第135話 27万と16万
吉井は床に座り込んでタブレットに表示されたみきのメモに2度目を通した。
これをおれに読ませたかったのか? 最後ちょっときつめだから、むしろ見せたくない部類に入りそうなんだけど。
最後にもう一度読んでから吉井はタブレットを床に置き冷蔵庫から瓶ビールを1本取り出す。
でも、まあなんか。そうだな、うん。あーあ。吉井は手に持っていた瓶ビールを壁に投げつけた。
瓶ビールは、どこん、という音と共に壁にめり込み、吉井は冷蔵庫から新しいビールを取り出して蓋を開る。
気分的には、バキンそしてブシャアってなって欲しかったんだけど。というかおれ物に八つ当たりしたの初めてだよ。正直最悪の気分だ、あいつらを殺したときよりこっちのほうが不快なぐらいだ。こんなのしょっちゅうやる人の気がしれん。しかし頭の隅に思い浮かぶのは現時点ではさして意味のない記憶と性的なものを求める気持ち。
吉井は半分程飲んだビール瓶の原材料を確認する。
よし、ここでわざとらしく間を開けつつ、どこかホテルに入って金銭で性的なサービスをしてくれる人を複数人呼ぼう。
吉井は端末を操作しながらマンションの部屋を出た。
20時過ぎではあったが横浜市内で1泊27万円の部屋が取れ、吉井は端末の指示に従ってホテルまで移動。チェックインして部屋に入った後、性的な欲求が高級志向に向かう自身の流れを汲み、180分78,000円(1名)をホテルに派遣してもらうよう調整したが、今日はもういいじゃないか。もう、いいじゃないか。という考えから180分78,000円(1名)に行きつくまでの過程にいた180分72,000円(1名)を追加した。
ホテルの部屋からは横浜の夜景が一望でき、吉井はルームサービスで頼んだシャンパンのボトルを開けながら、多分おれはシャンパンを泡を言わずに死んでいくんだろうな、と思いつつ細長いグラスに注ぐ。
しかしあれだな。なんだよ、この部屋。すげえという感想はある。広すぎるし、ベッドもでかすぎる。大体これ何平米あるんだよ。まあ仮に120平米と言われたところで、へーって思うだけだけど。何畳のほうが馴染みがあるから、おれ。あとね、ほんと言いたくない、言いたくないんだよ。これ系のことは。でも考えてしまっている。だから言うけど、本心だから。しょうがないよ。やっぱりねえ、1人で金使ってもおもしろくないよ。これはねえ、ほんとそうなんだな。みんな持ったらわかるって、まじで。ずっとそうなのよ。やることなすこと、だからなんやねん。が付きまとう。
興味はあるよ、それはある。2人にしたから、ええと、180分で16万か。16万だぞ。どんな性的なサービスなんだっていう。でもな、こういうのって大体全部そうなんだけど、その後を含めての、がさ。その後が大事みたいな。おれは正直どっちでもいい、思ったより16万じゃなかってでもいいし、さすが16万でもいい。でもなあ、その辺の気持ちを誰かと共有するとか、逆に誰にも知られたくないとか、おれは好きでやってるから別にどう思われてもいい、とか。そこがないと意味がないっていうか。結局1人はフラット過ぎる。
まあ例えば、みきにね、おれ昨日1泊27万のホテルで180分16万払ってどうこうしたんだぜって言うとかね、いや言わんけど、それは言わんけど。じゃあ、まあそうだな。おれが27万、16万を一生懸命誤魔化そうとした結果、「ねえ、吉井さん。隠したいっていう気持ちぐらいは隠して下さい」って言われるとか。そういうのがないとさ。
しかし、だ。しかしだよ。その瞬間だけ楽しければいいじゃないっていうのもある。180分16万の空間は文字だけでも刺激的だし。だって考えてみれば結局その連続が現在のおれ自身だ。どっちみち落ち込むのなら、というか既に今落ち込んでいるから同じことだよ。さっきのおれの言うこと、感情の貯金論もわかるんだけど。ほら終わった後、2発ビンタされるのも4発ビンタされるのも同じこと。うーん、ビンタはちょっと違うな。1人でいるということを意識したくないのは無理だからより意識したくない。ということなんだけど。
細長いグラスに入れるのが面倒になった吉井はボドルから直接飲む方向に切り替え、明らかに量販店とは違う種類のくねくねしたソファーに座る。
でも、なんだろ。みきが死んでからずっと見られてる感じがあるんだよ。なんかいちいち恥ずかしいっていうか。ゆえにこんなことをずっと考えるはめに。あいつが生きてるときはその場での視線を気にしてればよかったけど。今はなあ、死んでるから全部なんだよな。それはずるいっていうか。それされたら、おれはどうやって生活すればいいんだ。さっき病院でやったことも、その前に2人を潰したことも感覚的に全部見られてて、あいつ完全にひいてるんだよ。そりゃあれはひく、おれでもひく。でもしょうがないんだ、この後も病院に行って、なんだっけ、岡村隆史の隆かなんかが本当に死んでるか確かめに行かないと。そんなことやりたくないんだよ、見てる方もひきまくってるし。だけど、だからと言って。
吉井は寝室に移動しベッドに横たわる。そして色々面倒になってきたのを自覚し、合わせて16万の2人が突発的な理由で来れなくなればいいのにと思い始めた。




