133.国王
そう、出来てしまった。
一番敏捷な黒髪少女を相手にしても引けを取らないくらい素早いステップやターンが。
でもすぐにバテて座り込んだけど。
「お嬢様はあれですね。
耐久力を犠牲にして敏捷さを伸ばされたのでしょう」
私の前世の人の言い方だとスピード極振りというところか。
そうなった理由は判る。
私は孤児だったのよ。
社会の最底辺で、しかも私は女性だ。
更に幼い頃から瞳や髪の色のせいで目立っていた。
普通ならあっという間に攫われたり暴行されるところだ。
だから生き残るために素早く動くしかなかった。
強くはならなかったけど。
女性だから、どうしても力では男に劣る。
そんな相手の得意分野で勝負しても仕方が無い。
さらに言えば一対一のはずがない。
ということで、私は素早く動くことと、卑怯な手でも平気で使うことで生き延びてきたわけ。
人に言えない過去ってその辺だ。
王家も知らないんじゃないかな。
守ってくれたことは一度もなかったから。
ただ監視していただけで、私が万一危機に陥っても助けないように指示されていたんだろうね。
いい判断だと思う。
だってそれ、貴族のやり方そのものだから。
人の助けを待っているようでは、どっちみち生き残れないのよ。
乙女ゲームの裏側がデスゲームだとは私の前世の人は知らなかったんだろうなあ。
平和な世界だったらしいから。
ダンスの授業というか練習が終わって皆さんが帰った後、私はお風呂に入れられて身体中を洗われてからソファーでぼやっとしていた。
夕食まではまだ間がある。
それまでは珍しく暇になったので、あれこれ考えてしまった。
ダンスも礼儀も貴族には必須な技能だと言われているけど、逆に言えば貴族以外には必要ないものだ。
平民だったらお互いの間では礼儀なんかいらないものね。
もっとも平民には平民の常識というか付き合い方はあるけど。
社交ダンスだって平民には無縁だ。
お祭りの時に広場で輪になって踊ったりするだけで、やりたくなければやらなくてもいい。
でも貴族は違う。
礼儀の講義で、ある程度技能が出来てきた時点でそれがなぜ必要か、どういう理由でそういう体系が出来てきたかを教えて貰った。
礼儀ってただ単に綺麗だとか上品だとかの理由だけでやるわけじゃない。
殿方が握手するのは、お互いに手に獲物を持ってないことを示すため。
礼は互いの身分と力関係を相互に確認するため。
晩餐の手順にもそれぞれ意味がある。
そういった裏の意味を知ることで、礼儀が奥深くなるのだとシシリー先生が教えてくれた。
「貴族の生い立ちをご存じですか?」
「いえ」
「王家も同じですが、最初から国王や貴族だった者はおりません。
庶民が力を付け、人を従えて勢力を伸ばし、その結果として王家や貴族家が成立します。
というよりは自らが王である、と宣言することでそうなります」
「そうなのですか」
知らなかった。
王家や貴族家って最初からそうだったとばかり思っていた。
でも考えてみたらそうよね。
初めから国があったわけじゃない。
テレジア王国にしても、二百年くらい前に成立したんだからそれまではテレジア王家ってなかったことになる。
「テレジア王家の成り立ちは典型的な封建国家ですね。
元々は現在のテレジア辺りを支配していた豪族のうち、一番勢力があった家が王を自称したわけです。
それによって国が成立した」
何それ?
「国王って自分でなれるんですか?」
「むしろ国王だからなれます。
貴族は、どんなに高位であっても国王が叙任しなければなれません」




