第28話 『お礼』
誘拐事件から数日後……俺は北条財閥と東間財閥から謝罪とお礼がしたいという事で西宮の所有するビルの一室に来ていた。
そこには、咲も一緒に来ており、その執事である安藤さん、そして俺の付き人である河内さんもいた。
ちなみに、俺が誘拐されたという事は今後の芸能活動に支障が出る可能性があるので一切報道されていない。
俺が部屋に入室するとすでに先方は来ておりソファーに座っていたが、俺が入室すると全員立って出迎えてくれた。
北条財閥からは会長である北条時子さんと、その孫である由依先輩が来ていた。
東間財閥からはすーちゃん改め、東間すずかちゃんと、その兄である東間聡という俺と同い年くらいの青年が来ていた。
「和希っ!」
俺が部屋に入室すると開口一番、由依先輩が俺に抱き着こうと駈け寄ってきた、しかし、それを咲がブロックした。
「ちょ、ちょっと、咲、邪魔よ!」
「何故、和希に抱き着こうとするのです? 貴方は謝罪にきたのでしょう?」
「べ、別に抱き着こうとなんてしてないわ! ただ、私と和希は仲良しだから近くに来ただけじゃない」
「何が仲良しですか、貴女が一人で逃げたせいで和希が攫われたのでしょう?」
「そ、それはそうだけど……」
由依先輩がしょんぼりしてしまう。
「咲お嬢様、由依様が必死に走って和希様の危機を知らせてくれたです」
俺の専属メイドである河内さんが由依先輩を庇った。
どうやら、咲と由依先輩は昔から知り合いだったようだ。
そんな中、俺は腰あたりにトンっと軽い衝撃を受けた。
腰のあたりを見ると、すーちゃんが俺に抱き着いていた。
「かじゅきお兄ちゃん」
「すーちゃん、よかった。あの後、すぐに警察に保護されたと聞いて安心したよ」
俺はすーちゃんの頭を優しくなでる。
何となく視線を感じた方を向くと、咲と由依先輩がじっと俺たちを見ていた。
二人が争ってる間に、俺に抱き着くなんてやるな、すーちゃん。
「まぁまぁ、立ち話もなんですし、座ってお話ししましょう?」
そう言ったのは北条財閥の会長であり超能力者でもある北条時子さんだった。
「時子さん、お久しぶりです」
俺はそう言って一応、頭を下げてから席に着く。握手などを求めて、迂闊に彼女に触れたりはしない。超能力:サイコメトリーを使われたら堪らないからな。
いがみ合っていた咲は隣に、由依先輩は俺の正面の席。
そして、その由依先輩の隣にすーちゃん、東間聡君の順で座った。
「えぇ、そうね。でも、まずは紹介からしようかしら。こちらは東間聡さん、東間財閥の跡取り息子で今回は和希くんにどうしてもお礼を言いたいと言って来てくれたの」
「どうも、初めまして東間聡と申します。本日は妹を助けてもらったお礼に参りました。本当にありがとうございました」
そう言って聡くんは頭を深く下げた。
この世界では同い年くらいの男子と話すのは初めてだ。
「いえ、お気になさらず……」
こんな時どんな対応をすればいいのか分からずそんな事しか言えない。
前世でも社会人になってから誰かに感謝された事などなかったしな。
「本来なら代表である母が来るべきなのでしょうが、今日は生憎、仕事の都合が付かず僕が代わりに参りました。何かお礼がしたいと思うのですが何かご希望はございますか?」
えっ、お礼って俺の希望だしていいの? それと、この世界の男性って傲慢な人が多いって聞いてたのに礼儀正しい。
それで、お礼の内容だったな……だったら正直、金が欲しい。ゲーム会社の方が資金回収できるか不安だし……。でも、そんな事言えない、俺はそんなゲスキャラではないのだ。
「私からもお礼を言わせて、大切な跡取りである由依を逃がしてくれてありがとう。そして、由依のせいであんな事になってしまってごめんなさい」
そう言って時子さんも俺に頭を下げた。
「私は女優になるから跡取りじゃないわ。でも、和希、本当にありがとう」
由依先輩も時子さんに続いて頭を下げる。
それを見た、すーちゃんも一緒になってお辞儀をした。
「ほ、本当にお気になさらず。助けられたのも偶々ですし……それで、お礼の方ですけど」
「もちろん、北条である私達からも何かさせてちょうだい」
もう、これお金欲しいって言っていい流れ? いいよね? 言っちゃうよ?
