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泥状のギギルコン「と」  作者: がら がらんどう
吉井とみきとみきと吉井
134/168

第134話 さらに続く今更感が強いススリゴの話


 その日の学校の科目は終日屋外での身体能力測定で、ススリゴにとっては最も苦痛な時間であった。しかし態度に出して得がないのは理解していたので、ススリゴはぼんやりと目の前で行われる光景を眺めながら、昨日ミナトロン達と話した内容を反芻し、自分の名前が呼ばれば指定位置に移動し用意された課題をこなした。


 そしてススリゴが3つ目の課題である荷車を押していると、血相を変えて走ってくる副学長が視界に入った。

 

 ススリゴの左隣では所属している2番目の集団でも上位の能力を持つ男が、ススリゴの10倍以上はある重量の荷車を押しており、ちょうど同じ位の速度で進む2人を取り囲んだ生徒たちが、行け! 押せ! と騒いでいたが、副学長が止めろ、止めろ! と喚きながら両手を振り人だかりをかき分けススリゴに近づくと、緊迫した雰囲気に生徒は左右に割れる。

 そしてその間を通りススリゴの傍にたどり着いた副学長は、今すぐ家に帰れ。理由は後だ。すぐに帰れ! そう言って近くにいた集団の担当を伴ってその場を離れた。


 状況が飲み込めず立ちすくんでいたススリゴは、何をしているんんだ、早く行け! という副学長からの怒声で我に返り、運動用衣類のまま敷地外に出た。


 ススリゴは状況が飲み込めないまま学校を後にしたので、当然状況が飲み込めないまま家周辺まで帰ってくると、家の前の生活道路に数十人のだかりが出来ており、また通行人を整理している兵士も数人目に入る。


 何があったんだ? 普段と違う様子に焦りを覚えたススリゴは、やや強引に人の間をすり抜けて自分の家の前に着いた。


「何の用だ?」

 玄関の前に立っていた長身の兵士がススリゴを見下ろして言った。


 ススリゴは上手く言葉が出ず、あ、その、ここの家の。と戸惑いながら身振り手振りで示していると、家の中から父親が出てきて、すまない、息子だ。と兵士に告げた。


「あ、そうでしたか。それは」

 兵士が一歩下がると父親はススリゴの正面に立つ。

 

「本当に辛い、お前にとって非常に辛い光景が家の中にある。それでもお前は知りたいか?」

「……なぜ、そんなことを、今ここで?」

「それは……。お前が、大事な」

 ススリゴの父親は声を詰まらせる。 


 そういうことか。ススリゴは思った。何があったかはわからないが、この人は逃げたんだ。単純に責任を負うのが嫌で逃げた。


「……わかった。自分の意志で何があったか確かめる」

 ススリゴは何か言おうとした父親を無視し、玄関の戸を開けた。


 家の中に入ると右側の居間から人の気配があり、早足で進んだススリゴは勢いよく扉を開け中に入る。


 まずススリゴの目に入ったのは、ソファー、テーブル、暖炉、窓等、部屋のほとんどの場所に飛び散った赤い色。ススリゴはすぐにそれが血だと理解し、次の瞬間に床にうつ伏せになった長男と、その周辺に大量に流れ出ていた血に気付く。


 そしてすすり泣くような声の方向に目を移すと、ダイニングテーブルに突っ伏す形で倒れている二男と、その正面に座り嗚咽を漏らす母親がいた。

 倒れている二男の首周辺からは大量の血が流れ出ており、ススリゴは長男、二男の2人が死んでいることを理解した。

 

 これは、だれが。どういう。いや、違う。この状況は。

 

 ススリゴは自身が激しく動揺しているのを自覚しつつ、父親を捜すため振り返ると、いつの間にか居間にいた父親は両手で顔を覆いながら、玄関に居た長身の兵士と何か話していた。


