125.芸術課程
コレル閣下が苦笑いした。
「あいかわらず頭がよく回るな。
なるほど、確かに。
というよりは……ああ、その可能性もあるか」
「何か気づかれました?」
「王家が君をテレジア公爵家の後継にしなければならない理由が何となく判ってきた気がする。
仮説というよりは妄想の域を出ないが」
何ですと!
これだけの情報から類推したと?
さすがはコレル閣下。
私なんか五里霧中です。
「渉外なんかやっていると色々詳しくなるものでな。
そういうことかもしれん。
いやありがとう。
君のおかげで助かった」
さいですか。
私は何もしてないですけど。
「教えて頂くわけには?」
「今は駄目だ。
妄想だと言っただろう。
裏付けが取れてからなら。
どっちみち、今の君には関係ない話だ」
そうですかね。
むしろ関係ど真ん中という気がするんですが。
まあしょうがない。
コレル閣下が教えてくれないのは今私が知ったら拙い理由があるんだろうな。
いずれは嫌でも知らされるだろうし。
「判りました」
「それにしても見事なものだな」
コレル閣下が感心したように言った。
「何がですか?」
「君だよ。
これだけ運命が激変すれば、普通は平民どころかなまじの貴族でも変調を来す。
だが君は平然としている。
事態を理解出来ないわけでも他人事だと思っているわけでもない。
凄い胆力だと思うぞ。
その歳で恐ろしいものだ」
「そんなのではないですよ。
流されているだけで」
「激流に呑まれた時は下手に抵抗せずに流れに従うのが正解だ。
君は本能的に判っているのだろうな。
グレースが言っていたが、古き青き血の恩恵か」
グレース、あんた何を言いふらしているのよ!
今度ピシッと言っておかなければ。
その後も似たような日々が続いた。
いつの間にか暖かくなり、というよりはむしろ暑いと感じられる季節になった。
私はあいかわらず家庭教師と学院の二足のわらじを履いている。
普通の下位貴族令嬢だったら年齢的にそろそろ「退学」して輿入れなり就職なりをしないと外聞が悪い歳になりつつあるけど、その心配がなくなったのは助かる。
もう就職先は決まっている。
いやむしろ起業?
テレジア公爵家という老舗だけど(泣)。
従って学院での講義はともかく、家庭教師には政治や経済が加わった。
学院で高等講座を主催している方々だそうだ。
つまり教授。
その方達が一対一で教えてくれるのよ(泣)。
私、潰れそう。
泣き言を言ったらコレル閣下に呆れられた。
「潰れていないではないか。
普通の貴族令嬢ならとっくに潰れている」
「ですよね?
どう考えてもきつすぎません?」
「だがやれている。
それどころか教授の方々が感心していたぞ?
男爵家の庶子でしかないはずの君の理解力が凄すぎると。
下手すると教授の考えの数歩先を歩いているかのような吸収力だと言われたが?」
うん。
だって私、前世が21世紀日本の女子高生だし。
高等学校とやらで習った記憶がある。
女子高生の立場って、実は日本という国では社会的には下っ端もいいところなんだけど、少なくともその時点で最低9年間は学校に通って勉強してきているのよ。
9年よ?
しかも高密度。
ひょっとしたら高位貴族の子弟より上かもしれない。
しかも文明が発達しているせいもあって、学ぶための環境がとんでもなく進歩していた。
政治経済や文化もしかり。
そういう土台の上に立っているんだから見識が広がるのも当然でしょう。
もちろん女子高生の知識がそのまま今の世界でも使えるわけじゃないけど、何というか根本は一緒だから。
私の前世の人は理系だったらしくて、数学や物理学についての理解なんかテレジア王国の最高峰に匹敵するんじゃないかと思う。
微分方程式とか虚数の概念ってテレジア王国では聞いた事ないもの。
多分、やっている人はいるだろうけど最高峰の学者だけで、一般どころか貴族にもまだ知られていない。
そんなの持ち出したら益々ややこしくなりそうなので封印しているけど。
でも市場経済が専門の教授に来て頂いた時は、教授と議論になってしまって終わったらメダルをくれたどころか「是非、私の助手に」とか言われてしまった。
初老のおじさまだったからちょっと心が揺れたけど、公爵やりながらでは無理だ(泣)。
ちなみに学院には数学や物理といった講座はない。
そういう学問的な教育や研究は違うところでやっているらしい。
テレジア王立貴族学院は貴族の子弟を育てるところであって、学者になる人が通う機関じゃないから。
つまり貴族になるための知識や技能を教えるだけの場所なのよ。
貴族としての生きるための実践的な講座しかない。
芸術的な素養もそれに含まれるんだけど、ある日事務局から呼び出しを受けて行ってみたら、立派な風采の貴族にいきなりメダルを渡された。
「おめでとう。
君は芸術課程を修了した」
周り中の人が拍手してくれる。
グレース、その顔は止めて。




