第20話 12月30日/12月31日
12月30日。おれと大塚、藤倉さんの3人は居酒屋で集まり、全員餅が好きだった、ということ以外は第三者というかおれから見ても不毛な会話を続けた。
そして2時間の飲み放題が終わった後、さらに1時間が経過し、そろそろ帰るという空気になった時、これまで散々金銭的支援を受けてきたので今日は支払わせて欲しい、とおれが頭を下げると、2人は苦笑いを浮かべながら了承し、おれはこれまでありがとう。本当にありがとう。という気持ちを込めて会計を行った。
延長により終電が無くなった関係上、藤倉さんと大塚はタクシーで帰ることになり、さらに藤倉さんの帰り道におれの家がある関係上、途中まで無料で乗せてもらえることになり、おれは再び繰り返し礼を言うこととなった。
「明日って何か予定ありますか?」
乗車してすぐ藤倉さんは言った。
「明日は休み。明後日は夕方からはとんかつ屋だよ」
「あの明日って31日じゃないですか。12月の」
「今日が30日だからね、日付変わったけど」
「大晦日に1人は寂しいんですよ。でも一緒に過ごす友達がいなくて。だから明日家行っていいですか?」
異常に素直だな。おれは同調すべきかとも思ったが、変なことになりそうなので、いいよ、とだけ返す。
「ありがとう。助かりました。今日のタクシー代は明日過ごす代ということで気にしなくていいですよ」
「おお、それはありがたい。正直気にはなってたんだ」
タクシーがマンションの前に着き、さらに礼を言いいつつ降りようとしたおれに、
「明日、昼からでいいですか?」
藤倉さんは端末を触りながら言った。
「うん、昼からでいいよ。じゃあまた」
タクシー中の藤倉さんに軽く手を振り、おれはマンション敷地内に入った。
12月31日。インターホンの音でドアを開けると、玄関に立つ藤倉さんは登山用か? と思うぐらいの本格的なリュックを背負い、テレビを足元に置いて立っていた。
「え、何それ。え?」
「いろいろあるんですよ、はい」
部屋に入りパンパンに詰まったリュックを降ろした藤倉さんは、ちょっと1人で持つのは大変じゃない? と思うぐらいのテレビをおれに渡す。
「なんでテレビ?」
「この家テレビないじゃないですか。やっぱり大晦日には必要なんじゃないかって」
「……まあいいんだけど」
「やりましょう。とりあえず配線を」
藤崎さんは自分用のスリッパを履き寝室の壁際に向かう。
「この辺でいいですか? というか前から思ってたんですけど、なんで壁見ながらソファー座ってるんですか?」
6畳程度の寝室スペースはソファーとベッドでほぼ埋め尽くされており、配置上ソファーの正面はテレビ台を挟んで壁となっていた。
「前は置いてたんだよ。ほぼゼロ距離でテレビを。でも働かなくなってからテレビは捨てたんだ」
「捨てた? なんで」
「無職が大きなモニターを使うのはどうかと思って。まあ、その戒めというか」
「へえ。まあ好き好きですからね」
コードと電源を繋いだ藤倉さんはソファーに座って電源を入れた。
「え、ちっか。この距離で観てたんですか」
「いや、観るときは割と後ろのベッドに座って」
こういう感じ。おれはソファーの背と密着しているベッドに移動して壁にもたれる。
「えー、それだと疲れると思うんですけど」
「だからほらソファーに置いてるクッションを背もたれに」
「ソファーを挟んでベッドに座ってたんですか。普通にソファーいらないですね。あ、ソファーベッドにすればいいんじゃ」
それを聞いたおれは、はっはは、と笑い肩をすくめる。
「ソファーはベッドにはなれないし、ベッドはソファーになれないんだ」
「その説明片方だけでいいですよ。ソファーはベッドになれない、だけで伝わるんで」
「ああ、まあ言われてみれば……」
そうだよな。よく考えれば、というかよく考えなくても最初ので完結しちゃってるよ。あー、まじかあ。他でも言った気がするなあ。おれがこれまでの言動を振り返っていると、
