第10話 求職者/心からうまいと思える食事
病院でのボランティアの翌日、起きた瞬間にスタンプのことを引きずっていたので、辛い気持ちであることを理由に公園を休むことにした。おれは有事の際のため月に2回はこのような休みを認めているが、自分にある程度厳しいので今月は初めてで先月も休んではいない。
気分的に沈んではいたが、空気の入れ替えと太陽の光だけは浴びようという気持ちから、窓を開けてソファーに横になる。そして端末を操作して、ホースガールとソニックユースを交互に聴く。午前8時5分。
最高じゃないか。600円で買える素晴らしい商品。それもいい。でもこの人たちの作った音楽、最高じゃないか。
その後、改めて600円で何が買えたかと、最高のバンドについて考えているとあっという間に時間が過ぎ、昼食のうどんを挟んで午後2時から4時までは昼寝、夕方からは陰りゆく部屋の掃除を行って線香に火をつけた頃、おれは働くことを決めた。
よし、この線香の火が消えた後、もう一本景気づけに立てて、それが消えた瞬間からおれは求職者だ。そもそもね、仕事を辞めたのはしょうがない。そばアレルギーのおれが会社の近くに蕎麦屋が2軒あるっていう状況で逆によく数年勤めたよ。でもボランティアはやってよかった。やっぱり想像と実際やるのとでは全然違うね。どこが違うかは逆に想像通だったけど、まあそれも含めてボランティアの醍醐味だということで。よし、ボランティアの話はもういい。結局ね、公園と図書館なのよ。無意味に過ごしたくないから週1回の予定を入れたが、その予定自体が無意味っていうね。一人じゃんけん、一人しりとりを永遠にやってただけだし。これは意味なかった。しかし終わるタイミングがちょっとな。せめて何か、こう無意味なりの終わり方というか。そういうのが欲しいね。よし、とりあえずもうしばらくやってみて、それから。あれ、なんか。
暗闇の中、線香の火を眺めながら自問自答を繰り返していたおれは、ふと視線を感じ眉をひそめる。
なんだ? 求職中ともなると神経が研ぎ澄まされるのか。まあいいや、ついでだ。おれはカーテンを閉めるため窓際に立つと、街灯の下、道路からこちらを見ている藤倉さんと目が合った。
え、なに? なんで? いやいやいや、こっわ! こっわ! ちょっと、これは。
時間にして2、3秒、様々な考えをめぐらせた後、
「あの、とりあえず上がってきて」
窓を開けてそう言うと、藤倉さんは軽く手を上げて玄関に向かった。
「わたしの家ってこっちの駅から降りた方が早いんじゃないかと思って歩いてたんですよ」
玄関でタイツの上から靴下を履いた藤倉さんは、いい匂い、また線香? そう言いつつソファーに座った。
「目的はわかったけどさ。ふいに窓の外に立つ人と目が合うって怖すぎるよ」
「それを言うならわたしだって。暗闇の部屋に立つ人と目が合うってかなり怖いですよ。ちょっと声が出てたし」
「それでどうなの? 近さ的には」
「距離としては」
藤倉さんはペットボトルを取り出して一口飲んだ。
「こっちから行った方が遠いですね。でもこっちの駅前の方が色々あって帰り道としてのレベルは高いかなって」
「そういう理由なら確かに。今日で何回目なの?」
「今回で3回目です。そういえばボランティアどうですか。変わらず人の役に立ってますか」
「それなんだけどね。おれちょっと決めたことがあって」
おれは求職者となるに至った経緯の説明を始めた。
「ということは、結局600円欲しさに勤めることにした、と。あ、どん兵衛あるんですけど食べます?」
「え、いいの。ありがとう。まあ結局600円が引き金ではあるんだけど、そこに至るには色々な葛藤が」
藤倉さんは今日食べる自分用、いつか食べる自分用の2つのどん兵衛を買っていたようなので、好意に甘える形でいつか食べる用のどん兵衛を貰い、おれはダイニング側、藤倉さんはソファーに座り待つ。
「葛藤は興味ないんで。とりあえず働くに越したことはないと思いますよ」
「それに関してはおれも素直にそう思うよ」
おれは3分程度経過したぐらいから、もういいよなあ、と思っていたが一応貰ったどん兵衛なのでと気を使ってちらちらと端末の時計を見る。
「あ、そうだ。昼って何食べたんですか?」
「昼? うどんだよ」
「連続だけど大丈夫なんですか?」
「昼と夜の食事が同じぐらい何とも思わない。連続食には自信があるんだ」
「へえ、楽でいいですね」
藤倉さんがどん兵衛の蓋をはがしたのを見て、合わせておれもいそいそと剝がし始める。
いい匂いだなあ。そしてこのがちがちの天ぷらをあえて一口食べる。うん、がちがちだ。そしてもろもろになる前にもう一回は食べよう。ここで一旦汁を飲んで、それから麺に。あー、うまいなあ。うまい。おれはどん兵衛を心からうまいと思いながら食べ進めた。




