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エピローグ第2章 「あの日の思い出は、イタリアの風と共に…」

 ワイングラスを口元に持っていった私は、同じくワイングラスの縁に軽く唇をあてた英里奈ちゃんに、チラリと視線を走らせたんだ。

 さすがは名家の御嬢様。

 グラスを傾ける仕草1つとっても、実に上品だよね。

 もしも私が英里奈ちゃんみたいに、華族様や旧士族の御令嬢だったら、ああいうエレガントな気品を出せるのかな?

 或いは、マリナちゃんみたいな大人っぽいクールさが私にもあれば、コケティッシュでアダルティーな雰囲気を醸し出せたのかな?

 そうしたら、もっとワイングラスを扱う仕草も様になるのに…

 まあ、ない物ねだりをしたって仕方ないよね!

 余計な雑念は排除。

 今は静かにグラスを傾けて、このイタリア産スパークリングワインの味に酔い痴れようじゃないか。

「んっ…」

 小さく開いた唇の隙間から、スパークリングワインが静かに流れ込み、口腔を満たしていく。

 スッキリとした甘味が炭酸の泡と一緒に弾け、心地好い後味を余韻に残して、明るい黄金色の液体が喉を通り抜けていく。

「ふぅ~っ…!」

 春風を思わせる爽快な喉越しも束の間、マスカットとアルコールの入り交じった芳香が、喉から鼻へとフッと抜けて、私の胸を熱く掻き立てる。

「プハァ…ッ!このフルーティーな匂いが堪らないよ、英里奈ちゃん…」

 自分で言うのもアレだけど、何とも陶然と蕩けきった表情と、まるっきり締まりの無い声だよね。

 アスティ・スプマンテは元々、原材料であるマスカットの香りが特徴的なスパークリングワインなんだけど、それが百貨店の取り扱う高級品ともなると、匂いだけでも人を魅了しちゃうんだね。

「この果実の風味と爽やかな甘味こそ、アスティ・スプマンテの醍醐味ですよ、千里さん。」

 こうして私にスパークリングワインの蘊蓄を語る英里奈ちゃんは、いつもと違って、妙に得意気だった。

 普段は内気で気弱な英里奈ちゃんが、殊更に饒舌で堂々としているとすれば、それはお酒で気が大きくなっているからなんだよ。

 よく気を付けてみれば、吐息が随分と酒臭い。

 アスティ・スプマンテはアルコール度数が比較的低くて、お酒に慣れていない人にも優しい所が、何かと重宝されているんだ。

 だから、高々グラス1杯でここまで息が酒臭くなるなんて、どう考えても不自然なんだよ。

「これだけ千里さんに喜んで頂けたなら、アレコレと試飲させて頂いた(わたくし)としましても、その甲斐があるという物ですよ…」

 ああ、やっぱり。

 その様子だと、高鳥屋の酒販コーナーにあったスパークリングワインを、一通り試してきたようだね。

「それにしても、千里さん…久々に御見掛けした夕香さんですが、随分と落ち着いた雰囲気を御持ちでしたね。あの卒業式から、未だ3ヶ月も経ていないというのに…」

 私に注がれた2杯目のアスティ・スプマンテの香りを愛でながら、英里奈ちゃんがしみじみと呟いた。

「それは私も感じた事だよ、英里奈ちゃん。何しろ、夕香ちゃんが通ってるのは、名門の『諏訪女』だからね。朱に交われば赤くなる。2ヶ月余りの月日は、夕香ちゃんを御嬢様学校の校風に染め上げるには充分な時間だよ。」

 こう英里奈ちゃんに応じた私は、夕香ちゃんの現在の母校である所の、私立諏訪ノ森女学園に思いを馳せていたんだ。

 良家の子女や秀才の多く通う、諏訪ノ森女学園。

 神道の理念を反映させた独自の教育方針を取っていて、華道と茶道が必修科目と採用されている、ハイソな御嬢様学校なんだよね。

 きっと朝の挨拶も、「ごきげんよう」で統一されているんだろうな。

 そう言えば、江坂分隊の我孫子羅依(あびこらい)一曹も、「諏訪女」に通っていたっけ。

 我孫子一曹は高2だから、夕香ちゃんとの面識はなさそうだけど、校風位なら聞けそうかな。

「2ヶ月もあれば、人は変わるのでしょうか…?しかし…私の目には、マリナさんや京花さん、それに千里さんは、卒業式の日と変わらないように思われますが…?」

「そりゃそうだよ、英里奈ちゃん。だって私達、中学生活も卒業式も、コレで通したんだよ。」

 私が「コレ」と示したのは、私と英里奈ちゃんが身に纏っている遊撃服だ。

 腰の辺りを黒いベルトで締め上げた純白のジャケットは、ダブルブレストの金ボタンと金色の刺繍で飾られ、黒いセーラーカラーには真紅のネクタイが結ばれている。

 黒いミニスカとニーハイソックスが見事な絶対領域を形成し、足元を固めるのはダークブラウンのローファー型戦闘シューズだ。

 一見すると、派手な学生服とも捉えられるけれど、これこそが特命遊撃士の軍装である遊撃服だよ。

 遊撃服は私達の制服だから、在籍校では学生服としての着用が認められているし、冠婚葬祭にも使えるのが便利だよね。

「それに私達の場合、御子柴高や支局で毎日のように顔合わせしているからね。緩やかな変化には、なかなか気付かないんだよ。」

「はあ…『士、別れて三日。即ち更に刮目して見よ。』という物ですか…」

 三国志に由来する有名な故事成語を引用した英里奈ちゃんに頷いた私は、支局の地下コンビニで買ってきた市販のプチケーキを肴に、スパークリングワインの2杯目に取り掛かった。

 爽やかな甘さが持ち味のアスティは、デザートや御菓子と合わせても、なかなかに優秀なんだよね。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヒトってのは、数か月会わないだけで色々変わってるもんですよねぇ。夏休み後みたいに(ォィ
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