エピローグ第5章 「道化は演じても心は錦。我が防人の道はここに在り!」
とは言うものの、ここまで悄気られているのを間近で見せられちゃったら、放ったらかしには出来ないんだよね。
部下としても、中学以来の友達としても、何より、正義と友情を旗印としている「防人の乙女」としてもさ。
私なりに励まして、ついでに軽く活を入れてあげるからね。
「ドンマイ、京花ちゃん。塞いでいるなんて、らしくないぞ!」
青い長髪を右側頭部で結い上げた少女が、肩を落として背にした、堺県第2支局管轄地域の大夜景。
そのパノラマを写し出す強化ガラスの一角に、軽く張り手を打ち込んだんだ。
「えっ…千里ちゃん?」
虚を突かれて顔を上げた少女のサイドテールは、風圧に軽く揺れていた。
私が平手を叩き込んだのは、京花ちゃんの右頬の間近だったからね。
強化ガラスにヒビ1つ入っていないのを確認出来て、私も胸を撫で下ろしたよ。
手加減は申し分無し。
さすがの私も、御免被りたいからね。
友達の励ましついでに始末書を書かされちゃうのは。
「どうかな、惚れ直しちゃった?」
こないだ英里奈ちゃんに貸して貰ったラブコメ系の少女漫画に、こういうシーンがあったんだよね。
もっとも、あの漫画に出てくるサッカー部のキャプテンは、ガラスじゃなくて校舎の壁面にやっていたんだけど。
「プッ…アッハハハ!」
青いサイドテールの少女が腹を抱えてゲラゲラと笑い出すのを見て、私は改めて自覚した次第だよ。
柄でもない事は、しない方が身のためだってね。
「何それ、千里ちゃん!『壁ドン』なんて真似、何処の少女漫画で聞きかじって来ちゃったの?『惚れ直しちゃった?』だって?アハアハアハハ…!」
上官にして我が親友である所の京花ちゃんは 円らな青い瞳に涙さえ浮かべて、相も変わらず笑い転げていたんだ。
予想はしていたんだけど、ここまで笑われちゃうと遣り切れないなあ…
「そんなスカした真似して、柄でもない事やっちゃってさ…?」
その笑い声が静かに止み、愛らしい童顔に浮かんでいた表情が、緩やかに変化しつつあったんだ。
「アハハハ…ゴメン、柄でもなく悄気ていたのは私だったね。」
さっきまでの笑い方が「爆笑」であるならば、今のは「嘲笑」。
それも、自嘲の笑いだったね。
どうやら、今の私が取った分不相応な振る舞いは、京花ちゃんに我が身を顧みさせるキッカケになったみたいだ。
これなら私としても、道化役を演じた甲斐があるって物だよ。
「気にしなさんな!柄でもないのは御互い様だからね。」
私は一切の屈託もない、満面の笑顔で京花ちゃんに応じたんだ。
一頻り笑い者にされたという蟠りなんて、すっかり振り切っちゃったよ。
「まずはチャンスを待とうよ、京花ちゃん!そんなしおらしく、悄気てなんかいないでさ!」
まあ、要するに「果報は寝て待て。」ってヤツだよ。
「えっ、チャンス?どういう事?」
問い返してくる青髪の少女に、私は軽く頷いた。
「そう、チャンス。民間人の子達だけでも、そのうち同窓会を開くはずだからさ。その時に、私達だけでも混ぜて貰えば良いじゃない。」
「私達4人だけならば、如何様にでも都合がつきますからね、京花さん。」
ナイスな助太刀だよ、英里奈ちゃん!
「支局にいる子達に関しては、同じシフトの時に適宜お誘いするって事でさ。どう、この妥協案?」
「北加賀屋一曹みたいな曹士の子達なら、私達が奢ると言えば尻尾振ってついてくるだろうね。悪くないよ、ちさにしては。」
誉めてくれるのは有り難いんだけど、マリナちゃんは一言多いんだよなぁ…
まあ、手放しでは誉めて貰えない所が、私の分相応なのかもね。
「ふぅん…なかなか現実的な落とし所じゃない、千里ちゃん。」
満更ではなさそうだね、京花ちゃんも。
「まあ、妥協案で恐縮だけどね、京花ちゃん。」
こうは言ったものの、私としては、この妥協案でも満足なんだよね。
人類防衛機構に所属していない一般人の同窓生達が、元気な顔を揃えてくれて、不幸な噂も、別段と聞こえてこない。
それは「防人の乙女」である私達の頑張りが、正しく実っている証なんだよ。
その成果を実感出来るとしたら、私達側の集まりが多少悪くても、どうって事はないんだ。
それは第2支局の戦友達が、同窓会に出席した私達の代わりに、平和を守ってくれている事だからね。
今日の私達の平和は戦友達に守られ、明日の戦友達の平和は私達が守る。
そうして平和な日々を繋いでいくのが、「防人の乙女」である私達なんだ。
だけど、住江ちゃんみたいな機動隊の子達と一緒に飲む場合だと、上官である私達が奢ってあげないといけないんだよね。
それが人類防衛機構の慣例だし、私達も養成コースに通っていた小学生の時とかは、教導隊の先生達や上官のお姉さん達に高い特級酒のボトルを奢って貰っていたから、文句は言えないけど。
お給料、取り置きしておかないとなあ…




