117.近衛騎士
食事が終わり、新人メイドさん2人がワゴンを押して去るとドアを閉めたグレースが言った。
「もう大丈夫でございます」
「いきなりは酷いわ。
心の準備くらいさせてよ」
「何事も慣れでございます」
グレース、やっぱりSだ。
何も知らない新人メイドを私に引き合わせて訓練したな。
私を。
「あの娘たちは?」
「ミルガスト伯爵家が寄子の貴族家から募集しました。
准男爵以下の下位貴族家の嫡子以外の女子という条件でございます」
やっぱりか。
あの娘たち、貴族っぽいけど何となく平民臭がしたものね。
男爵家で勉強していた頃の私ほどじゃないけど。
「よく集められたわね」
一応は貴族令嬢だ。
なのにメイドにされたのに。
「それはもう。
メイドとはいえゆくゆくは公爵家の使用人でございます。
職歴に箔が付きますし、高位貴族家に勤めていれば交際範囲もぐっと広まります。
それだけ見初められる確率も上がるというものですので」
ああ、そういうことね。
高位貴族に仕えるということは、その貴族だけじゃなくて臣下や使用人と知己になることでもあるのか。
公爵家ともなればメイドからみたら側仕えですら身分が高すぎるけど、高貴なお方には必ず臣下や使用人がついている。
護衛騎士や下僕すら、それなりの身分や立場があるからね。
メイドやっていたらそのうちの誰かと親しくなれるかもしれない。
上手くいけば輿入れまで行けるかも。
「もちろんそれだけではございません。
お嬢様が成人式と同時に公爵家を継がれるというお話は既に噂になっております。
つまり、お嬢様付きになればいきなり公爵殿下付きのメイドになれると」
何で噂になってるんだよ!
拙いのでは。
するとグレースはちょっと困った表情になった。
「それがですね。
ミルガスト家やサエラ家ではもちろん箝口令が敷かれているのですが、どうも別の方から伝わって来ているみたいで」
「え?
それって」
「王家、あるいは王政府が意図的に流している可能性がございます」
グレースが恐ろしい事を言った。
そんなことしていいの?
男爵家の庶子に公爵家を継がせるなんて事が公になったら貴族界に激震が走るのでは。
しかも、その公爵家は前王家だ。
テレジア王国全体の醜聞の当事者だったはずなのに。
「コレル閣下が調査中と聞いています。
お嬢様は、とりあえず知らないふりをお願いします」
グレースが小声で言った。
それはそうよね。
よし判った。
私は孤児出身の男爵家の庶子。
何も知らない。
いや知ってるけど(泣)。
それにしてもグレースって益々、私の前世の人の言葉でいうくノ一臭くなってきたな。
メイドだけど護衛術も習得しているらしいし、戦闘メイドとやらを目指しているのかもしれない。
というよりはむしろ隠密か。
まあいいけど。
それから私は動きやすい服に着替えて庭に出た。
ギルボア先生の護身術訓練は毎朝やっている。
何か用があれば別だけど、こういう訓練は休まずやることが肝要なのだそうだ。
といっても実はこれ、どっちかというと私というよりはギルボア先生の部下の見習い騎士さんたちの訓練なのよね。
護衛対象の私をどう守るか、という演習で色々な場面での動きなんかを練習しているそうだ。
「いいか!
お前達の役目はお嬢様を守ることであって敵を倒すことではない!
そのためには独りで突出するな!
隊形を維持しつつお嬢様を逃がすことだけを考えろ!」
「「「はい!」」」
元気がいいなあ。
ギルボア様の部下の人達は皆さん若いというか、私とあんまり変わらない。
聞いてみたら正式な騎士じゃなくて見習いだそうだ。
私の護衛騎士、つまり近衛騎士になる人たちは、もちろん既に正騎士に叙任されていてよそで色々と動いているらしい。
騎士隊長がギルボア様になるそうで、聞いたらげんなりした表情だった。
他の人たちに聞こえないように小声で言われた。
「私としましてはミルガスト家の騎士隊でのんびり過ごす予定だったのですが。
妻がお嬢様のメイドになってしまってはいかんともしがたく」
「そうなのですか。
申し訳ありません」
「お嬢様のせいではございません。
妻があれほど上昇志向が強いことを見抜けなかった私の咎でございます」
ギルボア様は、もともとはあんまり出世したいとかたくさんの部下を指揮したいとか、あるいは責任ある立場に就きたいなどとは思わないタイプだそうだ。
そろそろいい歳になってきたしミルガスト伯爵家の騎士隊ではベテランなので、ここいらで妻を娶って新人騎士の訓練でもやりながらのんびり過ごそうとか思っていたのだけど。
伯爵家の寄子の男爵令嬢に護身術を教えてくれと言われて気軽に引き受けたのが運の尽き。
「近衛騎士などと。
どう考えても身の丈にあいませんのでお断りしようと思ったのですが」
グレースに阻止されたと(泣)。
判るよその気持ち。
私なんかもっと酷い。
最初からお断りしようが無かった。
「ごめんなさい」
「もう覚悟は決めました。
どこまでもお嬢様についていく所存でございます」
悲壮ながら真面目な顔で言う中年親父。
ついて来ちゃうんだ。
別にいいけど。




