第11話 『失敗』
「そろそろ、約束の時間だね。それじゃぁ新曲いってみようか」
和希がそう言うとコメントがより一層激しく流れた。
流石の和希もコメントを拾う事も出来ず、一瞬で流れていくコメント達を数秒眺めて諦めた。
「実は、新しい試みが有るんだ。皆にはどう思ったか正直に言ってほしいな」
『新しい試み?』
『新曲で新しい試みとな?』
『まさか、VRとか?』
『バーチャル和希くん……それはそれでありよりのあり』
「イトゥーさん、それじゃぁカメラ切り替えてもらっていいかな?」
今まで顔がはっきり映るようにカメラが置かれていたが、和希の言葉を合図にカメラが切り替わりやや広めな部屋が映し出される。
「みんな、見えてる?」
和希がそう問いかけると『見える』、『和希くんの全身が見える』などと言うコメントが流れ始めた。
和希はそのコメントを確認するとカメラの中央に立った。
「みんな、ごめんね。ここからだとコメントとかは見えないけど一曲終わるまで我慢してね。それでは、いきます、新曲『PRIDE』です」
斎藤は和希の言葉を聞くとギターでイントロを奏で始める。今回は当然打ち込み音源が間に合わないのでギターのみだ。
そして、そのイントロに合わせて和希は踊り始める。
『っ?!』
『これはまさか?!』
『ダンスですね』
『和希くんが踊ってる……』
そして、曲が始まり和希の声が響き渡る。
「さぁ、行こうステージへ♪ 僕がこの場所で一番輝けると証明するために♪」
和希のダンスと歌声で一瞬止まりかけていたコメントの嵐がパソコンの画面上に吹き荒れる。
『きたきたきたきたーー!!』
『この、背筋がぞくりとする感じ久しぶりだ』
『すげええええええ』
『画質もやばい』
『動きすげー』
『ダンス、キレッキレやで、流石和希くん』
『かっこいい』
『表情いいね』
『いや、この振り付けもかなりいいんじゃない?』
この配信を見ていた視聴者はコメントをしながら食い入るように和希を見つめ、曲とダンスに夢中になっていた。
そして、それは視聴者だけではなく近くで演奏していた斎藤も例外ではなかった。練習で何度も見ていたはずなのに本番の和希はその数段上をいっていた。
そして、斎藤は一瞬だが和希に見とれて音が僅かにずれてしまった事を悔やんだ。
――和希くん、キミの本番の強さには本当に頭が下がるよ。くそっ、僕としたことが音楽でミスをするなんて……。それもよりによって、こんなに眩しい輝きを僕が曇らせるなんて許されるはずがない。
幸いにも斎藤がミスしたことに気付く視聴者は少なかった。それに気が付いたのは和希に注目する音楽関係者のそれも、極わずかな人物だけだった。
和希も斎藤のミスには気付いていたがそれでも止まらない、いや、止まれない。
彼は今、一種のハイの状態になっており自分でも練習よりいい動きが出来ている事に気が付いていた。
斎藤は一度のミスで固くなった指を必死に動かし和希になんとか、くらいついていく。
しかし、一度ミスをしたせいで余計ミス出来ないと自分を追い込み思う様に指が動かなくなっていく。
――なんだこれは、何なんだこれは……。まるで水の中にいるように指の動きが鈍い。それに、和希くんの歌声に、押されてる……?
