第2話 『リナの夢』
かずみの提案で和希がCMに出ると決まった次の日にはもう台本が渡されていた。
そのあまりの速さに和希は驚いた、まるで和希が出演するのが予め決まっていたかのような速さだったからだ。
まぁ、それはそれとしてCMはココアのCMだった。
台本のシチュエーションは恋人の待ち合わせと言う物だった。
少女が待ち合わせ場所へと走る場面から始まる。
そして時計が10時を告げるシーンが入る、その後、少年が寒い中、外で自分の両手に白い息を吹きかけて手を温める。
再び少女が走るシーン、そして時計のシーンで時刻は10時15分を指す。
少年がココアの缶を手に持って、白い息を吐き出しながら空を見上げる。
時計が10時30分を指したころに漸く少女が少年の元へと辿り着いて謝る。「ご、ごめんね」
少年は少女ににこりと微笑み、ココアを差し出し一言「大丈夫だよ、はい、一緒に飲んで温まろう」
最後にナレーションが「この季節、貴方と一緒に飲みたい味がある」と入り、少年と少女が手を繋いで仲良く歩いていくシーンで終了。
これを読んだ和希の感想は簡単だな、だった。
覚えるセリフも少ないしこれならすぐにでも撮影できそうだ。
撮影は来週なので和希は一日ゆっくりと過ごすことにした。
◇
今の時刻は昼間で11時を少し過ぎた頃だ。
俺は自分の部屋にあるバルコニーに出る。
「俺が西宮を出たって聞いて咲はどう思ったかな、咲にも河内さんにも挨拶も出来なかったし……今頃どうしてるだろう」
もちろん俺は自分の選択が間違っていたとは思っていない。
西宮を出なければいけない理由も納得していた。
ぼんやりとバルコニーの柵に寄りかかっていると庭に誰かがいるのに気が付いた。
そして、その人物はしばらくの間、ちょこちょこと早歩きをした後、立ち止まり頭を下げて何かを言っているようだった。
「あれは……リナ?」
真中の屋敷の庭を歩いてなにやらやっているのは、同じCMに出演する予定のリナだった。
しばらく見ていると、またちょこちょこと早歩きをして、しばらくすると立ち止まって頭を下げ何かを言っているのを繰り返している。
「もしかして、CMの台本の練習をしている?」
リナは俺と一緒にココアのCMに出る事になっている。
俺はあのCMの役を簡単にこなせると思っていたけど、リナはそんなCMにも真剣に向き合って練習していた。
なんだかそんなリナを見て、CMの役を軽く見ていた自分が恥ずかしく思えた。
――何やっているんだ俺は、このCMは真中財閥から貰った大切な仕事だ。なら俺も全力を尽くそう。
俺は部屋を飛び出してリナのいる庭へと走る。
途中でメイドのカガリに呼び止められたが、庭に行ってくると告げた。
そして、庭で練習しているリナの元へと駈け寄った。
「リナ!」
「か、和希?! どうしたんですか、そんなに慌てて」
俺は息を整えながら、何と言い出したものかと考える。
「その、部屋のバルコニーからリナがCMの練習してるのが見えて……」
「そうでしたか、もしかして、一緒に練習しに来てくれたんですか?」
「実はそうなんだ、仕事に真剣に向き合ってるリナはすごいな……そんで、俺は自分が恥ずかしい」
そんな俺の発言にリナは首を傾げる。
「どうして恥ずかしいんですか? 和希はこうして一緒に練習をしにきてくれたじゃないですか、だったら和希もちゃんと仕事に真剣に向き合っています」
「俺はリナが練習してるのを見つけなかったら多分、そのまま本番に臨んでいた。こんな役なら簡単にこなせるって思って……」
「たしかに、和希は役者として凄い才能がありますからね! ワタシはそんな和希に負けてられないと思ってこそこそ練習していただけですよ。それにワタシは自分の夢の第一歩みたいなものですから全然すごくなんてないんですよ」
「リナの夢?」
「はい、ワタシの絶対に叶えたい夢です。でもそれには……」
「……前に学校で言ってたよな。俺の歌手になるって夢を諦めさせてでも、叶えたい夢があるって」
「はい……」
リナは少しだけ気まずそうに視線を逸らす。
「どうして、俺に歌手を諦めさせる事とリナの夢が関係あるんだ?」
「それは……契約だからです」
「契約?」
「ワタシの夢を叶えてもらう代わりに、ワタシは和希に歌手を諦めさせるって言う契約です」
「なんだよ……それ……いったい、誰とそんな契約を?! いや、リナのスポンサーって真中財閥だよな――ってことは……」
「和希っ!」
リナの声が俺の思考を遮る。
