104.鬼
いや確かに秘密にしろとは言ってないけど。
でも私が適当に歌っただけの曲を楽譜にしたり編曲したり、歌劇にまで持っていったのはシストリア様やプロの作曲家の方々でしょうが!
もう原型をとどめないくらい凄いものになっているのに。
「……ご紹介するだけなら」
「はい!
是非!
サエラ様には決してご迷惑をおかけしませんので」
押し切られてしまった。
仕方がない。
ちょっと口を利くくらいはいいか。
そう思ってついうっかり承諾してしまったのが間違いだったことにすぐ気がついた。
いつの間にか私たちの周りを部屋中の方々が囲んでいた。
「「「「「サエラ様!
よろしくお願いします!」」」」」
これ全部?
置いて行かれたグレースが後ろで苦笑しているけど冗談じゃない。
でも皆さん、もうその気になってしまって早速その場でシストリア様の応援団が結成されてしまった。
応援団長に推されたけど全力でお断りする。
無理。
だって私、色々あって変に目立っているけど男爵家の庶子なんだよ?
そんな不安定な立場で動けるわけない。
今だって流されているだけだし。
後で連絡すると言って、とりあえず逃れた。
這々の体でサークル部屋を後にする。
ちょうど馬車の用意が出来たという連絡が来たし。
そういう使い走りのメイドさんもいるのよね。
「大変でございましたね」
グレース、笑ってない?
「とんでもございません」
「まあいいわ。
でもどうしよう」
「サンディに伝えておきます。
お嬢様はお気になさらず」
そういうことか。
貴族は自分では動かない。
配下が忖度して色々やるんだよ。
よし任せた。
全部忘れる事にして馬車に乗り込む私なのであった。
それからしばらくは平穏な日が続いた。
学院に行って授業に出た後、図書室には寄らないで真っ直ぐ帰邸する。
着替えたらミルガスト邸の図書室で勉強三昧だ。
講義がない日は朝から家庭教師に習う。
礼儀のシシリー先生からは「大体、よろしいでしょう」とは言われているんだけど、ある日から授業の密度が変わった。
「これからは上級編になります」
「あの、それって」
「そろそろ高位貴族用の礼儀をと依頼されております」
シシリー様が鬼になった。
今までは見逃されていたお茶会やお食事での礼儀にも色々と駄目出しされるようになってしまった。
「そろそろダンスもということでございます」
サンディが言って、ダンスの先生が毎日来るようになったりして。
特訓されてる?
嫌な予感がひしひし迫ってくるけど、どうしようもない。
流されるだけだ(泣)。
ダンスの先生はさすがに平民だったけど、貴族専門の家庭教師ということで凄かった。
基本が出来てないとか言われてビシバシ教えて頂くのはいいとしても、出来るまでやらせるってどうよ。
アメリカ合衆国海兵隊方式か。
もちろん女性ね。
聞いてみたら元々は下位貴族の出で、やっぱり学院出だった。
実家が裕福というわけでもないので持参金が用意出来るかどうか判らず、嫁入りが無理かもしれないということで手に職をつけたのだという。
そういう方向もあるのか。
「学院でコネを作りまして、劇団の踊り手に弟子入りできまして」
「それでプロのダンス教師に?」
「はい。
社交ダンスから街の酒場での舞踏、村のお祭りまで何でも出来ます」
身分は平民だけど学院出なので貴族からも呼んで貰えるそうだ。
専門は主に初めてダンスを習う人に基本を叩き込むこと。
そういう需要は結構あるとか。
立派な職業婦人だよね。
学院って意外に役立っているんだなあ。
だって、普通ならどこかに嫁入りするか、出来なかったら愛人や妾になるしかなかったはずの人がちゃんと仕事を得て自活出来ているんだよ?
学院を作った国の方針は正しかった。
それはいいとして、私もダンスは覚えたかったところなので助かった。
「よろしくお願いします」
「舞踏会で恥ずかしくない程度まで鍛えるように命じられておりますのでビシバシ行きます」
やっぱり鬼だった(泣)。
グレッポ先生の語学教室もどんどん厳しさを増してきて、宿題まで出るようになってしまった。
たかが男爵家の庶子にこれって必要?
「はて?
私は命じられたことをするだけですので」
ということで、新しくシルデリア王国の公用語まで学んでいる。
何でも最近国力を増している国で、将来的に関わって来そうだからだそうだ。
私にまで関係してくるって何様なんだろう。
まあしょうがない。
ギルボア先生の護身術も続いていたけど、今はむしろ体力作りの指導が主だ。
このギルボア先生って実はミルガスト伯爵家の騎士で、グレースの旦那様でもある。
騎士爵位持ちなんだけど、直属の配下が出来たとかで私の訓練にもその人たちが来るようになった。
まだ若い、というよりは幼いと言えそうな人たちで、驚いたことに半数は女性だった。
「よろしくお願いしますね」
「「「お嬢様の護衛はお任せ下さい!」」」
何か女性騎士の人たちの熱意が凄いんだけど。
「滅多に無い機会ですので」
ギルボア先生が教えてくれたところによると、女性の騎士っていないわけでもないけど需要はあまり多くないらしい。
騎士のお役目は基本的には治安維持で、私の前世の人の社会だと警察官になる。
でもそれだけではなくて、検察? としてのお役目も果たすそうだ。
実際の警備は民間人で構成された警備隊の担当なんだけど、捕まえた犯罪者を取り調べたり証拠を集めたりするのは騎士がやるそうなのよね。
ちなみに騎士団がよその国との戦争にかり出されるようなことはない。
それは軍のお役目だ。
その他には貴顕の護衛なども騎士のお仕事なんだけど、そういうお仕事って少ないというか、主要な部分ではないそうだ。
「なるほど」
「女性の騎士は、貴族女性の護衛が専門と言えます。
寝所や後宮の警備などが任務ですな。
つまり男が入れない場所での護衛でございます」
「ああ、確かに。
それは数が限られますよね」
騎士が直接護衛しなきゃならないような貴顕の女性ってそんなに多くないだろうし。




