第2話 チーフ/リーダー
病院を出たおれは寄り道せず築29年の賃貸マンションに直帰し、2倍濃縮の麺つゆを1.5倍に薄めた液体にうどん半玉と大量に冷凍されているパンの耳を混ぜ、なんとなく食べ応えを増したものを胃に入れて、流れるようにソファーに横になる。
3時間活動していないのにスタンプを押してもらった。つい、つい出来心で。あー、こんな気持ちになるならちゃんと言えばよかったよ。しかし出来心とは言ってみたものの元々スタンプカード用意してたからな。確信犯と言われてもしょうがないんだけど。この気持ちをなくすにはもう一回病院に戻って正直に話すしかない。
しかし、しかしだ。3時間活動していないから間違いですよ。ってわざわざスタンプを持って病院に戻るってね、真面目な人から少し進んで変人だよ。あの病院の人たちからすればおれの存在自体がどうでもいいのに、さらにどうでもいいスタンプのことでまた会計に並ぶ人になるという。それにちょっと調べればおれの住所もわかる。そうなってくるとだな。
「え、住所ここなのにスタンプが間違ったとかでもう一回来たの?」
「そうみたい。というかスタンプってなに?」
「あ、知ってる。何か活動毎に押すみたいだよ」
「ねえ、どう思う。この人ここからスタンプのためにわざわざ戻って来たんだよ。ねえ、この距離だよ、どう思う?」
「ごめん。控え目に言って変人だと思う」
こうなる、高い確率でこうなる。まあ次行ったとき訊いてみよう。おれは次回のやり取りをいくつか想定しつつ、ソファーに横になった状態で目を閉じた。
ふと目を覚まし、端末で時間を確認すると16時過ぎ。同時に大学からの友人である大塚からの通知に気付いた。
内容としては、今日の夜に会社の人と飲むから数合わせで来てくれ。他の人には断られてかなり困っている、正直に言うとお前が最後だ。といったもので、若干切羽詰まった様子が見て取れた。
無職になってから結構奢ってもらってるしなあ。うーん、まあ、うん。行くか。
わかった、行く。と返信した後、詳細を確認するため何度かやり取りを行った。
19時からだが15分前に店に入ってくれと言われていたので、基本的に時間を守るおれは18時44分に目的地に到着した。
5階建ての建物の1階にあった店は、ええ店やろ? ここまでやったらお前らにもわかるよな? ええ店ってことが。といった主張を全面に出した雰囲気作りをしており、完全に場に飲まれつつあったおれは、頑張った時に使う新作漫画購入権を使用。それによって何とか立っていられる状態になり、大きく息をしてから分厚い木製のドアを開けて店舗に入った。
暗がりの中から出てきた店員に大塚の名前を告げると、店員は「こちらにどうぞ」と告げ、店員と共に上がったり下がったりしながら半個室と呼ばれる空間に案内された。
「お前なにやってんだよ。なんだよ、この店は。前は掘りごたつさえあればどこでもいいって言ってたのに」
「こういうのが好きな人、嫌いな人はいるけどさ。嫌いな人のマイナスより好きな人のプラスのほうがでかいから。最近チーフになったしその辺も考えないといけないんだよ」
大塚は端末を操作しながら答える。
「チーフ? なんだそれ、飲食店みたいだな。第二営業部課長とかじゃないのか?」
「まあ慣れ、だ。あ、おいおい」
「何かあった?」
「あー、もう1人が来れなくなった。男はおれと吉井だけだ。4人来るのに」
「え? だって来るのってお前の会社の女の人4人なんだろ? おれなんて実質1人以下だし。となると単純にチーフと部下の飲み会になるんじゃ。しかもチーフが女の人を4人引き連れて。なんだそれ、気持ち悪いな」
「おれだってやりたくてやってるわけじゃ。うちのリーダーが新しい職員も入ったからやっとけってすげえ言ってくんだよ」
「飲み会強制かあ。一周遅れてむしろ半歩進んでるというか。というかリーダーはチーフより上なの?」
「そうだよ、うちでは」
その後、大塚が勤める派遣会社の役職名について少し話していると、
「そういえば今も変わらないのか? 会社辞めてからやってる、なんかボランティアがどうとかっていうの」
手を拭いたおしぼりを丁寧に畳みながら大塚は言った。
「ああ、やってるよ。ボランティアを年間100日ぐらい」
「いいね。そのまんま言えよ、何してるんですか? みたいな話の時」
「チーフの立場もあるだろうからな。その辺は流れに身を任せつつ考えるよ」
「わかった。とりあえずリーダーが全部悪いっていう流れにするわ。そこだけは合わせてくれ」
「別にいいよ」
具体的にどうするのかわからなかったおれは適当に答えた。