「提案なんですけど。観る局を固定しません? わたし幼少期の頃おじいちゃんが数秒で切り替えてるのを結構見せられて。ちょっとしたトラウマに」
真剣な顔で藤倉さんは言った。
「うん、いいよ。別にそれは」
「ちなみに希望はあります?」
「えー、そうだね。ない、かな」
「じゃあわたしが。あ、とりあえずトイレと浴室見てきていいですか。どの程度なのか確認しておきたくて」
「わかった」
潔癖症は大変だな。水回りのスペースに向かう藤倉さんを見送ったおれはテレビの電源を入れ、藤倉さんに言われた影響からがんがんにチャンネルを変えながら見ていると、数分後神妙な顔をして藤倉さんが戻って来た。
「あの、ちょっといいですか。浴室の中にボトルが1本しかないんですけど。あれなんなんですか」
「ボディソープだけど」
「それだけ? 顔は、頭は、掃除は?」
「全部それ1本で済ましてる」
「え……、年末年始ジョークではなく?」
「考えたことあるんだよ。シャンプーかボディソープ、1本しかなないならどちらを使うか。そこで行きついたのが、頭は体ではあるが、体は頭ではない。それでボディソープを使うことにした」
「なんですかそれ。さっきのソファーベッドの仕返し?」
「多少は。それとやってみたらわかるけど、風呂、洗面台、トイレの掃除は基本的にボディソープで問題ない。カビキラー的なのは別にいるけど」
「さっきのと違って好き好きの範囲は超えてますけど自覚はあるんですか? それともお金ないから? あんまり節約になってないと思いますけど」
「貧乏というのはだね」
きた、きたぞ。やっときた。おれは以前からいつか言ってやろうと思っていたことを言う機会ができて興奮していた。
「例えばコンビニで、カップ麺高いなー、ドラッグストアだと140円のところが220円だなあ。どうするかなあ、食べたいの220円のだけど、コンビニだからしょうがない、190円のにしようかなあ、どうしようかなあ、って迷う行為そのものを言うんだよ」
「すいません。よくわからなさそうなのでいいです」
藤倉さんはあっさり引き下がりテレビのモニターを番組表に切り替える。
え、終わり? ちょっと、え? これ結構前から練ってたやつなんだよ! もっと説明させてくれよ!
おれは悶々としながらも自分から言うことではないので、端末を手に取って話題が戻ってくるのを待った。
「決めました。国営放送にします。今後国営放送以外にするのを禁止しますから」
藤倉さんはチャンネルを変えてリモコンを置いた。
NHKでいいじゃん、そこは。おれは思ったが貧乏の話題が戻ってきてほしいので黙っていた。
「これで大丈夫です。さあ、国営放送を観ましょう。お菓子食べます?」
「ああ、ありがとう」
ちょっと待ってくださいね。藤倉さんは再び玄関に行き、これでいいですか? と黒豆せんべいを揺らした。
「いいね。どっちかっていうと好きなぐらいだ」
おれは黒豆せんべいを歓迎すべく手を叩いた。
「そろそろ買い物に行きますか」
藤倉さんはテレビを消してソファーに座ったまま背伸びをした。
「ああ、うん。夕食の?」
「そうですね。もう4時ですから」
「いいね。何にしようかな」
おれは図書館で借りていた小説をソファーの端に置いた。
「わたしは大体決まってるんで」
藤倉さんは玄関に置いていた鞄の中から、おれには名称がわからないゆるめのボトムスを今のスウェットの上から重ねて履いた。
「じゃあその辺は相談しながら」
脱ぐのはさすがに面倒だったのか。おれは藤倉さんの行動には触れず立ち上がった。
部屋を出てマンションの階段を降りるとき、線路沿いを歩きたいという藤倉さんの希望から遠回りにはなるが一本道路を挟んだ道を歩いていた。
「いいですねえ。天気がいい日の夕方って」
「それに関しては同意するよ。とりあえず近くのスーパーでいいかな」
「ここに住んでいたらあそこ以外に選択肢はないですよ。ない、はずですよね?」
藤倉さんは端末を取り出して操作した。
ないよ。確認しても、しなくても。おれは12月31日の夕方を満喫すべく、遠くの景色を何となく視界に入れながら歩いた。




