第128話 恥ずかしい話、どや感はある
横浜市立病院に向かうため端末を見ながら移動していた吉井は、なんとなく自分が着ている服が汚れているような気がしたので、生涯で初めての「近くのユニクロ」という音声での検索を実行した。
ほうほう、思ったより便利な気もする。多分もう使うことはないけど。
吉井は端末の指示にしたがい、国道といっても差し支えない程度の通り沿いにあるユニクロに到着。店内でスターウォーズのTシャツと9分丈の(ズボンと言いたいところだが無理やり)ボトムス、またぎりぎり走れる程度のサンダル風履物を購入した。
おー、いいな。これはいいわ。ユニクロで買った衣類を同じ敷地にあったハードオフと同じ機能を持っていると思われる店舗トイレで着替え、自動販売機でコーラを買って外に出ると外は夕暮れ。吉井は肌にからみつく夏独特の夕方の質感と建物の影にのまれつつ、9分丈を購入したことを検証し始めた。
まず言えるのは恥じることではない、いつも10分丈を買っていたとしても。それに今回のポイントは。吉井は再び目的地を横浜市立病院に設定した。
自分でもかなりどうかしてるなとは思っていたが、案外おれはまだ普通、普通の人間の範囲内にいる。だって10分でも8分でもなく9分を選んでる。最悪の言い訳も考えつつ自意識を保っているんだ。その行動が実証しているし、冷房の効いたタクシーでの移動も考えている。しかし関係ないが力を入れて、力っていうか能力使って移動したら汗はどうなるのかなあ。これまで意識してなかったけど、暑いっていう感覚はあの時間の中ではどう処理されているんだろう。吉井は自分の体の変化を確認するため、能力を使い建物を避けつつ直線で横浜市立病院に向かった。
結果として。6分後、吉井は横浜市立病院正面玄関に立っていた。
能力を使って移動したら汗腺、っていうの。あれがついてこれないと思ったけどついてきたな。
吉井はコンビニのトイレで持ってきたペーパータオルで顔を拭いた後、ペットボトルと共に捨てる場所を探しつつ病院内に入った。
ええっと、ICUとHCUは5階か。エスカレーターは3階までねえ。じゃあ、そりゃあ最初からエレベーターで行くわなあ。
外来の受付終了時間が過ぎ、閑散とした1階正面玄関前に設置してあった案内図で位置を確認した吉井はエレベーターで5階に移動。降りて正面にあったナースステーションの前に立ち、電話の取次ぎや何かの入力作業をしている事務方の女性に入江隆の面会だということ告げた。
事務方の女性は吉井をちらりと見た後、患者様とのご関係は? と尋ね、焦った吉井はとっさに、兄です。と答えた。
「はい、それではこちらにご記入ください」
事務方の女性から「面会受付カード」という名称の手書きで記入する紙を渡された吉井は、来といてなんだけど面会できんの? という戸惑いと、兄と答えた動揺が残っており、一旦フラットな状態に戻すため能力を使って意識を集中させた。
入江、入江、ま、りょう、ええと、入江、逆に、苗字違うっていうほうがリアルか。ごめん、それはいらん。そこまではいらん。普通でいい、毅って書きたかったけど漢字に自信がない、ええと、武、いやいや、あいつ隆だろ。かぶりすぎだよ、友一、ゆういちにするか。あー、住所ね。やべえ、おれ横浜の住所知らねー、知らねーから嘘書けねー。汗と違ってスマホでの処理ははこの意識についてこれないんだよな。しょうがない、自分のマンションの住所を適当に変えるか。
氏名、住所、電話番号を記載し、ナースステーション受付職員に渡すと、そこの左手の扉を通るとICUとHCUのとこに出るから、消毒をしてから入ってね。HCUだから空気読んでちゃんとやってね。といった内容の説明を受け、吉井は、わかりました。と返答してHCUの病棟に向かった。
うーん、こいつだよなあ。案内された部屋に入り2つあるベッドのうち1つは空床だったが、吉井は念のため手首についていたタグを確認後、人工呼吸器をつけてベッドに横たわる男を見た。
「間違えました」「他の人をやってしまいました」「わざとではありません」「罪は背負います」その辺はないぞ。色んな展開が考えられるけどその失敗と後悔だけはない。しかし器具の専門感がすげえな。実際には見たことがないがよく観たような気がするやつだらけだ。吉井は場違い感を払拭するためベッドの横にあった丸椅子に座った。
でも2人部屋なんだなあ、こいういうのって個室かと思いきや。で、窓はない。そういうもんなのか。しかし刺されたのに人工呼吸器? 雰囲気は出てるっていうか、やりたい気持ちはわかるけどこれいるか? 吉井は端末を取り出し「裂傷」「人工呼吸器」で検索した。
はいはい、そっか。肺ね。その辺を刺されたら自立呼吸が難しくなるっていうことか。あいつ肺を刺したんだなあ。肺っていうか胸か。まあ頑張った方だよ、3人いた強盗の内、1人の肺を刺したんだ。腕や足じゃない、胸だ。そして結果肺だぜ。まあこのままいけば回復するっぽいけどさ、させないけど。でもこのままだとみき、が。ん、ということは。
吉井は思考の取っ掛かりを掴んで引き戻す。
なにもしなければこいつは、この男はみきが殺したということになるのか、となると。そうか、となって、とすると、ああなる。そしてそうなる。しかしいくらなんでもそれは。思いついただけで誰もいないのに苦笑いだよ。吉井は誰かが観ていたとしたらここは笑って欲しいのではないかと思ったので、笑っとけ、笑っとけ、と自分を持ち上げて無理屋に口角を上げながら意識を集中させ、ベッドシーツで入江隆を包んで持ち上げた。
