第6話 帰り道/帰宅
でも今日はびっくりしました。わたしこんなに一つの事で悪口を言ったの初めてです。へえ、どうだった。どうだったとは? あー、えー、楽しかったのかなって。それは言えないですよ、さっきの居酒屋で言ってた正義の話と一緒です。悪口を言うこと自体はいいけど、それが快感になったら目的と手段のやつになっちゃうじゃないですか。わかるけどね、思っていてもそれを口に出したら終わりっていう。そうですよ、言わなければいいんです。まあほぼ言ってるけど。あ、話変わりますけどチーフとは大学一緒なんですか。そうそう、あとどうでもいいんだけどさっきは大塚さんって言ってて、いなくなったらチーフなの? そうなんですよ。大塚さん外でチーフって言われるの嫌がるんですよ。そこを恥ずかしがってちゃだめだろ、中でも外でもチーフなんだし。あ、でもおれには「チーフも色々あって大変なんだよ、おれチーフだし」みたいなこと言ってたぞ。自分で言う分には平気なんでしょうか。わたしチーフじゃないからわからないですけど。でも、確かに大塚の言うこともわかるような。とりあえずさ、外ではあいつがいないときも大塚さんにしておこう。わかりました。それでなんか二人の間で貸し借りあるんですか? 会計全部大塚さんだったから。あー、そこか。それははっきり言える。おれ金ないから。へえ、お金ないんですか。なぜ? うーん、いろいろ理由はあるけど。ないもんはないっていう感じかな。そこぼかすのは自意識ですか、それとも羞恥心? いいことを言うね、藤倉さんは。所得を得る能力がないから、かな。でも、っていうわけじゃないんだけどボランティアを年間百日はやってる。そして公園と図書館にも定期的に通っているよ。公園と図書館は勝手に行けばいいと思うんですけど。すいません、お金ない人がボランティアっていうのは? そう思うのはわかる、でも有償ボランティアだから多少の……。ちょっと待ってください。お金ない人が有償ボランティアって。プロ野球選手を目指してる人が草ソフトボールチームに入ってる感じがするんですけど。それはちょっと違うかな、当事者としては。でもただのボランティアじゃなく上に「有償」ってことは時間とかも決まってるわけですよね。それはそうだよ、だって有償だから。挨拶もするわけですよね? 通りすがりの人とかに。それはするよ、ボランティアといえど。あ、ごめん。これはボランティア全体にかかわる問題だから訂正させて。ボランティアといえどではなく、ボランティア、職員かかわらず挨拶はしたほうが社会はうまく回る。だからおれは挨拶はきちんとする。そしてボランティアは有償、無償にかかわらず大体時間は決まっている。みんなちゃんとやってる。わたしが勝手に思ってただけかもしれないんですけど、確認いいですか? うん、いいよ。働くのが嫌な人って、時間通りに動きたくない、人と関わりたくない、外に出なくない、この辺が主だった理由だと思ってたんですけど、全部クリアしてますよね? ああ、してるね。ずるいですよ、働いてないと言いながら働いてるってそんなマジックミラーみたいな。いや、当事者としたらその例は。でも、それ以外。あ、ごめん。
「着いた。ここだから」
おれは築29年の自宅マンションの前で立ち止まった。
「ちょっと、え、待って。近いですね。ここで終わりですか?」
「じゃあもう少し話す?」
マンションの玄関を指し、おれは藤倉さんを見た。
藤倉さんは端末を取り出して操作しながら、そう、ですね。そうします。と自分に言い聞かせるように呟いた。
2階の部屋までは階段で行き、カギを開けて部屋に入ったおれはキッチンで手を洗い、電気ケトルで湯を沸かす。
「鞄って部屋に持って入っていいですか」
逆に持って入らない理由ある? おれはそう思ったが、大丈夫、と玄関に立つ藤倉さんに返した。
「ありがとうございます。あと、すいません。潔癖方面からの行動なんで」
靴を脱いで部屋に入った藤倉さんは膝丈のスカートの中に手を入れた。
え、何してるの? いや、何してるの? おれは電気ケトルに視線を移し、早く沸騰しないかなあ、と思いながら待っている人となった。
「気にしないで下さい、タイツを脱いだだけです。直足で歩きたいんで」
くるくると丸まったタイツを丁寧に畳んでから鞄に入れ、すたすたと歩いてダイニングに来た藤倉さんはおれの横で手を洗い始める。
「直接床に触れた方が嫌じゃないの?」
「それはきれい好きの反応ですね。潔癖は人によって癖があるんですよ。わたしの場合はですけど、タイツで床触れた場合拭けないのが嫌で。それならば一旦嫌々でも素足で触れて過ごし、帰るときに足をアルコール除菌してタイツを履いた方がきれいな体でいられるという思考なんで」
「あれ、でも前。なんか友達の家かなんかで床が辛いって」
「あの話はなりかけの段階ですね。今は完全に潔癖になったので少し考え方が変わっています。あとイメージも大事なんですよ、わりと床を掃除してるって聞いてたし、実際きれいだし。これだったら一時的に足を駄目にした方がって思いました」
これはかなり偏ってるなあ。これを潔癖というならばおれとは別の話だ。
「まあおれはよくわからないから藤倉さんのいいようにしてもらえれば。あ、お茶飲む? 紙コップにティーバックだけど」
おれがそう言うと、藤倉さんは小さく拍手をしながら頷く。
「完璧ですね。一番のもてなしですよ。あ、お茶の用意しながらでいいんですけどもう少しボランティアの話掘り下げていいですか」
「うん、まあいい、けど」
おれは電気ケトルに水を入れ、紙コップとティーバックを二つ用意した。
「そもそもなんで始めたんですか」
「姉がいるんだけど大学の時やってたみたいなんだ。今は知らないけど。でね「ボランティアはやりたいときにやればいい、やりたくなければやめればいい」っていう名言風のことを実家に帰って来た時に何回か言っててさ。ある日、ふと思い出したんだよ。あー、あんなこと言ってたなあ。実際どうなのかなあって。そうなると、要は一回思い出すと思い出しやすくなるから、その頃の思い出と合わさってさらによく思い出してさ。だからもういいやと、時間できたらおれもやってみよう、ってずっと思ってて、今に至るという」
「あの、すいません。全体的に薄くないですか? 理由も含め。あと吉井さんが欲しいのが共感だとしたらゼロです、まったくのゼロ。全然何言ってるかわからないです、特に思い出しやすくなるっていうところが。それローカルルールだと思うんですけど」
「そうだよね、なんかごめん」
訊かれたから言ったんだけどなあ。おれはティーバックが入った紙コップにお湯を注ぎ、ソファーに座る藤倉さんに渡した。




