171.婚約破棄
「つまりデレク様側も口実を探していたと?」
「はい。
元々デレク様は、あのまま御自分が王位を継承する事に不安があったようでございます。
覚悟や気力はともかく体力がついていかない。
国王がそれではテレジアは混乱するばかりと看破しておられて」
シェルフィル様はため息をつかれた。
「私が王妃として出来る限り助力致します、と申し上げたのですが。
さすがに限界があるのは私にも判ります。
ご自身のお身体については他の者がどうにか出来るものではございませんから」
やっぱりか。
祖父上様は自分の王位継承を阻止したいと思っていたのか。
大国の姫君との婚約破棄なんか絶好の口実だものね。
「ざまぁ」で自分どころかテレジア王家自体を潰す。
そして、あくまでこれは現王家がやったことで、テレジア王国には問題はないと言い張れば。
「それに納得されたのですか?」
思わずといった風に王妃様が口を挟んだ。
考えられないことなんだろうね。
王家の者が自ら責任放棄して逃げるんだし。
貴顕の矜持はどこにいった。
「納得はしなかったのでございますが、懇々と説明されて説得されてしまいました。
何よりデレク様がそう望んでおいででしたから。
私としてはできる限りお力になりたいと」
惚気られた。
うーん。
乙女ゲーム臭くなってきたぞ。
祖父上や祖母上の時代にそんなことが繰り広げられていたとは。
「ですが、それでは何の瑕疵も無いシェルフィル様の被害が大きすぎます。
婚約破棄されるなどとは」
王太子妃殿下が憤懣やるかたない口調で言った。
この人もいい度胸だ。
やっぱり王家って(泣)。
「私のことは良いのです。
実際、当時の私もゼリナ国王のやり方に反発しておりましたので。
私はたまたまデレク様という素晴らしい婚約者に当たりましたが、私の兄弟姉妹共は皆、父上の政略で動かされておりました。
一矢報いることが出来るのなら、私は修道院でもどこでも行く覚悟で」
やっぱり乙女ゲームだった(泣)。
「とても現実とは思えません」
王妃様が唖然としている。
そうだよね。
デレク様もだけど、シェルフィル様もどうかしている。
お父上は国王陛下で、その判断は国家の方針そのものだ。
王女がそれに逆らって何かするなんて。
「デレク様は本気でございました。
驚いた事にデレク様は国王陛下を筆頭に自国の重鎮を説得してしまわれました。
凄い方でございました。
戴冠していれば、きっと立派な国王陛下になられたはずでございます」
いや、そんなマイナス方向に凄くてもね。
何となく判ってきた。
デレク様ってアレだ。
やれば出来るけどやりたくないタイプだ。
やらずに済ませるためには何でもやるタイプでもある。
確かに道化だ。
「デレク様は、もともと国王などやりたくなかったのでは?」
つい言ってしまった。
実によく判る。
私の祖父上だから。
さっき誰かが私のことを「デレク様そっくり」と言っていたけど、そういうことね。
建設的なナマケモノだったんだろうな。
「はい。
少なくとも積極的に王位を継ぎたいとは思っていらっしゃらなかったと思います。
もちろん、お身体が丈夫であればテレジア王国を統治することを躊躇されなかったでしょうが。
ですが、出来れば逃げ……どなたかにお譲りしたいと」
逃げ、と言ったな?
ついうろんな目を向けてしまった。
シェルフィル様、ひょっとして貴方も。
「我が娘、その目つきは止めろ。
仮にも祖母だ。
失礼だろう。」
いや、仮じゃなくて本物だけど。
「失礼しました」
「いいのよ。
そういう理由で私は無事婚約破棄され、失意の内に帰国致しました。
ゼリナ国王陛下は怒り心頭で、私はそのまま修道院に」
本当に行ったのか。
そんなの乙女ゲームでしかあり得ないと思っていたんだけど。
でもヒロインがいなかったのよね。
それって乙女ゲームと言えるんだろうか?
いやいや、これは現実だ。
遊んでるんじゃないんだから。
でもあれ?
今まで気づかなかったけど、私の祖父上がデレク様だとしてもシェルフィル様が祖母上なはずがないのでは。
だって婚約破棄されて帰国して修道院に入ったのよね?
「うん。
信じられないだろう?
いやー、私も人の事は言えないけど、母上って本当に凄いから」
セレニア様がケラケラ笑いながらおっしゃった。
これが私の母親か(泣)。