 今、その兵士と話をするときか? ススリゴは苛立ちを覚えながら、母親の傍に行き、あの、母さん、と声を掛けた瞬間、母親は大声を出しながらススリゴの手を払った。

 その後も何かを大声で叫び続ける母親にどう接していいかわからなかったススリゴは、強い吐き気を覚えたこともあり、居間から飛び出して2階の自室に向かった。


 自室に入るとススリゴはその場で座り込み、一度吐いた方が楽になると、近くにあった桶的用途に使っていた木の容器に顔を突っ込むが、何度試しても吐くことはできず、諦めてベッドで突っ伏しながら先程の光景を思い出していると、ふいに戸を叩く音で現実に意識が降り戻された。


「この家はこれから本格的に調査が入る。お前はわたしとジャエルの3人で兄の家に向かうぞ」

 ススリゴの父親はドアを少しだけ開けて言った。


「……母さんは大丈夫なの?」


 どうあろうが。ススリゴの父親は部屋の外で続ける。


「どのみち選択肢は無い」


 荷物は後でいい、そのままこい。そう付け加えた後、父親が階下に降りる音が響いた。

 ススリゴは伯父の家に行く理由について考えたが、選択肢が無いという父親の言葉を思い出し、ゆっくりベッドから起き上がった。


 伯父の家に着くと、慌てて家から出てきた伯父とススリゴの父親が小声でやり取りを始める。


 大変なことだ、早いな、いつまで、わからない、誰が、どこまで、今はいいが、これから、わからない、知らない、なぜ、わからない、師団は、出来る限りのことはした、裏か、そうだ、しかしそれも、ここまでは行けた、だからといって、お前に迷惑は、そういう意味じゃ、それ以外はあるのか、これからは、わからない、そうか、すまない、いやいい、本当にすまない、いい、もう言うな。


 そのまま伯父と父親は伯父の部屋に入り、伯父の妻が案内する形でススリゴと母親は2階の客室に通された。


 何度か泊まりに来たことがあったススリゴがいつもの部屋に入ろうとすると、伯父の妻が、あなたはこの部屋に、わたしはあなたの母親と話がある。そう神妙な顔つきで言い、ススリゴは軽く会釈をして部屋に入った。

 

 ススリゴは部屋に2つあるベッドの窓際の方に座り、ぼんやりと外を眺めていたが、3度目となった隣室から響く母親の金切り声をきっかけに、ススリゴはベッドに横になり意識を内側に向け目を閉じる。



 伯父の家の2階は客室が2部屋。1階は伯父の仕事である住宅斡旋業の事務所となっており、ススリゴは以前から伯父の仕事関連の資料を読むことが好きで、何かの用事でこの家に来る機会を楽しみにしていた。

 また一般住宅街に位置しているススリゴの伯父の家は、ギルドから程近い場所ということもあって常に人通りが多く、近辺には伯父が贔屓にしている食堂もあり、ススリゴは最初に頼んだ分厚い肉の定食が気に入り毎回同じものを注文している。


 そしてある年齢に差し掛かる頃には、ススリゴは卒業後ここで働ければと考えるようになっていた。それが自分の家にないものを羨む気持ちであると理解しつつも。


 

 そして夜。いつの間にか眠ってしまっていたススリゴは、父親による激しいノックで目を覚まし重い足取りで1階に降りると、1階の事務所にある大机には質素な食事が並べられ、伯父、伯父の妻、両親の4人は既に席に着いていた。

 皆一様に表情は暗く、ススリゴの母親は焦点の合わない目で玄関のランプがある方向を見つめている。

 

 なんだ、これは。一体この大人達は何をしたいんだ?


 階段を降りた所で立ち止っていたススリゴが口を開こうとした瞬間、玄関のドアが開き、それに気付いたススリゴが振り返るとほぼ同時に、その場にいたススリゴ達5人はそれぞれ兵士に拘束されていた。

 

 これは、無理、だ。全く反応でき、な。頭を床に押し付けられたススリゴは早々に抵抗を諦め、なんとか視線だけを近くにいた母親に向けると、目が合った母親は耐え切れないといった形で笑い出し、徐々に大きくなっていく声が部屋中に響き渡った。



