第139話 友人(扉を叩く音)
扉を叩く音に気付き、ススリゴは果実酒が入ったグラスを机に置いた。
ススリゴの自室は実験場所として使われている建物の3階の1室で、その階にはススリゴ以外に居住者はいない。
やっと来たか。ススリゴが言うべき言葉を選んでいると、返事を待たず扉を開けたミナトロンはススリゴが座る机の前に立ち、手に持っていた瓶を数本置いた。
「すまいないね、こんな時間に。起きていたかい?」
「見ればわかるだろ。あとお前が座る椅子はないぞ」
「ああ、別にいい。しかしここに住めといったわたしが言うのもなんだが本当に何もないね」
小さな窓とベッド、そして机と椅子があるだけの部屋を見渡し、ミナトロンは空いていたベッドに腰を掛ける。
「十分だよ」
「そう言ってもらえるとありがたいね。よし、じゃあ少し話そう。こういう時にいい酒は意味がない。いつものにしたよ。あ、机と椅子をもう少しこっちに近づけてくれないか」
ミナトロンは果実酒の瓶を持ってススリゴに促し、ススリゴは無言で机をベッドに寄せ持っていたグラスを差し出す。
「ヒマリヌにわたしのやったことを伝えたのは、この前来てた髪の短い女か?」
「そうだ」
「いい人選だ。しかしよくヒマリヌと繋がりがあったね」
「お前が褒めてたことがあっただろ。イイマの食堂で」
「なるほどそれは気が付かなかった。ああ、そのことでさっき呼び出されたんだよ。今はその帰りだね。こんな深夜に師団以外の議会員も含めた緊急招集。やればできるじゃないか、見直したよ」
「そうか」
ススリゴは窓の外を見ながらグラスを傾けた。
「おい、きみがやったことだろ? せめて結果ぐらい言わせてくれよ」
「まだ過程だ。結果はどこからか耳に入る」
はっは。ミナトロンは笑いながら机にあったリョルを煎ったものに手を伸ばす。
「そうだな。では過程を報告しよう。わたしは明日発つ。あれだよ、第4と第5の師団員行方不明の探索だ。まだ行ってなかったんだよ? いつからやってるんだというね。そしてわたしがやったこと。師団員達の大量虐殺が事実ならわたしをオーステインで、という流れだ。当然事実であるが故にわたしは死ぬ。志半ばという点では残念ではあるがね。わたしの理屈が通る国は作れなさそうだ」
「そうか。現場まで行くんだな」
「そりゃそうさ。死体の現物も確認しないといけないしね。議会も隙は見せないよ。個人ではこの国でも指折りの人間、第4師団のスツリツトというんだがね、そいつを同行させるとさ。正直」
ミナトロンは指についた香辛料を払い、グラスを持った。
「ここに来るときにあの髪の短い女、リュか。あの女の首でも持ってこようとは思ったんだ。丁度いい台が倉庫にあるんだよ。それに置いて色々話をしようかと。だが、目的ではなく感情で動くっていうのはちょっとね。だから止めた」
「好きにすればいい。お前にはそれができる」
「ああ、今はね。しかし本当にあの女と2人でやっていくつもりだったんだな。そこは意外だったよ」
「お前が勧めただろ」
「わかってると思うが、あんなものは会話の間を埋めるために言ったまでだよ。いくらきみとわたしでさえ意味のないやり取りはある」
「意味のないやり取りか」
ススリゴはリョルを煎ったものの横にあったリョルを蒸したものを口に運ぶ。
* * *
果実酒を2本空けた後、蒸留酒に切り替えた2人は思い出話をしながらグラスを傾ける。
「なあ、ススリゴ。そろそろ行くが言い残したことはないかい?」
「ない」
ススリゴはグラスに半分程度残った蒸留酒を一気に飲み干した。
「ああ、そうだ。わたしがいなくなった後は議会から選ばれた新しい人間が着任する。コミュニティは結局出先機関だからね。きみのことは上手く推しておくよ。わたしではなく別の人間からさ。まあ今以上に責任のある立場になるだろうが問題ない。きみならやっていけるはずだ」
「わかった。使えるものは使わせてもらう」
「そうするといい。よし、じゃあ」
ミナトロンはゆっくり椅子を引いた。
「もうきみと会うことはないだろう。だが、もし。もし、仮に」
ミナトロンはリョルを蒸したものの横にあるリョルを煎ったものに伸ばしかけた手を止め、ススリゴに差し出す。
「わたしが戻ってくることができたら、また友人として付き合ってくれるかい?」
「議会の連中に自分から真実を言ったんだろ?」
「ああ。どっちみちばれるからね」
「さすがに国は見逃さない、お前は死ぬよ。それに万が一、万が一だ。戻ってきたとしても大量殺害の罪を犯したお前に居場所はあるのか」
ススリゴはミナトロンの手を握り返す。
「はっは、そう言われればそうだな」
「なあ、お前は」
ミナトロンの手を離したススリゴは座ったままミナトロンを見上げた。
「聞かないのか? なぜおれが密告のようなことをしたのか」
「必要ないね。既に起こったことだ。それに戻った時に関係がこじれるだろ?」
じゃあまた。ミナトロンはそう言ってススリゴのの手を放し肩を軽く叩いてから、部屋を出た。
ミナトロンがいなくなった後、ススリゴは椅子に座ったまま時折蒸留酒を口に運ぶ。
そして2本目の蒸留酒が空く頃に朝が訪れ、椅子にもたれて目を閉じていたたススリゴは扉を叩く音で目が覚めた。