「歌手になるって言う和希の夢を否定する事だって分かっています、でも、それでもワタシは絶対に譲りません。それに契約がなくても、ワタシは和希に役者に専念してほしいと思っているのも本心です。それは和希が役者の方が輝けるって確信しているからです」
そこまで言ってリナは言葉を区切る。
「リナ……聞いていいかな。リナの夢って何なんだ? 契約してまで……他人に叶えて貰わないといけない物なのか?」
「ワタシの夢はある物語のヒロインを演じる事です……そしてヒーロー役はもちろん和希です。でも、そのヒロイン役……それは真中にでも頼らないとワタシ自身では絶対に叶えられない願いなんです」
「それで契約か……」
「ごめんなさい和希。ワタシはどんなことをしても、夢を諦められません」
「そっか、夢……だもんな。けれど、俺も夢を諦められない。だから今度のオーディションは全力で勝ちにいくよ。でも、もしリナの夢も俺の夢も叶ったその時はその物語のヒーロー役に立候補させてくれ」
俺はそう言ってリナに笑いかけた。
「そうですね……そんな素敵な未来があるといいです」
そう言ってリナは本当に嬉しそうに笑った。
「それじゃ、CMの練習を始めようか」
「いいんですか?」
「もちろん、その為にここに来たんだから」
「やっぱり……和希は素敵な男の子です」
こうして、CM撮影までの間の一週間ほど俺とリナの練習会は続くのだった。
◇
リナとCMの練習をしていて思い出したことがある。それは、以前にリナを鑑定スキルで見た時の事。そう、全体的に能力の高い彼女だが、運動神経は恐ろしく悪いという事だ。
つまり、何が言いたいかと言うと……リナの走り方が凄くおかしい。
右手と右足が同時に出ているし、早歩きくらいの速度しか出ていない。これは走っていると言っていいのだろうか? それに動きが不自然で重心がブレているからなのか走りにくそうだ。
「か、和希、どうですか? ワタシの走りは?」
「うん、すごい不自然だ」
「うぅっ……どこが変でしょうか?」
「まずは右手と左足、左手と右足を同時に出せるようになろうか」
「む、難しいです……」
「大丈夫、ゆっくりやろう。まずは歩くときの速度で、1、2、1、2……」
リナは俺の手拍子に合わせて更新のように手足を交互に出す練習をする。
油断するとすぐに元に戻るけれどリナは諦めずにひたすら練習を続けた。
◇
屋敷の中からそんな二人の様子をずっと覗いている女性がいた。
「あぁ……っ、和希、私の和希っ♡ 酷いわぁ、私以外の女と一緒にいるなんて……」
女性のいる部屋の壁には和希の写真やポスターなどが張られている。
「アリナ、本当に目障りな女……CMにまで一緒に出たいだなんて。でもでも、私は寛大だから少しくらいは許してあげる。何故って? だって、アリナはCMになんて出演できないからでーす♡」
女性は高笑いを上げながら自分の部屋のふかふかのベッドにダイブする。
そこには等身大和希人形が置かれている。
「当然よねぇ、あんな運動音痴が和希の横に立ってCMなんかに出れるわけないわ。和希もそう思うよね? 和希『当然だよ、アリナなんて邪魔なだけだよ』 だよね! あいつがCMから降ろされたときどんな顔をするか楽しみだわー。本当に道化としては面白い女よねアリナ・エヴァノフ。あはははははっ!」
そう言って彼女は等身大和希人形を強く抱きしめた。
「ふふっ、以前に犯罪グループを使って和希を家にお招きしようとしたときは失敗してしまったから……西宮には本当に感謝しているわ。しかも勝手に内部分裂しそうになって弱体化までしてくれるなんて和希はやっぱり幸運の男神だわ。でもぉー犯罪グループは私より先に和希を汚そうとしていたみたいだし……。本当に許せないわよね愚民って、ねぇ? 和希。和希『当然だよ、俺を抱いていいのはキミだけなんだから』 やっぱり、そうよねー」
彼女は和希人形の唇を強引に奪う。
「ちゅっ。いずれ分からせてあげるわ、和希の横に立つのは誰が相応しいのかを……いいえ、認めさせるの。私が和希を世界最高の役者にプロデュースしてね! 和希は、歌手になんてならなくていいからね。愛の歌は私の為だけに歌えばいいの。それで、役者として人気が最高潮になった瞬間に私との婚約発表からの結婚、それから私の部屋でずっと和希を飼うの。はぁっはぁっ……素敵っ♡ 和希……あぁ、私の王子様……私だけを愛してぇ♡」
彼女の瞳には欲望と狂気が渦巻いている。
作者の夢は余裕を持って毎日投稿することです。
推敲とかストックの関係で、作者自身には絶対に叶えられない願いなのです。