 拘束されてから4日目の早朝、ススリゴは収容所の部屋の戸が乱暴に蹴られる音で目が覚めた。


「出ろ」

 乱暴にそう言い看守が扉を開ける。


 ススリゴは言われるがまま、人が寝るための木の台と排泄物を入れる壺があるだけの部屋から出た。


「そのまま歩け。余計なことをしたら終わるだけだ」

 ススリゴの後ろを歩く看守が冷たく言い放つ。 


 それを事前に言うだけ優しいな。ススリゴはそう思いながらほぼ同じ構造の部屋が連なる建物内を歩く。

 

「ここだ。お前が開けろ」


 行き止まりに着いたススリゴが扉を開け外に出ると、そこは中庭となっており、久しぶりの外の光に目を細めつつ、ススリゴは自身が回廊型の建物にいたことを知った。


「そこで待っていろ」

 看守が指さした先には2人掛けの木の椅子が置いてあり、ここで何を? と問おうとしたが、いつの間にか看守はその場から消えていた。


 どうしたものか。ススリゴが所在無さげに立っていると、反対側の建物から出てくる見知った顔に気付く。


「やあ、久しぶりだね。どんな感じだい?」

「どんな、とは」

「そりゃあ色々さ。さあ、せっかく来たんだ。ゆっくり話そう」

 ススリゴはミナトロンに促されて木の椅子に座る。


 その後ミナトロンに促される形で、ススリゴは拘束された日から今の建物に閉じ込められていたこと、毎日のように尋問が繰り返されたこと、両親とは一度も会っておらず聞いても状況を伝えてもらえなかったこと、をぽつりぽつりと話した。 


「なるほど、それは大変だったね。正直に、素直にそう思うよ。ノリュアムも心配していたがここへは来れなかった。まあ家の力だよ、これはしょうがない」

「なぜきみがここに?」

「友人が面倒ごとに巻き込まれたんだ。気にならないほうがおかしいよ。そして君は本当に何も知らないのか」

「ああ、何も」

 ススリゴは目の前にある自分が拘束されていた建物を見た後、視線を足元に落とす。


「そうか、知りたいかどうかはわからんが言うよ。まず君は退学になった。残念だがあの場所でわれわれが会うことはもうない。それと君の両親は処分されたよ。あと伯父夫妻だっけ。あの2人は今尋問を受けている。ちなみに今君がいる場所の近くみたいだ。正直、今後のことはわからないね。そして一連の騒動、理由としては君の兄だ。どっちかは忘れたよ。ただ、どっちかが、もう片方の女を気に入り、もう片方がそれに怒った、ただそれだけの話だ。それを止めようとした君の母親が能力を使って、ええと、先に手を出したどっちかか、もう片方を殺してしまったみたいだな。きみの家は母親も入れたんだね。まあ日頃使わないから加減できなかったのかな。それを見た残った方が自死を選んだ、と。そういう流れみたいだ」


 どっちか、だと? ススリゴは拳を握りしめる。


「君も知っての通り人殺しは重罪だ。しかも今回はある程度入れる者同士だからね。当人だけでは済まない。本来なら君も処分される予定だったんだよ。まあ内情を言うのもどうかと思うが親に頼み込んだ」

「なぜだ?」

「なぜ? 友人だからだよ。あと2日後に第1師団は君を開放する。しばらくは監視が付くという条件付きだがね。そしてこれからの生活のため君の新しい親を用意した。勘違いしないで欲しいんだが、きみがそこに養子に入るわけではない。あくまで君が主体、君が親を貰うんだ」

「……親?」

「勘違いしないでくれ、監視は別にいる。ただ単純な意味での親だ。君の場合、なんていうかな。ある程度状況に流される、違うな、順応できる能力があるからね。親がいた方が今後感情の行き先も安定しやすい」


 その後、当たり障りのない学校の話題をミナトロンが一方的に喋り、時間が来たから戻ってくれ。と言い残してミナトロンはその場から立ち去った。


 1人残されたススリゴは、看守らしき男に怒鳴られるまでベンチに座り、自分の手のひらを見ていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ほうほう。 そいつぁ大変だったねえ。 (どうでもいいけどな) って読んでたら いつのまにかw ススリゴは、当初、 ずっと前から安定した暮らしを してたように見えてましたが。 もう少し…
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