第23話 年越しうどん/新世界より
「ねえ、吉井さん。ちょっと。起きてください」
藤倉さんに揺り動かされて目が覚めたおれは手元の端末で時間を確認する。11時30分前。
「ああ、ごめん。寝てた」
「はやく年越しうどん作ってください。あと30分しかないですよ」
「え、うどん? 今は別にいいかな」
おれはベッドから降り、開いていたビールを飲んだ。
「わたしだってお腹減ってないですよ。でも食べないわけにはいかないじゃないですか」
「いや、うん。まあそう言うなら」
ビールの缶を持って台所に移動したおれは片手鍋に水を入れてコンロの上に置いた。
「1玉を半分ずつ食べない? お互いお腹減ってないなら」
「半分、ですか」
藤倉さんはテレビのリモコンを置いて首を傾げた。
「うん。特に量は関係ないですからね。いいですよ」
「よかった。じゃあそうしよう」
白だしをお湯で割ったごく簡易的なうどんを器に入れてカウンターに並べるまでのおよそ10分。藤倉さんは椅子に座って新世界よりを読んで待っていた。
「よし。11時44分だ。間に合った」
「これって日付が変わるまでに食べるんでしたっけ」
本を置いた藤倉さんは割り箸を手に取る。
「さあ。その辺は個人のさじ加減じゃない」
「なんかいい加減ですね」
皿に乗せた天ぷらをテーブル置くと、藤倉さんはエビとイカを取って自分の器に入れた。
おいおい、エビとイカを一緒にって。どんな金持ちだよ。おれはそう思ったが人の食事に文句を言うのもどうかと考え、残っていたもう一つのイカとマイタケを入れ、藤倉さんが1つしかないカウンターの椅子に座っていた都合上、立ったままうどんを食べた。
しかし、藤倉さんとおれ共に食べてみたら以外に少なくもっと食べたいという気持ちが一致し、結局残りの二玉も湯でてそれぞれ一玉ずつ食べた。
「これで大体のことは終わりましたね」
「うん。初詣ないなら」
おれと藤倉さんはソファーに座り、木崎さんは紙コップに氷を入れて梅酒を、おれはビールを飲みながらテレビを観ていた。
「じゃあそろそろ寝る準備しますか。ちなみになんですけどベッド、というかマットレスのシーツとかってどういう感じですか」
「二日に一回シーツ類は全取り換え。その時に圧の分散のためマットレスをこう反対にしたりしてみたいな。枕カバーは毎日でその時に布団乾燥機を使ってる」
「なるほど。わかりました。ベッドパットは?」
「週一回かな」
「じゃあとりあえず新しいベッドパット出してもらっていいですか? それと枕と掛布団を床に降ろしてもらえれば」
どうするつもりなんだろう。おれは言われるがまま掛布団を畳んで床に降ろしその上に枕を置く。そしてクローゼットから新しいベッドパットを用意し、シーツを取ってベッドパットを交換した。
「いいですね。じゃあ後はっと」
藤倉さんは自分のリュックからシーツとバスタオル2枚を取り出した。そしてシーツはマットレスにつけ、バスタオルは1枚を折りたたんで枕に。もう1枚を敷いたところで、手が止まる。
「明日のとんかつ夕方からでしたっけ」
「ああ、そうそう」
一連の流れを見ていたおれは荷物の中身がわかって少しほっとしていた。
「よかった、ゆっくり眠れる。あ、今からちょっと顔を洗ったりして無防備になるので電気消しておいてください」
何かしらを持って洗面スペースに向かう藤倉さんを確認したおれは、氷を入れた紙コップを持ってソファーに座る。
この日本酒の飲み方いつかどこかで誰かに怒られる気がするんだけどな。おれは日本酒を氷が入った紙コップに入れて一口飲み、部屋の電気を消した。
洗面スペースから戻った藤倉さんはそのままベッドに行き、横になった。
「テレビつけといてください。できれば新年っぽい番組を。新しい年を感じながら寝たいんで」
「じゃあこのままでいいんじゃない」
おれはモニターの中でドヴォルザークの「新世界」を演奏している人達を観ながら言った。
「ああ、いいですね。おやすみなさい」
そして藤倉さんが続けてもう一度、おやすみなさい、と言った後、部屋の中は新世界の演奏が小さく響く空間となった。
なんなんだ、これは。言っていい、さすがにこれは言っていい。なんなんだよ。いいんだけど。別にいいんだけど。ただ、なんなんだよ。
おれは日本酒を飲みつつ新世界を聴きながら新世界よりの続きを読み、文字が追えなくなる程度に酩酊した後、コップと本をある程度離して床に置いた所で意識が途絶えた。




