第99話 みきの家
焼き肉を食べた後、コンビニに寄ってマンションに戻った吉井とみきは、階段を使って3階のみきの部屋に行った。
「ああ、これ持って行けばいいのか?」
吉井は玄関に置いてあった布団を抱える。
「そうそう。とりあえず布団さえあればなんとでもなりますから。わたしちょっとシャワー入って肉のいい匂いを落としてから上に行きます」
「おお、じゃあ先戻ってるわ」
「部屋にはわたしの布団だけっての状態にしておいてくださいよ。人が来て急遽布団置きました的に」
みきはドアを閉めてリビング横の部屋に入った。
ちょっと中見たかったんだけどなあ。15万の差を体感したいというか。吉井は布団を持ってエレベーターに乗り部屋に戻った。
うーん、これを移動かあ……。
部屋に戻った吉井はゲーミングPCとゲーミングPC用モニター、他の据え置きゲーム本体、そしてそれらを置いている机とゲーミングチェアを順番に見た。
吉井のマンションはリビングの部屋以外に2部屋あり、1つを寝室、もう1つをゲーミングと名の付くもので埋め尽くしていたので、消去法から若干広い寝室にゲーミング用品を移すことにしたが、時間を掛けて繋いだ配線をもう一度やることに吉井は小さな絶望を覚えていた。
でもなあ、みきが部屋にいるからゲームできないっていうのも嫌だし。しょうがないかあ。吉井はいつかは終わると信じ作業に入った。
「何で鍵掛けてるんですか!」
「え、そこ?」
数十分後、乱暴に複数回インターホンを鳴らした部屋着姿のみきを吉井は出迎えた。
「はい、めちゃくちゃなこと言ってるってわかってますよ。インターホンの押し方を含め完全に八つ当たりです。だってね、ここに来るときのエレベーター内、仕事帰りの人っぽいのが3人いたんですよ。普通にスーツを着たおじさん2人とカジュアルなおじさん1人。わたしの浮きっぷりが半端なかったんですから!」
「まあなあ、いまのきみの感じって旅館の1階大浴場に入った後、部屋に戻ってるときのやつだからなあ。マンションではちょっと」
「そうなんですよ。なんか泊まりに来た感が抜けなかったとはいえ、こんなにも激しいミスをし、あああ! また思い出しちゃったじゃないですか!」
みきは髪をゴシゴシと拭きながら室内用の履物を手に持ったまま部屋に入った。
「しかしなんもないですねえ、この部屋」
「これからだよ。いくつかイメージはある」
吉井はロッキングチェアを揺らしながらサイドテーブルに置いているロックグラスに手を伸ばした。
20畳あるリビングダイニングには、吉井が座る椅子とサイドテーブル以外に家具はなく、みきは部屋から布団を移動しリビングに敷いて座っていた。
「あ、でも冷蔵庫とかはいいのありますよね」
「それは部屋契約した帰りに速攻買った。やっぱり氷ないと生活水準がめちゃくちゃ下がるんだよ」
「とりあえずソファー買いましょうよ。片っぽ長くなってるおっきいやつ、あとテレビも」
「テレビねえ。いるかなあ」
「絶対必要です!どうせならこの世で一番おっきいの買いましょう」
「この世で一番、か」
吉井はサイドテーブルに置いてあった端末を手に取る。
「へー、1億以上するんだな」
「あ、多分一緒の見てます」
みきは布団に横になって転がりながら端末のモニターを見ていた。
「それとさ、その下の2番目に大きいやつ。防水加工されてるぞ。もう最初から室内で使う気ないっていう」
「そうですねえ。さすがにマンションじゃきついですね。しょがないです、日本のやつにしましょうよ。あ、一気に下がりましたねえ。なんかもはや300万なんて上のやつ見た後だと小銭感覚ですよ」
こいつ庶民感覚失ってるわー、300万が小銭はないわー。吉井が手ごろな値段のテレビを探していると、「ねえ、吉井さん。そろそろ現金の扱いについて考えませんか?」みきは冷蔵庫からコーラを取り出して立ったまま飲み始めた。
「おれ的にはまだかな。やっぱり足跡を残すようで嫌なんだよ」
「わたし考えたんですけど。会社作ればいいんじゃないですか?」
「会社、会社ねえ。それって個人事業主ってことかい」
「そうそう。それです! あ、ちょっと待ってください。部屋にあるんですよ、資料が。わたし調べたんです」
数分後、部屋に戻ったみきはクリップ止めされた紙の束を吉井に差し出した。
「フリーランス的な立ち位置でもいいんですけど、個人事業主として届けたらいいこといっぱいあるんですよ。ほら、その資料見て下さい。4ページ目です」
みきは自分の端末を見ながら吉井が持っている紙を指す。
同じのあるんだったらデータで送れよ。吉井はみきに言われるまま資料を捲る。
「屋号で銀行口座作れるってありますよね。それだと吉井さん個人でどうこうってことにならないですよ」
「あー、なるほど。社員の給料も経費になるのかあ。でもなんの会社にすんの?」
「いろいろ考えたんですけど、コンサルでいいんじゃないかと」
「え? 誰が何をコンサルタントするの?」
「決まってるじゃないですか」