「えっと、じゃぁ、遠慮なく……お――」
俺がそう言いかけた瞬間全員の視線を感じる。凄く言いずらいです。
「お? お、何かしら?」
「お? 何ですか? 遠慮なくどうぞ」
時子さんと東間聡君が追撃をしてくる。
「お、お……オーディション番組に出たいです……歌の。やってましたよね、北条と東間がスポンサーで番組を……」
寸前の所でへたれてしまった。
しかし、オーディション番組に出たいと言ったのは悪くないんじゃないだろうか? 斎藤のお姉さんと音楽活動をしていくのに必要な事だし。まぁ、オーディションって言葉が浮かんだのは、俺の憧れであるピアニストの高野亜里沙さんの事が思い浮かんだからだ。
あの人の様になりたいと言う純粋な憧れが俺にオーディションに出たいと言わせた。
「あぁ、うちと東間でやってたわね! テレビ放送もされる歌の公開オーディションでしょ? お、って言うから、もしかしてお金だったりしてって思っちゃったわ。和希がそんなゲスい事言う訳ないわよね」
由依先輩がとってもいい笑顔でそう言った。
「馬鹿ね、由依は……、和希がそんな事いう訳ないじゃない。第一、和希はお金なんかに困ってないわ」
咲は由依先輩にあきれた様子だった。
ごめん、咲……お金にめっちゃ困ってるわ。資金回収できなかったら咲に監禁されそうで怖いんだもん。
「全く、この子は……ごめんなさいね、和希くん。由依には後でよく言っておくわ」
「おばあ様まで?! ひどいっ!」
「もう、大人しくしてなさい。それで、和希くん……番組に出すだけでいいのね?」
時子さんが念を押すように確認してくる。
「合格させろじゃなくって、オーディションに出場させろなんて和希らしいわ!」
本当はお金が欲しかったけど、歌の公開オーディションに出る事になった。
斎藤のお姉さんも一緒に出てくれるよね? 事後報告になるが許してくれるといいな。
俺は心の中で斎藤のお姉さんに謝りながらオーディションの事を考える。
「合格は……自分の力で勝ち取るので大丈夫です」
「……失礼ですが氷室さんは、随分と自信家なのですね。まぁ、大体の男性はそうですが……」
「ちょっと、聡! 和希の歌を聞いたことが無いの?!」
「由依、貴女はもう黙ってなさい」
由依先輩が時子さんに叱られている。
俺は東間聡君に向き直ってその真っすぐな瞳を見つめた。
「自信は……そうですね。正直、メロディと歌詞、そして、もう一人の相方が凄いと言う、自信ならあります」
「ほぅ……氷室さん、キミ自身の歌にはあまり自信がないと? はっきり、言わせて頂きますと、あの番組は本気でプロを目指してる方が真剣に出演する番組なのです。遊び感覚では困るんです。それに氷室さん自身が恥をかくことだってあり得ます。男性だから簡単に合格出来るなんて甘い考えだと、痛い目を見る事になるかもしれませんよ」
東間聡君の言い分はもっともだと思った。
今の俺は役者と歌手の二足の草鞋状態だ、彼が心配する事態にだってなりかねない。
それにきっと、テレビ出演までにいくつものオーディションがあって、その最終オーディションがテレビの公開オーディションなのだろう。それに挑む人達だって生半可な気持ちじゃないし、実力だってきっと相当な物だろう。だけど――。
――それでも、それでも俺は斎藤のお姉さんと歌で頑張るって決めたじゃないか。
そうだ、俺はプロになって恵まれない子供たちや、被災地にいっぱい寄付をするんだ。
「俺はプロになります。だから、俺を番組に出してください」
「そう……なりたいじゃなくて、なるのね。和希くん、だったら私からは言う事はないもないわ。胸を張って出場しなさい」
時子さんはそう言って、俺を応援してくれた。
「本来なら、いくつものオーディションや面接を受けてもらう必要があるのですが……今回はお礼という事なので僕からも異存はありません。しかし、何かあってもそれは自己責任でお願いします」
東間聡君の言葉に俺は力強く頷いた。




