第11話 と/て
「それで職種ぐらいは決めてるんですか?」
どん兵衛を食べ終えた藤倉さんは鞄から新しいペットボトルを取り出して蓋を開けた。
2本目? 別にいいけどすげえ飲むな。ごみを片付けたおれはお茶を飲むために電気ケトルに水を入れた。
「全然決めてない。そういった意味では自由だよ」
「何かないんですか。自己実現的な意味合いの」
「うーん、現時点で自己は実現できてるからなあ。その方向からはないかな。しいて言えば家から近くがいいってことぐらいで」
「そういうことならわたしも協力しますよ。ええと、何か好きな文字ありますか」
藤倉さんは端末を取り出す。
「好きな文字? えー、じゃあDかな」
「Dって。違いますよ。日本語の五十音で」
日本語の五十音? その表現合ってるのか? おれは藤倉さんの言葉を反芻したがよくわからなかったので気持ちを切り替えた。
「じゃあ『と』で」
「と? とですか。じゃあ、と、で始まる『と』んかつ屋でいいんじゃないですか。今から探せば明日には」
「いや、ちょっと待って。確かに自己がどうのこうのは言ってたけど、職種ぐらいは考えさせて欲しいっていうか」
「何でもいいって言ってたじゃないですか。あとは精神面の問題だけですね」
端末を操作し始めた藤倉さんに多少戸惑いながらも、おれは紙コップに入ったお茶を二つ用意した。
「というかおれの求職なんて別に」
「そこは気にしなくてもいいです。こちらも遊びでやってますから。単純に大塚さんと3人で飲むのが面白かったんだけなので。単純に次のネタですよ。飲みの時に大目標っていうか、大話題が。第2、第3のアメフトバーがあった方がいいじゃないですか。だから、どう、うーん、じゃあ、次の、次の段階ですね。面接まで行ったらわたし5千円出します」
え、5千円? おれは最後の5千円が気になり過ぎて、話の前半部分は一瞬で消えた。
「ちょっと。なに、その5千円って。え、なんで」
「深い意味はないですよ。ただ5千円をあげます。そして就職が決まったら返してください」
「それだったらあげるっていう言い方はちょっと誤解を生むっていうか。貸すってことでしょ」
「違いますよ。あげるってことです」
そして、あげる、貸す、貸す、あげる、とのやり取りを経て、一応は貸すという表現に落ち着いた後に、お茶を飲みながら互いに検索していると、
「さすがにとんかつ屋縛りはきついですね。他にないですか?」
藤倉さんは姿勢を崩した状態で端末を操作しながら言った。
「と、で始まる職場かあ。泊り勤務、しか出てこないなあ」
「それは業種じゃなくて就業形態ですからね。じゃあもう一文字ぐらい追加しますか」
「そうか。えー、じゃあ『て』で」
「えっと、『て』 て? て、て……」
藤倉さんはぶつぶつと呟く。
「ちなみにおれは天ぷら屋しか出てこない」
「それを言ったらわたしもそうですよ。でもこの場合の『て』で天ぷら屋は言ったら負けじゃないですか?」
「しょうがないって。頑張って天丼屋だもん」
「また揚げ物? どんだけ好きなんですか」
そう言って線香を一本取り出した藤倉さんは、台所に移動して火をつけ戻ってきた。
「こういうのは期限決めないと。これが終わるまでにしましょう」
「いいね、そうしよう」
その後、線香を一本追加して考えたが、とんかつ屋、天丼屋、天ぷら屋以外が出てこなかったので、明日からとりあえずその3つにしぼって探すことが決定。それを確認した藤倉さんが満足して家を出た瞬間、おれは大塚に電話した。
「おお、なんだ。珍しいな」
「今ちょっと時間あるか?」
通話口の雑音の入り具合から明らかに大塚が外にいることがわかっていたが、おれは構わず言った。
「今、あ、いいぞ。車停めた」
「藤倉さんのことなんだけどさ」
「おお、なんだ?」
「なんて言うか。お前も見えてるよな? 霊とかじゃないよな」
「見えてるも何も。今日も出勤してるぞ」
「いや、あの人が普通に勤めてるのが信じられないというか。あー、なんか電話じゃ伝えられないから今度時間作ってくれ」
「はっは。なんだよ、それ。ああ、わかった。今あれだからまた連絡する」
「うん。頼む」
そう言って通話を終えた後、恐る恐るカーテンを開けたが、道路上に藤倉さんは見当たらず、おれは安心したと同時に、ここは立っていて欲しかった、という多少のがっかり感を抱えてカーテンを閉めた。




