第1話 ボランティア/ボランティアコーディネーター
多分ちょうどいいくらいだよな。病院前の交差点で信号待ちをしていたおれは、ポケットから端末を取り出す。
やっぱりちょうどいいぐらいだな。モニターで午前10時52分の表示を確認後、自転車を押して交差点を渡り正面玄関から病院敷地内に入った。
病院内は受診や会計待ちと思われる人達で溢れており、なんとなく申し訳ない気持ちになりつつ、行きかう人の流れに乗って受付に並ぶ。
そして自分の順番が来ると、ここで登録しているボランティアだよ、今日は11時からのボランティアコーディネーターとの面談のために来たよ。という旨を事務員に伝えた。
事務員は手元のPCを操作して軽く頷いた後、
「ここをまっすぐ行って突き当りを右に曲がると地域連携室という部屋があるので、そこに一番近い相談室という場所で待っていて下さい。場所はあちらでも確認できますので」
受付横にあった案内図を指しながら言った。
「はい、わかりました」
以前もほぼ同じやり取りをしたことがあったが、忙しい中ありがとう、という気持ちを込めて軽く頭を下げ、おれは相談室に向かった。
「すみません。吉井さん、お待たせしました」
ノックの後、ドアを開けたボランティアコーディネーターは椅子を引きおれの斜め向かいに座る。
会うのは今日でおそらく3回、いや4回目か。おれは聞こえるか聞こえないかでいうとぎりぎり聞こえない程度の音量で、よろしくお願いします、と言った。
「忙しい所ありがとうございます。今日は定期での面談という、こと、で」
ボランティアコーディネーターは軽く頭を下げた後、手元に置いたタブレット端末のカバーを開きモニターに目を移す。
「あ、先日はみどり園にも行っていただいたんですね」
「そうですね。公園の整備を」
保育園、もっと言えば認定こども園の運動会が行われる公園の整備(主に小石やゴミを拾う作業)は2回目で、去年の病的ともいえる丁寧な作業が評価され、おれはこの法人でのボランティアの地位を確立した。
「担当の職員も本当に助かったと思います。手間と言えば手間だった案件ですが、ありがとうございました」
手間と言えば手間? 少し表現が気になったが、うんうん、そうそう、と頷いておいた。
「何か活動で不都合なことはありますか」
当たり障りのないボランティア話をいくつか行った後、資料ではなくおれの目を見てボランティアコーディネーターは言った。
「不都合ですか。うーん、ないですね」
「そうですか。ではまたメールでリストをお送りしますので」
今後共宜しくお願い致します。そう付け加えてボランティアコーディネーターは再度丁寧に頭を下げた。
え、おい。ちょっと待って。これで終わり? 席を立とうとするボランティアコーディネーターの手を掴みそうになりつつ、心の手でそれを制した。
わざわざ時間作っての面談だぞ。あ、おれじゃないよ。そっちがわざわざ側だ。そして活動して1年という区切り。これはもう「うちの職員になってくれ」か「ボランティアをする側からボランティアを指導するボランティアに」っていう流れじゃないの。やらないよ、やらないけど。そうでないならおれの現状を気にしろよ。年間100日ボランティアやってんだぞ。異常だろ、どう考えても。定職どころかバイトのシフトも入れずらいぞ。いや、まあバイトは夜やっているとすれば別にそこまで違和感はないけど。
おれの期待を他所にそのままボランティアコーディネーターは退室し、一人相談室に残されたおれは、出来る限り自然体を装って部屋を出て再び受付の前に並んだ。
「すいません、ボランティアの交通費の精算をお願いします」
並び始めてから数分後、再び窓口の前に立ったおれがボランティアの登録者カードを差し出すと、こいつ何言ってんの? というセリフを音抜きで先程とは別の事務員から向けられた。
うーん、これはどうしようかな。もう一つスタンプカードもあるんだけど。一応財布の中にあるスタンプカードを確認する。
スタンプカードは市が運営しているボランティア事業の一環で、登録している事業所等で連続して3時間以上の活動すると1日1個スタンプが貰え、そしてそれを毎年2月に市役所に持って行くと一スタンプにつき300円が支給される仕組みだ。
およそ1年前、そばアレルギーが原因で窓周りの商材を扱う会社を退職して以降、基本的に金が不足していたので、スタンプ制度を知ったおれは激しく興奮した。
しかし年間の支払い上限が100個迄と規定されていることをボランティアコーディネーターから教えられた時、激しく興奮していた分、そのまま激しく落胆した。
ただ年間100日間ボランティア希望している側からすると、上限が100個のスタンプカードはある種運命すら感じ、改めて全ての活動を3時間以上の希望をコーディネーターに伝え、それは現在も続いている。
どこから説明すればいいのか。おれが口を開こうとすると、横にいた明らかに頼りになる存在感を纏った事務員が、静かにおれの登録者カードを手に取りにっこりと微笑んだ。
「ご精算ですね、いつもありがとうございます。スタンプカードはございますか?」
流れるような定型文を適度な音量で発しながら現金を用意する様。それに見とれていたおれは我に返り、よろしくお願いします。と付け加えスタンプカードを差し出した。




