28 無職の少年、僕の選択
暗く長い通路が真っ直ぐ続いている。
魔物に遭遇しないどころか、罠すらも無い。
歩き続けることしばらく。
ようやく明かりが見えて来た。
「随分と単調な造りね。でも、こんな一本道に罠が一つも無いなんて、おかしい気がするわ」
「多分だけど、アタシが通路を壊した所為で機能してないのかも」
「オネーチャン凄いよねぇ! ウチ、オネーチャンとだけは喧嘩しないって、改めて心に決めたよ」
「喧嘩でこんな技使わないわよ」
あ、でも喧嘩はするんですね。
できれば喧嘩そのものを回避して欲しいです。
「まだ生き残りが居るみたいね」
姉さんの言葉に、身を固くする。
群れの発する不快な音が思い起こされる。
実際に聞こえてはいないはずなのに。
すぐそばを這い回っているかのように錯覚してしまう。
「念の為にっと」
姉さんがゴソゴソした後に、何かを放り投げた。
飛んでいく先は明かりを湛えた部屋。
カラン。
床に落ちた次の瞬間。
複数からなる音が聞こえて来た。
カサカサ、カサカサ。
あの不快な音の群れ。
「音に反応して襲って来ない辺り、脅威ぐらいは覚えたらしいわね」
通路から覗く室内に、あの黒い魔物の姿は見当たらない。
音は聞こえたわけだし、居るとは思うけど。
「離れないで付いて来てね」
先導する姉さんに続き、部屋に入って行く。
暗闇に慣れた目に、淡い緑の光が刺激となって襲い来る。
堪らず目を細める。
「壁に近づかないようにね」
部屋の正面にある壁は、通路よりも酷く破損していた。
姉さんの背に隠れるようにして、周囲を窺う。
床に黒い姿は無い。
そのまま視線を這わせ、壁を見やる。
緑の光はある。
ただし、線ではなく点で。
光を遮る何かが居るのだ。
こちらを警戒しているのか、近づいては来ない。
「どこにも穴は空いてないわね」
「本当に穴なんて空いてるの?」
「ダンジョンの外側、地下にあれだけ居たんだから、そのはずよ」
「そうじゃなくて、もう穴は塞がった後なんじゃないかってこと」
「もしそうなら、餌を求めて移動していたはずよ」
「……それもそうね」
姉さんとアルラウネさんの遣り取り。
その声が酷く遠い。
壁に居るらしい魔物。
部屋が狭くなったような感覚。
圧迫感。
どうにも気が休まらない。
「転移魔法陣の辺りに穴が空いているのかもしれないわね」
「確か、食糧庫が隣接してるんだったかしら」
「ええ。魔族か魔物が近づけば開く、隠し部屋になってるわ」
「ここの魔物はどうするの?」
「そうねぇ……」
不意に姉さんがこちらに振り向いた。
視線が合う。
「弟君はどうしたい?」
「え……な、何がですか?」
「この部屋に居る魔物への対処よ。倒すか見逃すか」
「何で僕に聞くんですか?」
「予定とは大分違った形になったけど、ここへは弟君を鍛えに来たんだもの」
「ウチは⁉」
「あら、そうだったわね。弟君”たち”を鍛えに来た、ね。じゃあ、妹ちゃんはどう?」
「魔物を倒しに来たんだから倒すよ!」
妹ちゃんの答えに迷いは無かった。
「弟君はどう?」
「僕は……」
僕は、僕はどうなんだろう。
最初は襲われた。
落ちたときは、襲われたわけじゃなかった。
そして今。
襲われてはいない。
恐怖はある。
外に出したら危ないというのも理解はしているつもり。
でも、魔物だからという理由だけで、退治するべきだとはどうしても思えない。
「僕は、襲って来ない魔物を倒したくはない、です」
「危険だと分かっていても?」
「外に出た場合のみ、対処すればいいじゃないですか」
「その考えは、他でも変わらない?」
「どういう意味ですか?」
「勇者だったら、見逃したりする?」
ビクッ。
身体が震えた。
「あの場に於いて、非道は行っていなかったはず。でも、弟君は攻撃を仕掛けたわよね」
焦点が合わなくなる。
幻視するのは、いつかの光景。
「この魔物たちの母体をアタシは倒したわ。なら、恨まれるのは当然よね。魔物たちには復讐する権利があるってこと」
ああ、ああ。
頭の中がグチャグチャになってゆく。
勇者だったら?
そんなの赦せない。
見逃すなんて、しようとすら考えられない。
「止めなさい。ボウヤを追い詰めてどうするのよ」
「あ」
「一度に多くを望み過ぎよ。相手はまだ子供。そうそう判断が下せるわけもないでしょう」
「ごめん、ごめんね弟君……」
ギュッと抱きしめられる。
けど、もうよく分からなくなってしまった。
言葉も届いては来ない。
暗い。
嫌な場所。
魔物だから倒す。
勇者だから倒す。
この二つは、どう違うのだろうか。
ぐるぐるぐるぐる。
頭の中で問いが渦巻いて。
視界は暗く閉ざされてゆく。
本日は本編30話までと、SSを1話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




