第9話 『二回目の配信に向けて』
今日は西宮の屋敷にある一室に音楽活動を一緒にやっている斎藤のお姉さんに来てもらい話し合いをしていた。
この人には本当に事後報告になる事が多いと申し訳なく思いつつも、リナ……アリナ・エヴァノフと歌のオーディションで落ちたら歌手を諦める約束をした事を伝える。
「はぁ……まさかあのアリナ・エヴァノフが同じ学校に転校してくるなんてね、しかも同じクラスに……そして、変な約束まで取り付けてきて」
俺の話を聞き終えた斎藤のお姉さんは頭を抱えて、深いため息をついた。
「すみません、また勝手に……」
「いや、和希くんがトラブルメーカーなのは知っていたからいいんだ。でもアリナ・エヴァノフは少し……いや、かなり驚いたよ。まさか、彼女が日本の高校に転入してくるなんてね」
「彼女の歌唱力とか声の魅力とかヤバいですよね」
「ん? 和希くんも彼女の歌を聴いたのかい?」
あっ、鑑定スキルの結果を喋ってしまった。なんとか誤魔化さないと。
「え、えぇ……歌を聴かなくても喋ってる声だけで魅力が判りましたよ」
まぁ、実際俺の鑑定スキルで見ても彼女ほどの魅力あふれる人間はそうそうお目にかかれない。
「うん……実際、才能では和希くんも彼女に引けを取らないレベルだと思ってるよ。でも、彼女と比べてしまうと、どうしても経験で負けている。そうだな……僕としては和希くんが男性と言う点を差し引いても対等に戦えるのが早くて二年後くらいと考えているよ。それくらい彼女はすごい」
二年後……その斎藤のお姉さんの言葉が俺に重くのしかかる。確かに俺はまだ歌を始めたばかりで歌唱力もまだまだだ。それに、スパノバの曲の歌詞を考えてくれるメンバーも未だ見つかっていない。
一応、前世の曲のストックはあるものの歌詞は段々とうろ覚えの物が多くなっていく。
プロの作詞家に依頼するのも一つの手かもしれないけれど、それは気が進まない……。
「まぁ、それは考えてもしかたないか。でも、アリナ・エヴァノフもオーディションに出場して勝負っ! なんて事にならなくて良かったよ」
「流石にそれは……その時は、潔く役者として頑張りますか。斎藤さんも一緒にどうです? 役者、意外と楽しいですよ」
「いやいや、冗談のつもりだったのだけれどね。僕としてはそんな状況になっても簡単に諦めないでほしいな」
俺たちは冗談を言って笑い合う。
斎藤のお姉さんは手元にあったペットボトルのお茶を少し飲む。
俺は斎藤さんが飲み終わるのを待って話を続ける。
「それと、高野さんのコンサートの件ですけど、やっぱり出てみようと思うんです」
「うん、僕としても賛成かな。高野氏のコンサートに出演する事は僕達にとって大きなプラスになる。チャリティーコンサートと言う点を考えてもね。多分だけれど、テレビ局の取材なんかも来ると思うし。あまりネットを見ない、まだ僕達を知らない人達に知ってもらう機会になるのは間違いないよ。それにしても、よく決断してくれたね。最初は君も乗り気だったけれど、高野氏に遠慮して最終的には断るんじゃないかと思ってたくらいだよ。僕達はまだデビュー前なのにそんな凄いコンサートに出ていいのか、なんて悩んでるんじゃないかと思ってたんだけれども」
斎藤のお姉さんのその言葉に俺は頷く。
「斎藤さんの言うとおりです。でも、一旦そう言うのは考えない事にしてみたんです。高野さんは俺たちにチャンスをくれたんだと思っています、だから、自分からそのチャンスを不意にするのも違うよなって思って、それに頂点を目指すって決めたので。だから、俺はどんな小さなチャンスも逃したくないって思ったんです」
「そっか、うん、そうだね。和希くんはそれでいいと思うよ。君は男性にしては珍しく優しすぎて、周りに気を使ってしまう人だからね」
斎藤のお姉さんは何かを納得した様子でなんども頷いた。
俺はそんなに自分を優しいとは思わないけれどな、むしろ斎藤さんこそ、いつも事後報告になっている俺をなんだかんだで許してくれる凄い人だと思う。
まぁ、それは置いておくとして話を切り替える。
「今日、斎藤さんに来てもらったのはスパノバとしての第二回目のネット配信するためです」
