第129話 よぎる(前)
ヒマリヌと別れたリュは、焼いた肉が刺さっていた串を持って石畳の道をあてもなく歩く。
家に帰る。違う、駄目だ。家なんて無いんだよ、もう家、忘れる、何日? 帰ってないんだっけ。だから家なんて。
リュは一度立ち止った後、そのまま道端に座り込んだ。
なんのためにやってたんだ?わたしは。そうだ、サエランだ。あの子には恩がある。あの子がいたからわたしは。でも、もういない。なんでこんなことに。
時間が凝縮され無音映像でよぎる。リュはそれをかき消そうと別の角度からの視点で無音映像を流す。しかし結局一連のこととしてよぎる。またよぎり、消し、よぎる。消してよぎる。そしてそれを繰り返しながら場面はおよそ1週間前に。
サエランがいなくなってから、リュは毎日イイマ食堂を訪れていた。
何度か店に入ろうとしたこともあったが、何となく引っ掛かるという警戒心から、店のはす向かいにある路地に入り、手ごろな石に座って店に出入りする人間がいないかをぼんやりと見ている時間を過ごすリュ。
そして行方がわからなくなってから3日目の夕方、手ごろな石から昼間に見つけたちょうどいい丸太に移り、いつものようにイイマ食堂を眺めていると、慌ただしく店から出てきた女を見つけた。
お、お、人だ。やっと。しかし声を掛けていいものか。あの人は大丈夫な、ああ、いい! もう限界だ。
当初あった警戒心が焦りから緩んだリュは、立ち上がると同時に手を振りながら女に声を掛けると、それに気付いた女はリュに駆け寄り、「ね、ねえ。あなただれ? わたしは、ここの、食堂の店主の妻、で」と息を切らせながら名乗った。
「わたしは常連客の友達。その友達がいなくなったのでここで探してて」
リュが遠慮がちに言うと、「わたしもずっと探してるの、娘だってずっと待ってて。ねえ、あなた何か知ってる?」とリュに詰め寄る。
こっちだって知らないんだよ、まいったな。リュは戸惑いながらも、自分も探してはいるがまったく情報がないので教えられることはない、と答えるが、妻は納得せず同じ問いを繰り返した。
辛抱強く話を聞きながらリュが得られた情報は、イイマの妻と娘はサエランがいなくなったと思われる当日、妻の実家に戻っていた。そして予定通り昨日の昼帰ってきたが夫が見つからない。食堂の様子も何かうまくいえないがおかしい。そして食堂にいると娘が主人を探して泣くので、今から実家に帰って娘を預けて自分は再びここで夫を探す。ということだった。
状況を把握したリュが、イイマが行きそうな場所を教えて欲しい、自分とあなたで手分けして探そうと提案すると、妻は食い気味でその提案に乗っかり、イイマの食堂の客の名前と特徴を何人かリュに教えた。
「夜には戻ってくるから。毎日一回は会って情報を交換しましょう!」
イイマの妻はそう言ってリュに右手を差し出した。
「わかった。わたしもできる限りのことを」
リュはその手を取って握ると、「あ、そうだ。これ使って」イイマの妻はもう片方の手にあった布袋をリュに渡した。
「え? 金?」
「そう。1万トロンぐらいはあるから。足りなかったらまた、じゃあ。行くから」
イイマの妻は慌ただしく手を振りながらその場を後にした。
わかるよ、焦る気持ちは。あ、でもあの人わたしと雰囲気似てるな。髪は向こうが短めだけどさ。うーん、わかったのはほぼ名前だけか。どうするかな。
リュが教えられたのは食堂に来ていた3名の客の名前、その3名は「主にギルドに掲示されている単発の仕事で生計を立てているらしい」「以前はコミュニティという集団にいた」ということだけだったので、再び丸太に座って熟考したリュは明日ギルドに行ってその名前の男達を指名して依頼を出すという結論を得て、一旦家に帰ることにした。
翌朝、ギルドに着いたリュは正面玄関から入り、近くの窓口に座っていた職員に、これこれこういう事情があってこういうような募集を出したい、という旨を伝えると、この建物の裏手に依頼を掲示している場所があるから、そこで手続きして欲しい。あと並んでいる列は「出す側」「受ける側」でわかれているので、募集をしたいのであれば「出す側」に並ばないといけない。という説明を受けた。