みきはコーラの瓶で吉井を指した。
「わたしが吉井さんをコンサルタントするんですよ。で、吉井さんがわたしにお金を払う、と。というかもうやってますけどね。この前店で服選んでるし」
「いや、それ。ああ、でも。うーん、ありなのか? ええと、じゃあそれでおれがきみに、例えば200万なりを払うと」
「そうそう。よくわからないんですけど処理的には『コンサルティング料(衣装選び)』とかになるんですかねえ。まあわたしもまだ勉強中ですから」
「じゃあさ、それだと宗教法人のほうがいいんじゃないの。よく知らないけど」
「はいはい。来ましたね、予想通りの問い。やっぱり人が自分の手のひらで踊るって何回やっても気持ちいいですね。ねえ、吉井さん。宗教、あは、あはは、法人ってね、はは」
あは、あははは。あはははは、はは。みきは立ち上がって体をくの字にして笑った。
「それ怖いから止めてくれよ……。まあいい、あえて理由は聞かない。あとで調べるわ。会社名って考えたの?」
あははははは、来た、会社名のくだり。あはははは。やっぱり来た。あはははは。一度座りかけたみきは再び笑い始めた。
えー、コンサルだったら、そうだな。吉井はみきを無視して考えた後、「あれか。コンサルティングMIKIとか?」と独り言のように呟いた。
「は?」
笑うのを止めたみきは布団にストンと座る。
「あ、ごめん。逆か。MIKIコンサルティング?」
「吉井さん、逆とかそういうことじゃないんです。元が腐ってるんですよ。腐った肉を焼いても煮ても腐ってますから。それにギルドの登録のとこでも同じことやりましたよね? びっくりしましたよ、学習できない人間って本当にいるんだって」
「なんかそんなのあったな。じゃあきみは考えてるの?」
「はい、当然」
みきは端末を操作し画面を見た。
「会社にいる時間って家にいるより長いってよく聞きますよね。わたしも他の経営者の皆さんと同じで、会社は誰かの居場所みたいな感じにしたいんですよ。だから『ミキ・ハウス』にしようかと思ってます」
「ごめん、久しぶりに今回は言うわ。さすがに言う。それ社員じゃなくてお前の家やん。あと、おれでも知ってるその名前の会社がもうあるわ。この2つだ」
ねえ、吉井さん。知ってますか? みきは画面を見たまま答える。
「ビートルズがアップルって会社を作ってたのを。その後にアメリカであのアップルができたのを。もっと言えば日本にズートルビっていうバンドがあったのを。そしてそのズートルビのデビュー曲のタイトルが透明人間で、後に東京事変で透明人間っていう曲が発表されたのを」
「ええと、要は別にそれぐらいいいじゃんってこと?」
「そうです。『・』も使ってるし問題ないです。なんなら『☆』に変えてもいいですよ。それに偉い人からひっくるめて色々だめって言われたら、この話自体をなかったことにするだけです」
でもなあ。『ミキ☆ハウス』はなあ。『みきの家』ならいいと思うんだけど、それ言ったら絶対怒られるしなあ。日本語にすればいいってもんじゃないです! かな。あ、そう言えばあっちで決めたのが。
吉井は、「いいんだよ、いいんだけど」と前置きを入れてから話始めた。
「あっちでさ、登録名ギギルコンにしただろ。それ使おうぜ、せっかく作ったんだしさ」
「ああー、ありましたねえ。でもわたしたちこっちではギギルコンじゃないですよ。なんせ泥人形ですから。両方一緒のほうがややこしいです」
「それなら泥人形のギギルコンにしないか? 向こうとちょっと変えてさ」
泥人形のギギルコン、泥人形の。みきは何度か呟いた後、端末を操作した。
「いま文字で入れて画面で字面見たんですけど、時計仕掛けのオレンジに似てますね。こっちの遠くから模倣のほうがなんか気持ち悪さを感じます」
そうかあ? 吉井は自分の端末にその2つを入力してみた。
時計仕掛けのオレンジ
泥人形のギギルコン
時計仕掛けのオレンジ 泥人形のギギルコン
泥人形のギギルコン
時計仕掛けのオレンジ
泥人形のギギルコン 時計仕掛けのオレンジ
「あー、確かに。ずっと見てると似てる気がするけどさ」
「でしょ? だから言ってるじゃないですか」
みきはコーラの瓶を片手で器用に回した。
かといって了承はできん。こんなことでなんかあったら嫌だ。余計なトラブルは避けたい。諦めきれない吉井は口を開く。
「頭に何か付けよう、長くしようぜ。ラカラリムドル帰りの泥人形のギギルコン、とかさ」
「あのー、会社名ですよ? そこで悪目立ちして何の意味があるんですか? 毎回名刺出す度に、これ、え? これが会社名って? って訊かれますから。長い社名なんて絶対駄目ですよ。いい会社名は常にシンプルです。ねえ吉井さん、正気ですか?」
みきは布団に座ったまま頭を下げ、吉井を覗き込むように見た。
「すまん、おれどうかしてたよ。それはきみの言う通りだ。頭に何かつけて長くするのは止める。一旦夜景を見て冷静になってくるよ」
吉井はロックグラスを持ってバルコニーに出た。




