第21話 刺身盛り合わせ/両手に荷物
お、メモ? そうですよ、忘れていいことはこの世にはないですから。ちなみに手巻きと年越しそばにしようと思ってるんですけど。あ、ごめん。おれそば食べられないんだ。アレルギーで。ああ、前なんか言ってましたね。でもちょっとなら大丈夫なんですよね? ちょっとなら大丈夫かもしれないけど試すなら平日の病院がやってるときがいいかな。ほら、でもそれがあったから今があるからと思えば。うん、そういう考えもあるね。ごめんなさい、無理やり良く言おうとしただけなので気にしないでください。わかってたから別にいいよ。あ、でも無理しない方がいいですよ、わたしも救急車に同乗したくないですから。大丈夫、元々食べるつもりはないし。じゃあ年末に何を食べてたんですか。いや、別にそんなに気にしたことはないかな。えー、伝統行事なのに。ラーメンでも食べれば問題はないよ。うーん、でもラーメンに天ぷらって合いますかね。いや、そこは別にいいんじゃ。わたしあんまりそば食べないんですけどやっぱり習慣として年末に衣がほろほろと溶けたのを味わいたいんですよね。そっかあ。じゃあうどんに。はい、うどんなら問題ないで。ごめん、手巻きって言ってたけどうち炊飯器ないから。えー、噓でしょ。どっか棚にしまってるのかと思ってました。大丈夫だよ、サトウのごはんをたくさん買えば。そうですね、正直わたしあんまり味わからないんで、酢を入れて混ぜてしまえば気付かないと思います。それはいいことだよ、本当にそう思う。はい、そのまま受け取っておきます。さっき何の小説読んでたんですか? 新世界よりっていうやつ。え、それは年末年始に合わせて? いや、そういうわけじゃないんだけど。たまたまですか? 年末年始に読んだ小説がたまたま新世界より? それは通じないですよ。内容としてはどんな感じの? うーん、ちょっと一言では説明しづらい内容なんだけど。大げさでなく、えー、現代の、なんだろうな、人が作った、そういう類のなかでは、まあ、すごくいいと。その説明で逆に読みたくなりましたよ。うん、それはよかった。そういえばさ、テレビ持ってきてたけど全然観てないよね。え、観てますよ。ほとんどスマホいじってたように見えたけど。だってテレビ観るときスマホなしじゃ退屈じゃないですか。そういうもんなの? うん、だってテレビは主食ですから。やっぱりおかずがないと。へえ、じゃあスマホで何を。別に普通ですよ、欲しいけど買えない椅子とか、住みたいけど買えないマンションとか。なるほど、あっちの感じじゃないんだ。なんかあっちの感じがわかったから答えますけど、わたしは誰かの思考って変換して淘汰されてから読みます。過程が無駄ですから。あー、そっち派ね、ダイレクト嫌い派ね。おれは割と好きだけどな、誰かの飯と猫の話は。わたしも好きですよ、思考が乗ってなければ。
スーパーに着いたおれと藤倉さんは流れるように店内にり、それぞれカゴを手に取った。
うどんってどうなんですか。家で食べたことない、とまでは言えないですけどそんなに事情がわからなくて。そうだなあ、おれは基本的に白だしを使っているよ。へえ、そういうもんなんですね。じゃあうどんの味に関しては任せます。いいよ、白だしとお湯を入れて温めるだけだから。って3,000円近いよ、その刺身。まあしょうがないですよ。大晦日ですから。そうなんだけどさあ、ちょっとおれの範囲からは大分外れてるっていうか。考えてみてください、わたしたちは休んでますけど、この魚達が釣られ切られ盛られ包まれるまで様々な過程があって大晦日もしくは大晦日前日、前々日に働いている人がいるんですよ。みんな年末は休みたいはずなのに。だからせめてお金で解決するしかないじゃないですか。まあ、そう、か。でもなあ、その人たちに還元されているかは疑問だけど。それを考えだしたら募金のお金の行方を追うのと一緒で。ええ、でも気になるよ。おれ募金したことないけど。募金したことないならいいじゃないですか。
藤倉さんは2,980円の刺身パックを自分のカゴに入れた。
まじかあ。おれの10日分だわ。昨日の支払いは感謝の気持ちがアルコールで強まってたから気にならなかったけど、冷静になった今、2,980円を突き付けられると。おれは実際に多少胸苦を感じつつ藤倉さんの後を追った。
その後、すし酢、海苔、わさびを次々と購入していく藤倉さんを見る度、おれはどんどん辛くなり、足りなくなったら困るから、と言いつつ海苔を追加で取りにいく背中を見たときに耐えられなくなりその場を離れた。
だめだ、もうきつい。これからサトウのごはんと、うどんもあるんだぞ。どう考えても回転ずしに行った方が安いって。今回の買い物は一人4,000円ぐらい掛かりそうだから、回転ずしなら一皿130円だとして、30枚、30枚だぞ。そんなに食えないって、ああ、もうだめだ。心が折れそうだ。おれは買い物かごを一度強く握りしめた後、一度目を閉じて息を吸い、吐いた。
うーん、これ何個いるんだ。激しく揺れる心をごまかしつつサトウのごはんが陳列してある棚を見つけたおれは、1個200グラム(3パック入り)を手に取った。
全然わからない。普通ならこの3パックでいいような気がする。しかしあの確実に2人分より多い刺身の感じを加味したら、この3パックが2個あったほうがいいような。
「何してるんですか。サトウのごはんを握りしめて」
「どれぐらいが適量かを考えていたんだけど」
ふーん。藤倉さんはカゴを置いておれと同じ3パックを手に取る。
「これ2個じゃないですか。6パック」
「そうだよね、うん。おれもそう思うよ」
おれは3パックを2つカゴに入れた。
それからうどんとマイタケ、イカ、エビ等の天ぷら類を選んだぐらいから、おれの心は、もういいよ、もういい。楽しく過ごせればいい、という方向に開き直り始めていたので、アルコールをどうするかの話し合いの時も、互いに好きなのを選ぼうというおれの提案により、おれは一番安いビール風のものと、一番安い紙パックの日本酒。藤倉さんは普通のビールと普通の梅酒に決め、一旦おれが全部払い半分を家に着いたときに木崎さんからもらうという形で会計を済ませて店を出た。
「いいですよね。この両手に荷物を持って帰る感じ」
スーパーの前を通る幹線道路の歩道を数分歩いた後、おれと木崎さんは行きと同じように線路沿いの歩道を歩く。
「なんで?」
「だって幸せじゃないですか。夕暮れ時間に両手に荷物持って歩くのって」
「考えたことなかったな」
「えー、わたしいつも思ってますよ。だからたまに無理やりボックスティッシュ買いますもん」
「どっちかというとコンビニでペットボトル買ったぐらいの袋を持つ方が幸せかなあ、おれは」
「いいんじゃないですか? 幸せは人それぞれだし」
「そうだよな。人それぞれだよな」
おれは試しに少し歩幅を緩めて先を歩く藤倉さんを見てみたが、大変そうだなとしか思えなかった。