リュは丁寧に説明してくれた職員に礼を言い、指示通り裏手に回って数十人が並んでいる列の最後尾に立ち、ややしばらく待って自分の番が来たので、これこれこういう募集を出したい、と伝えると、登録番号を聞かれ、え、番号? と戸惑っていると、あんたみたいな人はよくいる。先に正面入ってすぐのところで登録をしないと募集はできない。と事務的に告げた。
おい、それはあまりにも……。リュが困惑していると、後ろに並んでいる男が、どいてくれ、とリュを列の横に追いやり窓口の前に立った。
ちょっと待って。え、じゃあなに? また戻って並んでこっちで並ぶのか? こっちは急いで。ああ、くそ。いいよ、やるよ。さっきのイイマの奥さんにも約束したから。
リュがすべての手続きを終えたのは夕方近くになったからだった。
よし、ちゃんと掲示されているな。リュがすべての手続きを終え、掲示板の目の前で自分が出した依頼を確認していると、いつの間にか2人の男がリュの後ろに立っていた。
「なあ、これってあんたのなのか?」
かつて吉井がイイマの店で190cmぐらいある外国人だという印象を持ち、つええを使って蹂躙した男達の1人がリュに尋ねる。
「そう、わたしが今出した」
「へえ、そうかい。なあ、こいつが出したんだってよ」
かつて吉井がイイマの店で190cmぐらいある外国人だという印象を持ち、つええを使って蹂躙した男達の1人が、もう1人のかつて吉井がイイマの店で190cmぐらいある外国人だという印象を持ち、つええを使って蹂躙した男に笑いかけた。
「ああ、わかってるよ」
そう言ってから1人の男が依頼を再確認した。
「で、あなた達は?」
「おいおい、あんたこの流れで訊くか?」
最初に声を掛けてきたかつて吉井とイイマの店にいた男が、自分ともう1人のかつて吉井とイイマの店にいた男を指さす。
「この3人の内、2人がおれらだ。なあ?」
「そうだな」
え、こんなすぐに。リュは興奮が抑えきれず、イイマの食堂にいた人間が行方不明になっていることを説明し、そこにいた人物ならだれでもいいので情報提供を求めている。ということを自分が出した依頼を指さしながら説明した。
「なるほどな。おれたちはよくあの店には行ってたんだよ。最近は事情があって行ってなかったがな」
「何でもいい、何か知っていることがあれば」
「そうだな。おれたちがよく行く店があるからそこでゆっくり話そう。それが条件だ」
最初に声を掛けてきたイイマの店にいた男がリュの肩を掴み、開いていた手をリュの腰に回す。
「ゆっくり話す、というのは本当に話をするだけなのか?」
リュは腰に当てられた手を払い、声を掛けてきたイイマの店にいた男を睨みつけた。
「へえ、よくわかってるじゃないか。そうだよ、お前みたいな男勝りかつ髪の長い女は少ない。だからいろいろ興味があるんだよ」
なあ、そういないよな?イイマの店にいた男が、もう1人のイイマの店にいた男に同意を求めると、
「いないってことはないけど多いってこともない」と答える。
「おいおい、どっちだよ」
イイマの店にいた男は笑った。
なんだこいつら。リュは半身になって数歩後ずさる。
「おい、逃げるのか? 店に行かないと教えないぞ」
「駄目だ。ここで教えてくれ。報酬は支払う」
「じゃあ、しょうがねえな。5,000トロンは惜しいが今日は帰ることにする。夜は大体あの店にいるから来いよ」
笑いながら去っていく大柄な男2人を見送る形となったリュは、よく行くあの店ってどこよ? という疑問と、こいつらの会話色んな意味でどうしようもない、という感想を抱えてギルドから出てイイマ食堂に向かう。
とりあえずイイマの妻と情報の共有をしないと。あいつらはだめだ、使いものにならない。
日が沈みつつある道を歩きながら、リュはギルド近くにあったパンに何かを挟んでいる店で夕食を買いイイマ食堂付近の観察地点に向かったが、流れ上、当然のごとく、翌日の朝になってもイイマの妻は戻って来なかった。




