第24話 『歪んだ愛情』
――どうしてこうなった。
それが今の俺の心情を表す言葉としては最も適切だった。
あの日、斎藤と名乗ったお姉さんと一緒に歌い始めてから数日、体の方も大分よくなりなんとか自力で歩けるくらいにはなった。
うん、それは良い事だ。いい事なんだけど……。
あの日から始めたコンサートだが、日に日に観客が増えていくんだ。
まぁ、これもいい。いや、人前で歌うのは恥ずかしいから本当は良くないんだけど全く誰にも見向き去れないのも悲しいから良しとする。
そしてもっとも良くないのが、あの斎藤というお姉さんやりやがった!!
何が、再生数100もいかないだよ! 100どころか90万再生いってんじゃねーか! ふざけんな!
俺は校舎裏ならぬ、病院裏に彼女を呼び出し問い詰めていた。
「斎藤さん、どういうことですか?! 再生数100どころか90万再生されている動画投稿の常連だったなんて!!」
俺は怒り心頭で斎藤さんに詰め寄る。
「ま、まぁ落ち着いて、和希くん」
斎藤のお姉さんは苦笑いしながらそんなことを宣う。
「これが落ち着いていられますか!! 何が再生数100いかないですか! 大ウソつきじゃないですか?!」
「いやいや、それは誤解だよ和希くん。僕はちゃんと100万再生いかないくらいだよって意味で100いかないって言ったんだよ?」
「誤解? 誤解じゃなくて詐欺ですよ?! 分かりますか、俺が昨日夕方のニュースを見てたら『今日は楽しいニュースが入ってきました。なんとあの人気動画投稿者であるサー・イトゥーさんが謎の美少年とコラボ?! 動画投稿者であるサー・イトゥーさんと人気ドラマ『お嬢様な私がクラスの貧乏な美少年助けて、一流の執事として育て上げる』で主演している氷室和希くん16歳が病院で小さなコンサートを開く動画がアップされていました。この動画は既に120万再生されており……』って放送されてたんですよ。食べてた病院食、思わずブホッって吐き出すほど衝撃だった時の気持ちを!!」
「お、おう……ニュースキャスターの真似がうまいね和希くん」
「重要なのはそこじゃないですよ!!」
「わ、分かってるさ。何故だかしらないけど、人気歌手の源田弘美さんも動画にコメントしてくれて僕もすごく嬉しいよ。」
「おま、おま、お前、フザケンナ!! 分かってて言ってるだろ?!」
俺は思わず、斎藤のお姉さんに掴みかかり前後に揺さぶる。
「か、和希くん、落ち着て! キャラ、キャラ崩壊してるよ!」
俺は冷静さを取り戻すべく深呼吸する。
「すー、はぁー。斎藤さん、ふざけないで下さい。源田さんは俺の知り合いだからコメントしてくれたんです、決してあなたの功績ではありません。俺だからコメントしてくれたんです。そこを忘れないでください」
「え? そこ気にしちゃう? 君、実は何だかんだで喜んでるよね?」
「喜んでません」
「でも、源田さん効果もあって物凄い速さで、このままだと再生数ダブルミリオン達成するよ」
俺はこの発現に思わず頭を抱えてしまう。
ダブルミリオンとは要するに200万再生の事だ。
「でも、なんでそんなに有名になる事を嫌がるのさ? 人気ドラマのヒーロー役なんだろ? 駆け出しだけど」
「駆け出しは余計です。僕が有名になるのは嫌がるのは……」
そこで言葉に詰まってしまう。
有名になりたくない理由は単純で、それは前世の曲を歌っているから。
正直、皆に注目されて最近は悪い気もしない。でも、前世の曲は俺の力ではないからだ。
別に誰に責められる訳でもないが、何となく嫌なのだ。
「和希くんが何を悩んでるか分からないけれど、もし和希くんの中にまだ曲があるなら僕に教えてほしい。僕は君の曲が好きだから」
