145.素敵
「何かあると思う?」
聞いてみた。
「五分五分でしょうな。
本日が最大のチャンスであることは間違いありません。
殿下が領地に赴いたりや離宮に籠もって守りを固めれば手出ししにくくなるのは当然です」
うーん。
貴族は生存競争が基本とはいえ、いきなり危機だ。
逆に言えば、これを乗り越えられないようでは駄目か。
「何かあったらやっちゃっていい?」
「それについてはお言葉を頂いております」
家令が咳払いした。
「ご自由に、ということでございます。
そもそも殿下は公爵でございます。
王家を含めて行動を規制することが出来る者はおりませんので」
じわり、と家令が笑った。
食えない爺さんだなあ。
楽しんでない?
いいけど。
そういえば臨時の家令と言っていたロンバートさんはどこに行ったんだろう。
あの人の方がやりやすかったのに(泣)。
「お嬢……殿下、こちらへ」
専任侍女の誘導で隣の部屋に行くと食事の用意がしてあった。
「長丁場になりますので」
「そうね。ありがとう」
腹が減っては戦は出来ぬか。
食い過ぎは動きや頭が鈍るから論外だけど、適度にエネルギーを補給しておかないと息切れしそう。
「舞踏会で食事は出ないの?」
「軽食の用意はしてございますが、おそらく食べている暇はないかと」
それはそうだ。
飲み物くらいはあるんだろうな。
でないと乾きで倒れるかも。
ということで食事する。
昼餐じゃなくてやっぱり軽食だったけど、量もあって美味しい。
王宮の飯は最高ね。
でもサンドイッチとかスープとか、冷えていたりして。
ああ、毒味か。
遅効性の毒も有り得るから、毒味役が食ってから提供されるまでに時間があると聞かされたっけ。
高位貴族って(泣)。
まあ、今回は王宮という私にとってのアウェイだからね。
自分の屋敷では冷えた飯なんかご免だ。
「それにしてもさすがでございます」
側で給仕してくれているメイドが唐突に言った。
「何?」
「お嬢……殿下は鋼鉄の神経をお持ちでいらっしゃる。
公爵殿下に叙爵されて、もうすぐ海外の貴顕が多数参加される舞踏会でデビューされるとは思えない落ち着き。
やはり、古き青き血の」
それはもういいから。
食事が終わってのんびりソファーでくつろいでいると家令見習いが来て言った。
「お時間でございます」
まだ日は高いのに。
舞踏会って普通は夜だよね?
それでも朝からでないのは一応考慮したわけか。
テレジア王国の王族や貴族はいつでもいいにしても、外国からのお客さんはまさか日帰りじゃないだろうし。
つまり迎賓館とか高級ホテルとかに泊まって、起きてから色々と支度しなきゃならないはず。
普通はそういう事を考慮して夕方から開催すると聞いている。
でもそれは普通の舞踏会の場合だ。
今回はテレジア公爵のお披露目だという話だし。
逆に言えばそれ以外に目的がない。
特に儀式とか会議とかがあるわけでもないし、私が皆様の前に出て行って挨拶したらそこで終わり?
「そういうわけには参りませんぞ」
家令が厳かに言った。
「まず、国王陛下よりご来賓の皆様にご挨拶があります。
その後、殿下をご紹介されますのでご挨拶を」
「何か演説しろと?」
「ご自由に。
ただし、その後は皆様との面談になります」
ほんの一言、二言でよろしいので、と家令。
ええーっ?
聞いてませんけど?
「お聞かせしたら逃げるかもしれないとお考えがあったようで」
澄ました顔で述べる家令。
いや逃げないけどさ。
不意打ちは酷い。
「何を話せばいいんでしょうか」
「ですからご自由に。
ただ、殿下がテレジア王家の操り人形ではないということはお示し下さい」
出来ますよね、と渋く笑う家令。
黒幕はこいつな気がしてきた。
まあ王家というよりは王政府の意思なんだろうけど。
つまり私に丸投げして来た訳か。
公爵として立った以上、王家のサポートはなし。
自力で切り抜けてみせろと?
普通の孤児あがりの男爵令嬢だったら詰むぞ。
私は違うけど。
いいでしょう。
やってみせようじゃないの。
どこからでもかかって来なさい。
「殿下。
素敵でございます!」
グレースのボケが救いになるとは。




