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泥状のギギルコン「と」  作者: がら がらんどう
とんかつととんかつ
155/168

第14話 5千円/出所してきた感


「すごいですね。もう面接決まったんですか」

 

 数時間後、おれの家に来た藤倉さんは、鞄から取り出した自分のスリッパを玄関で履きながら言った。


「まあ流れでね」

「じゃあ約束の」

 ソファーに座った藤倉さんは財布から現金を取り出しておれに差し出す。


「え、ほんとに? いいの?」


 おれはそれを期待して連絡したということをさとられないように、うそでしょ? 感を全面に出しつつ受け取る。


「だって話を聞いてると吉井さんの5千円って、わたしの20万ぐらいだと思うんで。楽しみにしてたら申し訳ないと思って」

「20万は行き過ぎじゃないかな。せいぜい5、6万ぐらいだと」

「またまた。あ、お湯貰います」

 鞄からカップ麺を取り出した藤倉さんは電気ケトルの水を入れ替えてスイッチを押した。


 今日はカップヌードルか。おれは一瞬カップ麺について流そうと思ったが、逆に不自然になると思い、前も食べてたよね? と確認を入れた。


「そうですね。人の家で物を食べるのって、良く言えばちょっと特殊なことじゃないですか。わたしとしては熱湯で消毒が必要じゃないかなって」


 こいつまじか、こいつまじか。おれはテーブルに置いた5千円を見ている風を装ったが、装いきれていないことを自覚しやめた。

 消毒されてるのカップ麺の中だけだろ。というか大体にして中は最初から消毒済みだし。


 おれは色々な可能性を踏まえた上で、そのままにすることは出来ないと思い、

「その消毒は意味ないかな」

 笑顔を浮かべて言った。


「うん、そうですよね。気分的なものですよ。占いとか字画とかそういった類の」

「それを理解しているのであればよかったよ。まあカップ麺はね、どんな理由であれみんな好きだよ」

「はい。わたしは基本的にマルちゃん派です」


 あれ? でも。おれは前回藤倉さんが食べていたカップ麺を思い浮かべた。


「この前、どん兵衛食べてなかった? それに今はカップヌードルだし」

「基本的にって言ったじゃないですか。カップヌードルとチキンラーメンはどう考えても例外に入りますし。あ、最近それにどん兵衛も入れました」

「なるほど、大体わかったよ。わかってないけど」

「別にそんな言うほどのことじゃ。単純な話ですよ、日清の定番が好きなマルちゃん派というだけで。でもどうですか。実際にとんかつ屋で働くことに希望はありますか?」

「希望ねえ。でも希望なんてどんな状況でもあったりなかったりだよ。ただ一つ言えるのは、ほらパンの端って売り物にならないだろ。だからその理論でいうと、おれ毎日とんかつの端が貰えるんじゃないかなって思っている。それがおれにとってのとんかつ屋で働く希望だ」

「でも、思うんですけど」

 藤倉さんは注意深く液体ソースを入れながら続ける。


「とんかつって端使いません? 普通に出す場合も、かつ丼とかでも」

「え……。ああ、そう、ええ」

 おれは目の前の希望が崩れ落ちる音が聞こえた。


「あのさ、おれ明日の朝一、朝一でもないけど希望を持ってとんかつ屋に行ってとんかつ屋の店員になるんだよ。今、希望無くなったんだけど」

「大丈夫ですよ。その辺の気持ちは、まかないでまかなってもらえばいいじゃないですか」

「おれはさあ。おれはね」


 おれは田川に電話を掛けた後、放心状態の時に考えていたイメージを思い出す。


「初日に働いた後、余ったとんかつの端を貰って公園のベンチに座って食べるのを楽しみにしてたんだよ。これまでの「パンの端をただで貰っていた自分」と「働いてとんかつの端を貰う自分」を重ねたかったんだよ。だからそれがなくなったのは相当きつい」

「帰りに総菜のとんかつ買えばいいじゃないですか。途中で中を食べて端を公園で食べたら同じですよ」


 それで済むならこの世界の困難が結構解決するよ。とんかつの端を食べることを想像したおれは少し空腹を感じつつ思った。


「でもどんどん先に進んでますね。面接だけなのに」

「いや、なんなら働いてくれみたいな雰囲気だったよ」

「え、そうなの。じゃあ返してくださいよ。5千円」

 藤倉さんは箸を置いて手を差し出した。


「ちょっと待って。うん、そんな話だったけどさ。こう最初の給料が入った時にって」

「違いますよ。就職が決まったら返すって話だったから。決まったんなら返すだけです」

「えー、そうなってくると予定が」

「あ、言い訳は片付けてから聞きますよ」


 カップ麺を食べ終えたと思われる藤倉さんはキッチンのシンクで容器を洗い始めた。


「ああ、いいよ。その辺に置いといてくれれば」

「プラごみの場所も把握してるんで大丈夫です」


 丁寧に手を洗った後にティーバックのお茶を用意し、線香に火をつけた藤倉さんは、はい、言い訳始めていいですよ。とおれに促した。


 そう言われてすっと言えるわけが。あれ、何だこの気持ちは。この高ぶっているおれの気持ち。そうだ、あのギターリフの感じが。おれはふと頭に流れたジャムのインザシティのリフを無視して口を開く。


「おれさ、5千円貰えるときいたときからやりたいことがあって。駅からちょっと行ったところに不二家があるよね。ずっと前からあそこのケーキが2個食べたかったんだよ。シンプルなショートケーキ。それとコンビニのチキンと大袋のポテトチップスも大量に買ってコーラで流し込みたいんだ。苦しくてもう食べられないのに無理やりコーラで流し込みたいんだ」

「なんか出所してきた感がありますね。うーん、じゃあ、いいですよ。5千円」

 藤倉さんは紙コップに入ったお茶を飲む。


「ええ、いいのか。ありがとう、本当にありがとう」


 おれが頭を下げると、うん、頑張ってくださいね。藤倉さんはそう言って笑い、線香の火が消えたのを確かめてから帰った。


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