今まで演奏してきてこんな事は一度もなかった斎藤は混乱する。
混乱する斎藤をよそに曲はサビに差し掛かり和希は歌とダンスのギアをもう一段上げる。
「さぁ、飛び出そう♪ 君がいれば僕は誰より高く飛べる♪」
『最高かよ……』
『何だ、この中毒性のある曲は……』
『これは惚れる』
『抱きつきたい』
『最高ですわ』
『いやー、凄い以外にコメントが……ってなんかギターおかしくない?』
『あれ? 歌と演奏が少しずれてる?』
『なんか、違和感が……』
曲が最高の盛り上がりを見せている所でとうとう、和希と斎藤の演奏がずれ始めた。
和希は一瞬だけ横目で斎藤を心配そう見たが、歌とダンスを止めない。
斎藤はなんとか修正しようと焦り、とうとう致命的なミスをしてしまう。音を完全に外してしまったのだ。
斎藤は自分でもその事に驚き、思わず演奏を止めてしまった。
なぜ、自分でも突然演奏を止めたのか分からない。それでも、なんとか復帰しようと試みるも震える指が動かず演奏できなかった。
和希は斎藤を心配するも今は生放送の本番中だ。例え、演奏がなくなったとしても途中で止まる事はない。
しかし、本当ならまるまる一曲を演奏する予定だったが、曲の一番のみで歌と踊りを終了する事にした。
『えっ? なに? 放送事故?』
『ギターどうした?』
『演奏やめちゃった』
『和希くんがかわいそう』
『なんだよ、折角気持ちよく聴いていたのに』
熱中して聴いていた視聴者たちが一斉に不満のコメントをする。幸いにも和希と斎藤には見えてなかったが……。
和希は一人で曲の一番を最後まで歌いきり、深くお辞儀をした。
斎藤は自分の指をただ唖然と見つめており、それ所ではなかった。
「イトゥーさん、すみません、俺が一人で焦りすぎちゃって……途中でずれちゃいましたね」
実際は和希に落ち度などなかったことは斎藤が誰よりも分かっている。それでも、自分の身になにが起こったのかという事を把握するために必死になっていた。
「イトゥーさん? ……斎藤さん?」
「あっ……」
和希に呼ばれてやっと我に返る斎藤。
「あぁっ……すまない、僕のミスだ」
「いいえ、俺達二人のミスですよ。それと、見てくれていた皆もごめん、チャリティーコンサートではミスの無いようにもっと練習しておくね」
和希はカメラに目線を送りちょっと苦笑い気味に言った。
しかし、内心では和希も呆けている斎藤を心配していた。
――いつもなら即興で完璧に合わせてくれるのに、どうしたんだろう? もしかして具合が悪くなったとか? もうすぐ配信も終わりの時間だけど出来るだけ無理はさせない様にしないと……。
「それより、曲とダンスはどうだったかな? 途中で失敗しちゃったけど新しい試みはダンスの事だったんだ」
和希は片目をつぶって舌を出して茶目っ気たっぷりに言った。
『尊い……尊さで墓が立つ』
『ダンス良かったです! 見入ってしまった』
『曲もダンスも良かった!!』
『一番だけかー、最後まで聴きたかった』
『可愛らしいダンスに、素敵な曲。あっぱれです』
『リピートして何度も聴きたい、いや、見たい』
和希にも斎藤にもコメントは見えてないのにも関わらず必死に感想を送る視聴者たち。
和希は未だにぼーっとしている斎藤を元の席に促して、パソコンを操作して全身映るカメラから上半身のみが写る物に切り替える。
「ふぅ、コメントが見える位置に戻って来たよー。……相変わらず、一瞬で流れるから全部は読めないけどね」
和希がパソコン上に表示されてる時計を見ると配信時間も残り10分を切っていた。
「それでは、最後のお知らせでーす」
『お知らせきたー』
『今度は何だろう?』
『もう、残り時間が少ない……』
『二時間あっという間だった』
『最後なんて言わないで……』