「おっ、そうだったね! 告知は今日の夜から出して、次回の配信は四日後だから前回の配信より人が集まると思う。それに配信日は日曜日だしね。もちろん、歌配信なんだろう?」
斎藤のお姉さんがとても嬉しそうに笑う。
この人は本当にネットの配信とか動画の再生回数が好きな人だからなぁ。
きっと次の配信をすごく楽しみにしていたに違いない。
「そうですね、機材なんかは西宮のほうで用意してもらったものがそこにあります」
そういって、俺は部屋の隅にあるパソコンや、ライブカメラなどを指さした。
「おぉっ! これ凄いよ、最新のやつじゃないかな? 流石西宮財閥、僕の使ってる機材なんてこれに比べたらゴミみたいなものだね。おぉ! こっちも最新型っ!」
配信機材を見てウキウキしている斎藤のお姉さん。
「それで配信時間ですが予定通り20時で大丈夫ですか?」
「えっ? あぁ、もちろんだよ。そういえば、和希くん」
今まで配信機材を弄っていた斎藤のお姉さんがその手を止めて俺の方を振り返り真剣な様子で言った。
「キミ、ダンスとかやってみない?」
「だ、ダンス?」
俺は斎藤のお姉さんの発言に思わず変な声が出た。
「そう、和希くんは運動神経いいみたいだし。ただ、歌うだけなんてもったいないと前から思っていたんだ。君の魅力を引き出すにはいいと思うんだけれどどうかな?」
確かに歌って踊れたらカッコいいかもしれないけれど、俺はダンスなんて殆どやったことがない。
前世の学校の授業で少し習った程度だ。あとは前世で流行っていたドラマの主題歌のダンスをなんとか踊れるくらいか?
それも、うろ覚えだから、少しアレンジしないとダメだろう。
「それだと俺ばかりが目立ってしまう気がするんですけどいいんですか? というか、アイドルみたいな感じになると思うんですけれど」
俺の問いかけに斎藤のお姉さんは首を竦めながら答える。
「もちろん、分かってるさ。僕は形はどうあれ君と音楽がやれればなんでもいいのさ。それにあの、アリナ・エヴァノフとの約束があるからね、うてる手は全てうっておきたいのさ。そうは思わないかい?」
斎藤の姉さんの提案に俺は少しだけ考えを巡らす。
確かに前世の曲ではダンス曲として流行った物があるし、踊ってみた動画もよく見ていたので少し練習すれば踊れなくもない気がしてきた。
でも、そんな曲は5曲にも満たないし、振り付けだって完璧に覚えている訳じゃない。
「それは思いますけど現実的には難しい気がします。ダンスの振り付けだって考えないといけないですし、それに人に頼むにしても人脈もないですし」
俺がそう言うと斎藤のお姉さんは目をつむり顎に手を当てて考え始めた。
そしてしばらくして、ゆっくり目を開けこう言った。
「今度の配信で募集してみてはどうだろうか?」
「えっ? 配信でですか?」
「うん、和希くんの曲に自由に振り付けをしてもらって、動画投稿してもらうんだ。それでその中から良さそうな人に振付師として依頼を出すなりして貰えばいいんじゃないかな?」
「でも、依頼料とか掛かるじゃないですか? 流石に無料でやってもらう訳にもいかないし、寄付するお金から差し引いてやってもらう形になるんですかね?」
俺と斎藤のお姉さんがやっているスパノバと言う音楽グループは被災地や、恵まれない子供たちに寄付する目的で活動している。
なので俺と斎藤のお姉さんにお金が入ってくることはない。
「和希くんがお願いすれば無料でやってくれそうな気もするけどね……。でも、相手に無理をさせて迄、仕事をしてもらうのもあれだしね。もちろん、僕達と同じく無料でやってもいいと言うなら歓迎するし、そうじゃないなら稼いだお金から依頼料を出そうじゃないか」
「うーん、まぁ、ダメもとで募集してみますか……。あぁ、それと斎藤さん、配信で一曲だけ踊りながら歌ってみてもいいですか? 配信日までにモノにならなければ止めますけど」
「おっ、もちろんだよ。新曲かい? それとも今までの曲? まぁ、何にせよ喜んで付き合わせてもらうよ」
前世で流行ったドラマのダンスを一曲だけ配信でやってみよう、それで皆の反応をみて今後、ダンスを取り入れるとか考えて行こう。
配信日まで残り四日。俺と斎藤のお姉さんの練習は始まった。
誤字脱字報告いつもありがとうございます。