「俺の曲……」
「違うのかい? 僕は君の曲を世界に広めたかったのさ。初めて君の歌を聞いた聴いたときの僕の気持ちがわかるかい?」
斎藤さんは俺の目を真っすぐ見つめて自分の心臓のあたりを右手でグッと掴んだ。
その雰囲気は普段のおちゃらけた感じではなく真剣そのものだった。
「ここが、熱くなったよ。この世界には、まだこんなにすげー音楽があるんだってね。それで思わずギターを取りに病室に走ったんだ。それこそ我を忘れて君と演奏したいという一心で必死にね。この衝撃はロシアの白銀の歌姫と言われたアリナ・エヴァノフの歌を聴いたとき以来だね」
だからねっと斎藤さんは続ける。
「和希くん、僕に君の音楽を広める手伝いをさせてほしい。きっと君の音楽は僕や、それこそ源田弘美さんの力がなくても勝手に世界に広がっていくだろう。それでも、僕は君の音楽を広めたい。その手伝いがしたいって思ってしまったんだ」
「斎藤さん、俺はこの音楽でお金儲けはしたくないんです……」
「分かるよ、僕もそうだった。音楽でお金を儲けようとは思わない。音楽は僕の趣味だからね」
俺と斎藤のお姉さんのお金儲けをしたくない理由は違う。それでも少しだけ嬉しかった。
「じゃぁ、こうしよう! 二人で儲けたお金は全額寄付するんだ、恵まれない子供たちとかに。動画の広告で入ったお金も含めて全てね。それでどうだい?」
――それなら、それならきっと、前世の名曲を作った作曲家も俺を許してくれるだろうか。
そこで、俺はふと気づく。
そうか、俺は勝手に曲を使う罪悪感から逃れたかったのか、そして許されたかったのだ。
「そうですね……それならいいです」
俺はコクリと小さく、確かに頷いた。
「本当かい?! よし、決まりだ! これから音楽業界を二人で伸し上がって子供たちに寄付しまくってやるぞー」
「子供だけじゃなく、被災地なんかにもですよ」
俺たちは二人で笑い合う。
斎藤のお姉さんの独特の雰囲気から、俺は彼女をこの世界で初めて出来た本当に親しい友人みたいだと感じた。前世の俺の年齢とも近そうだし。
「伸し上がるなら、当然狙うはトップですよね」
「もちろんさ。それ以外ないだろ?」
俺は軽い気持ちで言ったのだけれど、斎藤のお姉さんは当然と言った感じで答えた。
「えぇ、ちなみに僕の曲は後、20000曲ほど有りますけど大丈夫ですか?」
本当は前世の曲を覚えてる数はもっと、ずっと少ない、まぁサビの部分だけなら結構覚えてるけど。
少しだけ大げさに言ってみた。
「それは楽しみだ。でも、まずは、今日のコンサートも張り切っていくよ! もうすぐ開演の時間だ」
なんだか今日はいつもよりずっと気持ちよく歌えそうだ。
◇ ◇ ◇
なんて思っていた時期が俺にもありました。
いや、気持ちよく歌えたよ。歌えたんだけど、コンサートが終わったと思ったらいきなりゴスロリ服の少女、南波留がやって来た。
そして今、俺に向かってすごい頭を下げている、それこそ土下座しそうな勢いだ。
「すいませんでした。許してもらえるとは思いません! それでも謝らせてくださいまし」
コンサートが終わって、人が減っていたがそれでも少しだけ残ってる人たちの前でこれである。
いったい俺に何のうらみがあるんだコイツは。
「和希くんの知り合いかい? もしかして彼女? 痴話げんかなら早めに仲直りしときなよ」
「違います」
斎藤のお姉さんがすこし茶化すように言ったので即、否定しておいた。
今日は立って歌っていたので、少し離れた場所で車椅子を押して待機している河内さんは見守ってるだけで何も言ってこない。
あの様子だと河内さんは南波留が来ることを知っていたのかな?