「実は俺達の曲に振り付けを考えてくれる人を探してるんだ。もちろん、依頼料は出すよー。値段の方は要相談って事で。それに伴い、編曲を担当してくれているサー・イトゥーさんにもスパノバの収入からお給料も出すことになったよ。俺の方は変わらず全額寄付だけど彼女にも生活があるからご理解のほどよろしくお願いします」
そう言って俺は頭を下げた。
斎藤さんとはあれから振付師の募集をするにあたって、今後のお金についての話し合いもした。
彼女も最初は全額寄付すると言って聞かなかったが、俺の我儘につき合わせる訳にもいかないので、何とか説得して折れてもらった。
『振り付けってダンスだよね?』
『それって和希くんと一緒にダンスできますか?』
『イトゥーも生活があるし仕方ない』
『振付師になれば和希くんに会えるって事?!』
『はいはいはーい、ダンス学校に通っています! 和希くんの為なら無料でやってもいいですっ!!』
『くっそ! どうして私はダンスをやってなかったんだ』
『イトゥーもお給料もらえてよかったな』
斎藤のお給料について視聴者の暖かいコメントが多くみられ安心する和希。
「それで選考方法だけど、俺たちの曲を使って踊ってみた動画をアップしてほしいんだ。振り付けはもちろん、自分で考えた物だけだよ。投稿サイトは今俺たちが配信している所にしてね。動画のキーワードにスパノバ振り付けって付けて――期限は――使用する音源はこっちのサイトにアップしておくね。それと、自分が躍ってる動画を投稿するのが恥ずかしい人はモーションキャプチャーとかでバーチャルなキャラクターとかが踊っている物でもOKだよ。それ以外にも後から載せるメールアドレスに直接動画を送ってくれてもOKだから」
和希は選考動画の投稿方法や期限などを説明していく。
『なるほどー』
『これは燃えてきた』
『みんな投稿する感じ?』
『和希くんの曲好きだから皆の振り付け楽しみだな、一日中見ちゃいそう』
『さっきの、PRIDEって曲も使っていいのかな?』
「おっと、もう配信終了時間が1分を切ったね。それじゃぁ、今日は見てくれてありがとう。また配信するからその時も良かったら見てねー。それじゃぁーばいばーい……ほら、イトゥーさんも」
「あ、あぁ、皆、またなー」
そう言って、和希と斎藤はカメラに笑顔で手を振った。
『えぇ、もう終わり?!』
『和希くんいかないで……』
『面白かったです』
『おつー』
『お疲れ様です!』
『少し恥ずかしいけど踊ってみた動画今度あげてみます! おつでした』
そして、配信終了ボタンを押しパソコンの画面には『この放送は終了しました』と表示された。
和希は斎藤に向き直り声をかける。
「斎藤さん、お疲れ様です。体調は大丈夫ですか?」
「あぁ……和希くん、今日はすまなかったね」
「いえ、誰だってミスする事はありますよ。それより、お腹が空きましたね。多分食堂の方に、食事を用意してくれてると思うので一緒にどうですか?」
和希は斎藤を気づかい出来るだけ穏やかな表情と声色で話しかける。
しかし、斎藤は首を横に振った。
「いや、遠慮させてもらうよ。悪いね、和希くん、今日は少しだけ疲れてしまったのかもしれない。これで帰らせてもらうよ」
「それなら、車を出してもらえるように頼みますよ。もう外は真っ暗だし、女性の一人歩きは危ないですよ」
「ふふっ、気を使わせてしまってすまない」
この世界は男女が逆転しているので夜の女性の一人歩きは珍しくない。
斎藤は和希なりの冗談だと思い、年上なのに情けなくも気を使わせてしまったと感じた。
「しかし、今日は少しだけ歩きたい気分なんだ……」
「そうですか……配信機材の片づけはやっておきますね」
「あぁ……機材の片づけがあったね、手伝うよ」
「いえ、すぐ終わるので大丈夫ですよ。斎藤さんは体調が悪そうですし無理しないでください」
「すまない……それでは、悪いけど帰らせてもらうとするよ」
和希は斎藤のしょんぼりとした様子にかける言葉を見つけられなかった。
そうこうしている間に、斎藤は和希に『それじゃぁ』っといい部屋を後にした。