なんか今日は包んだり縛ったり抱えたり運んだりが多いな。入江隆を抱えたまま病院屋上に出た吉井は、ドアから死角になっていると思われる場所に入江隆を置いた。そして院内に戻り使っていないベッドを持ってきた吉井は、中から開けられないようドアに立て掛けた。
これで大人が本気出さないと屋上には出れない。で、あいつ。え、あいつは? 死角にいたこともあり吉井は一瞬場所を見失った。しかし冷静さを取り戻した吉井は自分の記憶ではなく能力を使って適当に移動。数秒後に入江隆を見つけた。
あほみたいあったコード類を外してきたんだ。このままでいいよな、ちゃんと死ぬよな? 大丈夫だ、逆側から日本の医療技術を信じよう。あー、やっぱ風あると違うな、気持ちいいわ。というか、ここ8階だよな? 高くない? でもあれか、病院の8階は気持ちマンションの10階ぐらいの、いや12階くらいの。ごめん12階はいいすぎ。でも景色いいなあ、昨日の夕暮れもよかったけど今日もいい。だけど病院の屋上って色んな事が起こるよな、ほんと。これまでも色々あったよ。いろんな地域で、いろんな誌面で、いろんな画面上で。そういえば今何時だ? お、もう18時過ぎてる。HCUの面会は遅くまでやってんだな。しかし確実に殺すにはこっから頭部を下にして思いっきり投げるとかそっちのほうがいいんだろうけど、そうなってくるとおれが殺したってことになっちゃうからさ。でもその判定は誰がするんだっていう話なんだけど。
でもまあ。吉井は9分丈のズボン、もしくはパンツ、総称としてのボトムスのストレッチ具合を確かめるためしゃがみ、雰囲気だけ脈を採った。
うんうん、なんかドクドクいってる。まだ生きてる、が。よし、もう行こう。あえてこのままにして遊びの部分を残しておこう。一応は病院敷地内だし運が良ければ誰かが見つけるかもしれんってやつ。でも生きてたらそれはそれでもう1回同じことをこいつが死ぬまでやるけど、おれは。だってそうだろ。やれるのになんでそれを委ねる?それはふりだけで十分だ。
吉井は階段とエレベーターを使うのが面倒なので屋上から飛び降りようとしたが、面会の受付の際、帰る時に声を掛けてくれと言われたのを思い出す。
一応あれで管理してるんだろうなあ。帰りも通らないとあの事務方の人なんか言われそうだ。それに正規ルートで入ったのに、ちょっとつええからって帰り屋上からっていうのもちょっと。
吉井は自分で置いたベッドを一旦脇に置いてドアから建物内に入って、下の階の窓から戻ってベッドを直し、もう一度同じ窓から戻った。
マンションに帰ってきた吉井は、自分では理解の及ばない現象によって何もなかったことになっていることを期待しながら廊下を歩いたが、リビングに入りライトを点けた瞬間、床に飛び散っている血痕を見て諦めた。
わかってたよ。感覚的には一応宝くじを買ってみただけだ。
ビールを取り出すという明確な目的を持ってダイニングに向かった吉井は、ふと先程屋上から戻る際、ベッドを戻してから建物内に入ったので同じことを繰り返すはめになった自分を恥じ、足を止めた。
あー、あれは駄目だって。何か得意げに建物に戻ったおれがはず、ん、なんだ、これ。まあいいや、とりあえずビールをってからの、ん? 文字?
吉井はみきが横になっていたと思われる場所の血痕に違和感を覚え、腰を降ろす。
t? tだよな。これ完全にtだよ。次が、b? ええ、全然気が付かなかった。え、なにこれ? ってこれみきが死ぬ前に?ということは、あれか。ダイ、はっはは。ええ、ダイイングメッセージ? まじか! おい、ちょっと。ここで大笑いするのはショックを隠してる風っていうか、ショックでおかしくなった風で恥ずかしいんだけど。はっはは、初めて見たわ! あいつ最後にぶちかましやがったなあ。大学の時に暇すぎて友達とトリックを真剣に考えた時以来だ。大体にしてそれ以前も考えたことないし。いやー、これはびっくりした。胸刺したとか、肺がどうのとか吹っ飛んだ。この度胸というかダイイングメッセージを残す胆力はまじですごいって。
吉井はビールを持ってソファーに座る。
そして推理パートね。tb、tb、か。そのままいくとだよ、これがそのままなのかはわからんが、犯人は……、田淵? ただもう死んでるけど。となると一旦田淵から離れ、あ! 田臥、バスケの。なんかバスケの話は一回したような、だからなんだっていう。よし、本格的に離れよう。吉井は端末を取り出し「tb」で検索した。
ふーん、医療用語でtbってあるんだなあ。は……? け、結核? なんか、え、そっち行くの? それっぽいっていうか、秘密が暴かれていく感じはあるけど。それで肺を! 胸を刺したのか! っていうね。そしてそれが能力の起源と重なるっていう。まあ、いいや。そっちは長くなりそうだから。いくつかのワードの中、吉井は知恵袋の答えに目を止めた。
tbはタブレットの略。タブレット、か。そういえばあいつ前に買ってたな。リビングにはないからこっちか。吉井はみきが使っていた部屋に入り、床に直置きで充電されているタブレットを見つけ手に取る。
あー、そっかあ。6桁のパスコードねえ。6桁かあ、これはきっついな。最悪バイト形式で人を雇って永遠にやってもらうっていう手も。でも何回か間違ったときのロック問題が。あれ6桁? えっとあれは、いちにいさんよんごおろく。やっぱり。
吉井は端末を操作し「7・6・9・8・4・1」と入力した。
「気が合うな」
そう呟いた吉井は、解除された端末のホーム画面にあったメモ用と思われる「メモ」と書かれたフォルダを開いた。




