃん?
「ゼリナ国王が代替わりしてすぐ、母上と私は呼び戻されてな。
というよりは帰国しろという命令が来た。
テレジア王政府からもなるべく早く出ていってくれと露骨に懇願されたらしい」
「そうなのですか。
冷たくないですか」
そう言ったら母上は侮蔑的な視線を送ってきた。
「テレジア王家の立場に立って考えてみろ。
私は前王家の最後の王子の遺児なんだぞ?
しかもゼリナ王国王女の娘だ。
そんなのが国内にいたら政治的に危ないなんてもんじゃないだろう」




