138.禁忌
「デレク様。
お身体はあまり丈夫ではなかった、というよりはむしろ虚弱であられましたが、当時のテレジア王家では唯一の王子殿下でございました。
故に王太子に任じられておりましたが……出来ればもっと負担の少ないお立場が良いのに、と皆思っておりましたな」
ヒース様が遠くを見ながら言った。
「やはりお身体が?」
「どこといって悪い所があったわけではないのですが、蒲柳の質と申しましょうか。
季節の変わり目で体調を崩されたり、ご視察の際に少し遠出しただけで寝込まれたりすることもあったと記憶しております」
「それでもいつも明るくて快活な方でございました」
アナ様も憧憬を覚えているみたい。
「私共女官にも何かと気を遣っていただいて。
それはもう、大人気というか皆憧れたものでございます」
お祖父ちゃん、乙女ゲームの攻略対象だったらしい(違)。
悪役令嬢はいなかったのか。
いや、外国の王女様が嫁に来るところだったんだっけ。
そんな人が舞踏会で婚約破棄?
「理由がございました」
ヒース様が淡々と言った。
「私共がお伝えして良いことではございません。
何卒、ご容赦をお願いしたく」
「判りました。
もう聞きません。
でも」
気がついてしまった。
私のお祖父ちゃんは判った。
だけどお祖母ちゃんは?
テレジア公爵家のメイドだったことは聞いたけど。
「何かご存じですか?」
沈黙。
「その件は禁忌になっている」
コレル様が口を挟んだ。
「我々ごときがおいそれと口に出来る事ではないんだ。
いずれ、王家かしかるべき筋から説明があるはずだ。
それまで待っては貰えないか」
そうなのか。
たかがメイドだと思っていたけど、禁忌ときたか。
この分だと、私の母親についても戒口令が敷かれている臭いな。
まあいいや。
いずれは教えて貰えるみたいだし。
「判りました。
それでは」
もっと有益な話をしなければ。
頭を切り替えて、現状心に引っかかっている事を色々と教えて貰った。
だって私、1週間後には成人式済ませて授爵するんだよ?
今のままでは徒手空拳で地雷原に突入することになってしまう。
社交については周りの人たちが色々サポートしてくれるにしても、王宮や公的な場での仕来りとか禁止事項がまるで判ってないのは拙い。
それを言ったら皆さん、なぜか嬉しそうに顔を見合わせるのよね。
失礼な。
「何度でも申し上げますが御身は素晴らしい。
高位貴族だとしても、今回のようなお話が来れば腰が引けるのが普通でございます。
それが積極的に打って出る」
「増して御身は貴族どころか孤児として育てられたとか。
どこでそれほどの矜持を得られたのか。
やはり人は、相応しい立場に立たれるべくして立たれるのでしょうね」
話が進まないなあ。
この人たち、何かというと私を褒め殺しに来るんだよね。
態度がでかいのがそんなに珍しいんだろうか。
だって人間なら普通、激流に押し流されたら必死で泳ぐものでしょう。
まあ、諦めてしまうとか、周囲に全部任せて依存してしまうとかする人もいるだろうけど。
今の私がやってることって、ただ人の言うことに逆らわないで素直に従っているだけだってこと、判らないのか。
判らないんだろうなあ。
貴族と平民は違うし。
いいけど。
私もまだ本物の貴族になれきれていないのは判っているし、多分永久に無理だとも思っている。
でも、逆にそれが私の最大の武器という気もするのよね。
孤児で庶子。
その原点を忘れたら、おそらく私は破滅する。
いつでも捨て身で自由に動けるというか、その心構えがあるってもの凄く有利じゃない?
少なくとも普通の貴族には出来まい。
そして私はテレジア公爵家を支える重鎮の方々に色々と教わった。
特に禁忌について。
実に有益だった。
まず、禁忌についてはその存在は認識しつつ、詳しく知らない方がいいということ。
知ってしまうと隠蔽側に回らなければならない。
でも知らなかったら「よく知りませんでした」で押し通せる。
だから、さっきの私の質問は正解なのだそうだ。
それによって私が禁忌を知らないことが証明された。
そして、教えて貰えなかったら大人しく引っ込むこと。
君子危うきに近寄らずという奴ね。
むしろ教えられたら泥沼に引きずり込まれる可能性がある。
「御身には、いずれどなたかがお伝えすることでしょう。
ご自身の出自のことなのですから。
それまではお忘れ下さい」
そんな死刑執行の予告みたいなことを言わなくても(泣)。
それから何となく話が続かなくて解散した。
コレル閣下じゃなくて専任執事様は終始呆れたような表情だったけど。
いいでしょ!