「えっと、とりあえず、頭をあげてもらっていいかな? まだ結構人いるし……」
「ご、ごめんなさい」
そういって頭をあげる南波留。
前会った時は、すげー嫌なやつだったけど、こう見ると普通に可愛い女の子だな。格好はアレだけれど……。
「あれは君を突き飛ばしたら偶々、犯人に撃たれただけだから……だから気にしないでいいよ」
「そっちではなく。私が……あな、氷室様に暴力を振るった事です」
「あぁ、うん、謝罪は受け取ったよ。でも、もう暴力は振るっちゃダメだよ」
まぁ、俺も彼女を突き飛ばしてしまったしお相子にしておこう。
でも、咲を蹴り飛ばそうとした事は許せない。俺の事はいいんだ。
全然、俺を蹴り飛ばしたことなんかを根に持っていたりしてない。まったく、これっぽっちも。
「わかりました、約束いたしますわ」
「それと、一発は、一発だから!」
これだけは伝えておきたかった。一発叩かれたら一発しかやり返しちゃダメだから!
「えっ? あぁ、私を殴るって事ですね。覚悟は出来ています。いつでもどうぞ」
そう言って南波留は目をつぶる。
なんか、こう覚悟を決められてしまうと殴りずらいな。
もともと、女の子に暴力を振るう気はなかったけど。
「殴るつもりは無いから安心して。それで、今日はどうしてここに?」
「お礼を言いに来たのです」
そう言って南波留は再び深く俺に頭を下げた
「私を助けてくれてありがとうございました!」
おぉう……、気合入ってんな。
あれは本当は偶然なんだけどなんかすごい感謝してるっぽいし、このままにしておこ。
俺は空気の読める人間なのだ。
「どういたしまして」
「それと、私はいままでいろんな人に助けられていました。今日も助けられて、そのことに気付けたのです……だから私も、いつか誰かを助けられる女になりたい。そんな女になれたらいつかまた会いに来てもいいでしょうか?」
「うん、そしたらまた会おう」
よし、これで南波留とはしばらく会わなくてすむな。
嫌いではないけど少し苦手なんだよなーやっぱり。
「それと、氷室様は役者なのですね。これからは歌もやるつもりなのですか?」
「和希でいいよ、歌は、そうだね。これから頑張るかも」
「そうなのですね、私、応援してますわ! だから、その、うちはテレビ局とか持ってるから何かあったら力になりますから」
いや、何かスケールがデカいな! でも、テレビ局ね、そのうち、実力で出れたらいいな。
「ありがとう。でも、自力で頑張ってく予定だから応援してくれるだけで十分だよ」
「そうですの……でも、和希様の力になれる事があったら言ってくださいね」
「うん」
南波留は俺との会話に満足したのか清々しい顔で帰っていった。
何だったんだ一体? 本当に俺にお礼と謝罪をしに来たのか? うーん、分からんが、一人の少女が更生してくれたならよかったのだろう、うんうん。
◇ ◇ ◇
西宮の屋敷で少女は荒れていた。
食器が壁にぶつかり、ガシャリと割れる音がする。
「安藤っ! どういう事?! 和希と南波留が接触したって! 私は許可なんて出していないわ!!」
「どうやら、会長と南波留財閥、そして北条財閥との間で何らかの取引があった様です」
少女、西宮咲は親指の爪を噛みながら思考する。
「そう、お爺様が……それにしても、南波留との間を取り持って北条に何の得が?」
「すみませんが、私には分かりかねます」
「やはり、首輪……手錠……ロープ……」
咲は気づいた、今までは宝物を誰かに見せびらかしたいと言う欲求から和希を自由にさせていた、だけど今回の事で分かったのだ。他人は自分の宝物を平気で傷つけると。
「咲お嬢様?」
最早、執事である安藤の言葉は西宮咲には届いていなかった。
何故なら、少女はただ只管に愛するものを独り占めする方法のみを考えていた。




