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泥状のギギルコン「と」  作者: がら がらんどう
吉井とみきとみきと吉井
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第83話 ゆったりとした服の可能性


「ええと、それは今のきみと家にいた君のどっちが本物かってこと?」

「そうです。あ、この辺からさらに重要な話になってくるので場所変えませんか?」

 みきは右手親指を立てて後方にある出入り口を指す。


 出たよ、この古い親指使い。こいつ中学生のときも日常的にやってたのか? 吉井はゴミを一つの箱にまとめながら、「どこに行くつもりなんだ?」とみきに訊く。


「そうですねえ。うーん、やはりこうなってくると結局ネットカフェになるんでしょうかねえ。行くとこも帰るとこもないですし」

「うん、そうなるよな。ああ、そうだ。行く前にだな、その服をね。やっぱり制服はさ、夜に並んで歩いていると人の目が」

「別に誰も見てないと思いますけどね、吉井さんのことなんて。でも、いいですよ。着替えも欲しいしその辺のZARA的なところで適当に買ってきます」

「あ、じゃあおれも替えの服買っとくかな」

「へー」

 みきは吉井の全身を上から下まで何度も視線を行き来させる。


「えらくなったもんですねえ。最初あっちに居た頃なんて、ずっと『Dooooooooo It!』って書いたわけのわからないTシャツ着てたのに」

「しょうがないだろ、他に着るもんなかったし。でもあれ気に入ってたんだよなあ」


 あ、そうだ。吉井はリュックから1万円札を数枚取り出してみきに渡す。


「これで買ってきていいよ。おれが言い出したことだし」

「ああ、はい。どうも」


 現金を受け取ったみきは枚数を数えた後、しばらく札を凝視したまま固まっており、「おい、どうした。なんかあったか?」ゴミをまとめ終わった吉井はみきに声を掛けた。


「ええとですね。制服を着た状態で4万円貰って、服を買ってきていいよっておじさんに言われるとなんか複雑な気持ちに」

「気にするな。おれはおじさんと言われることもあるが、言われないこともある。それに」

 吉井はトレイを持って立ち上がる。


「金自体に意味を求めるのは無意味だ」

 

「あの、すいません」

 みきは軽く右手を挙げる。 


「吉井さんが思ったより刺さってませんよ。今の」

「うん、そう、か。それは、その内容自体に問題もあったかもしれないけどさ。おれの言い方とか雰囲気とかいろいろな要素がね、全部が全部決め台詞にはならないよ」

 吉井は顔を伏せてゴミを捨て出入り口に向かう。


「あ、ねえ吉井さん、刺さってないんですけど出るんですか? ねえ、吉井さん。それでいいんですか?」

 みきはリラックスするため脱いでいた靴を急いで履き、吉井を追いかけた。



 そろそろ聞いてもいいかなって思うんだけど。はい、いいですよ。だめだったらだめですけど。その髪どうしたの? あー、これですか。ここ来る前美容室寄ったんですよ。わたし予想の吉井さん到着まで時間あったんで。ほー、一応来ることは予想してたんだな、しかし結構切ったなあ。美容師さんびっくりしてましたよ、こんな髪見たことない、髪の細胞が全部死んでるって言ってました。まあ向こうの暮らし長かったからなあ。で、もう何をしても無駄だって言われたんですよ。死んだ髪を生き返らすことはできないって。そっか、髪も同じか。それは残念だったな。もっと思いっきり短くしてもよかったんですけど目立ちすぎるかなって。だからこれくらいのショートボブ風になったんです。ああ、それショートボブっていうの? へえ、ショートボブねえ。いいんじゃない、溶け込んでるよ。今度カラーも入れようかなって。細胞死んだ髪でも色は付くみたいなんですよ。ふーん、そういうもんなんだ。結局は死んだ髪ですからね、多少傷もうがどうでもいいですよ。所詮次に生まれてくる髪までの繋ぎです。なんかそう言われると今の髪がかわいそうになるな……。はあ? 髪がかわいそうって意味わかんないんですけど。いや、その言い方がね。髪をこう髪として見てないっていうか。だって髪は髪です! 髪を髪以外にどう見ろと言うんですか! うん、まあそうだよ。そうなんだけどさ。わたしがわたしの髪をどうしようとわたしの自由ですから。だからね、その自由にするっていう表現がね、若干気になるっていうか。あ、そうだ。さっきの本物かどうかって話は?


 吉井は雨が上がったことに気付き、周りも差していないことを確認して傘を降ろした。


「ねえ、吉井さん。その大事な話のために移動してるんですけど。それを今聞きます?」

「ああ、ごめん。じゃあもう少し髪の話でも」

「髪の話はいいです。限界までやりつくしましたから。あ、ここです。ええと、じゃあわたし適当に買ってくるんで。ここに1時間後で」

 みきはするすると傘をたたみ複合ビルの中に入った。


 40分後、自身の買い物を済ませた吉井が入り口に立っていると、ゆったりとした服で上半身と下半身を包んだみきがドアを開け出てきた。


「へえ、いいねえ。ゆったりとしてるねえ。上半身も下半身も」

「上半身、下半身っていうなら全身って言ってもいいんじゃないですか?」

 みきはスニーカーの具合を確かめる様につま先でトントンと地面を突く。


「そう言われればそうだな。きみは間違っていないよ」

「なんかあったときすぐ走って逃げないと行けない状況ですからね。全身ゆったりにしたんです」

「うーん、でもさ」


 吉井は自分が買った着替えを無理やりリュックに詰め込む。


「おれがもしそんな服買ってきたら、なんですか! そのゆったりとした服は! 廃墟で逃げる時にクギが引っ掛かったらどうするんですか! ってきみなら言いそうだけど」


 廃墟、クギ、そうか。むき出しのコンクリートから金具がっていうのも。みきはぶつぶつと呟く。


「やっぱり体にフィットしたのに変えて来ます。場合によっては森の中を走り回るかもしれないですしね。木の枝だらけのなかにこの服は明らかに場違いだと」


 そう言って再びビルの中に戻ろうとしたみきの手を吉井は慌てて掴んだ。


「ごめん、やっぱり大丈夫。いいよ、もう行こう。そうなったらおれがなんとかするから。さっきから話全然進まないんだよ。安心してくれ、つええで枝とクギ全部吹き飛ばすから」


 吉井はみきが納得するまで何度も説明を繰り返した。


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