第75話 こいつの倫理観よくわからない
ここはあの時の空港、つええできる、時間は経過している、周辺にみきはいない。それぐらいだなあ、今わかるのは。だけどみきに関してはおれが空港だからあっちは横浜か? まあいい、とりあえず移動しよう。現状を把握することを諦め、トイレの個室から出た吉井は入り口にある全身鏡に映った自分を見て驚愕した。
あー、これはやばいな。さすがにこの不衛生さと異世界の布服は目立ちすぎる。トイレの水を全開にして顔と頭を洗い、ついでに体もと思った所で、吉井はタオルが無いことに気付いた。
洗ってからタオルを探す。これだけは日々気を付けているのにまたやっちゃったよ。
吉井は念のため能力を最大で使って近くの土産物店に向かい、やや地域感が強めのタオルとTシャツ、そして他に選択肢がなかったので紺のスウェット下を手に取った。そしてほぼ止まった状態のレジの人に、ごめん、今日は許して。もうしないよ。他ではするけどこの店ではしない。と気持ちだけは謝った。
トイレで一通り着替えた後、吉井はゴミ箱に来ていた服を捨てようとした手を止める。
うーん、こういう痕跡を残すと何かありそうだよな。もっと遠くで処理するか。吉井は再び土産物店に向かいトートバックを手に取るも先程の誓いを思い出した。
ああ、だめだ。おれもうしないって言ってたよな。吉井は2つ横の同じような店に移動しリュックを見つけ、おお、むしろこっちのほうがいい。と着ていた服をリュックに詰め、案内板を見ながら駅のある方向に向かった。
吉井は電車に乗って中心部を目指したが、自身の服装の違和感、及び拭いきれなかった清潔感のなさから周りの注目を集めていることに気付いて1区間で降り、途中寄ったコンビニから持ち出したからあげくんとコーラを飲み食いしつつ走った。
数分後、中心部に着いた吉井は衣類と靴を揃えようと駅直結の百貨店に入ったが、入口付近にあった全身鏡を見て立ち止る。
うーん、やっぱり洗い足りないよな。電車でもかなり浮いてたからすぐ降りちゃったし。とりあえず状況がわかるまでは目立たないほうがいい。これはねえ、間違いない。散々今まで見てきたから。横浜までは走っていけないもんなあ。そのまま百貨店を出た吉井は、目の前にあったビジネスホテルに正面玄関から入った。
ええと、鍵は。というか空いている部屋はどこなんだろう。吉井はフロントのカウンター内に入り、受付の手をどけてモニターを見たがいまいちわからなかったので、目に付いた「貸し出し用」とラベルが貼ってあるタブレット端末を手に取って客室がある3階に上がった。
やっぱり浴びといてよかったわ。あの水の色はやべえ。シャワーを浴びた吉井はタオルで体を拭きながらタブレットを起動させ、からあげくん、コーラと一緒に持ってきていたビールの蓋を開ける。
横浜か、うーん。というか横浜だけだろ。きっついなー、情報少なすぎる。でも行くしかないよな。吉井は現在地から横浜までのルートを検索した。
飛行機はない、色々と面倒だし。車、車ねえ。いいんだけど。ビール飲むからさあ。いいよ、全然逃げられるし、というかなんだったら警官程度だったら200人くらい余裕だよ。でも警察は後で効いてきそうなんだよ、情報網的に。じゃあ、やっぱり電車か。えーと、今がここだろ。んでここで乗り換えて新幹線だよな。で、新横浜駅に。吉井はいくつかのルートから最短を何度も確認する。
よし、大体わかった。案外すぐ着きそうだな。吉井はタブレットを置いてベッドに横になる。
正直、仮の仮の仮、もしのもしでもしかしてぐらいだよ。横浜にみきがいるかどうかなんて。でもしょうがない、まずはこっちだ。正直やりたいこと山ほどあるんだけど。
吉井はビールを一息で半分程度飲んだ。
おれだって普通に家帰って連絡したい人もいるよ。結構とまでは言わない、そうだな少なくても10人はいる。それは本当なんだよ。いくらなんでもさすがにそれぐらいはねえ。だってそこは嘘ついてもしょうがないし。まあただ、ね。会社も無断欠勤だし、大体にして思いっきり失踪だしな。1、2日早くなったところでなに? っていうことなんだよ。うん、そうだ。おれは間違ってない。だから大丈夫、切り替えよう。えー、必要なのは服と靴。あとそうだ、金だよ。どうすっかなあ、財布もスマホも全部吹っ飛んだし。諸々の再発行って今日頼んですぐは無理だよなあ。うーん、差し当たっての金ならその辺のレジでいいんだけど。でもそういうのって担当の人結構怒られる気がする。さっきからあげくんとかも数合わないし。
しばらく今後の方針を考えた後、吉井は残ったビールを飲んで立ち上がった。
よし、決めた。さっきの百貨店。全部のレジから抜こう。そうなった場合、だれが悪いとかじゃない、盗難っていうか事故だ。いや、事故っていうか天変地異的な扱いになるよ。おれ、店員個人が目立たなければそれでいい。そしてその行動が正しいのか中世風世界から戻ってきたばかりで価値観が混乱しているおれにはわからない、ということにしておこう。
早く行きたいけど、どうせつええ使ってやるから時間進まないし、結局一緒だ。缶をゴミ箱に入れて吉井は部屋から出た。
百貨店に入った吉井は、とりあえず多く手に入りやすそうな所から、と知っているブランドが入っているフロアから行動を起こした。
そして毎回レジから現金を抜くときに起こる、思ったより多いなあという気持ちと、これ大丈夫なのか? という不安と戦いつつ、吉井はフロアを一周して全店舗から現金を回収しトイレの個室に入って現金を数えた。
え、まじで。これ大丈夫なの……? 吉井は震えながら手に取った札束をリュックに入れる。
これでこのフロア終わりだけど150万はあるぞ。いいだろ、十分だ。もうやめてくれよ……。防犯カメラに映ってないか死ぬほど心配なんだよ……。あと関係ないけど室内なのに明るすぎだって。中世帰りには辛い。
吉井は俯きながらリュックを背負う。
でもやらないと。もう1フロアぐらいやらないとバランスが。吉井はふらふらと歩きながら下のフロアに向かった。
最終的に吉井は3フロアから合計200万円程度を回収。そして別フロアで衣類と服を調達した後、在来線を使って移動し新幹線のグリーン車に乗り込んだ。
おれグリーン車に乗ってるし、それに。吉井は手元にある2,800円の駅弁とビールを見た。こんなんいつもなら絶対買わない。昼食は弁当とお茶入れて最高600円という基準で生活していたのに。
吉井は弁当を食べながらビールを飲み、そして自身の心の安定のため新横浜駅に着くまで眠ることにした。




