第125話 師団、ヒマリヌ、コミュニティ、リュ
もう朝か。スツリツトさんが来てからそんなに経ってない気もするけど。
師団宿舎内の自室で机に向っていたヒマリヌは、明けつつある空を見ながら万年筆の先で机を定期的に叩いていた。
3日前、コミュニティ側から各師団に対し、始祖状況確認のための遠征に派遣するコミュニティ兵士の質と数を変更したいという通達があった。各師団側は文書でその内容を確認後、本日臨時で会議を開催。第4師団のスツリツト以外は賛成に回ったことにより、その場でコミュニティ側の要求が認められることとなった。
会議が終わったのは深夜であったが、スツリツトはその足でヒマリヌの自室に訪問。熟睡していたヒマリヌを強引に起こして会議の内容を伝え、コミュニティ側の真意を図るようにヒマリヌに命令。そして出来るだけ早く頼むと付け加え、部屋を出た。
確か公式の発表では。ヒマリヌは万年筆を手の中に収めくるくると回す。
コミュニティは現在4,000人程度の兵士が在籍、在籍っていうのもおかしいかな、とにかくそれぐらいの人数がいる。当初はその中から今回1,800人を派遣する予定だった。前提としてこの数字も馬鹿げてる。でもこんな嫌がらせに近い指示をあの男は即決で受けた。
そして今回のコミュニティ側の提案は1,800人を600人程度にする代わりにすべての兵士を特級以上にすること。単純に考えれば補給と全体の移動速度の問題。だけどあの集団の本体とも言える人員をほぼ全員外に出す。こんなことをしたら誰があそこを守る? 各師団、まあ第2と第5だけどコミュニティの発展も気に入らない人も多い。これを機に何かを起こすっていうことも。そもそもそれ目的で賛成に回ったともとれる。でも本当に危惧すべきは突発的な外部の人間からの干渉と内部分裂だ。それぐらいのことは考えているはず、だからこそ。
ヒマリヌは先程書きだした文字を眺める。
利益:派遣期間の短縮。経費の削減。
損失:兵士の底上げの機会を失う。内部分裂。
やはり良い点はどちらかというと目先の利益。でもひっくり返すとそのまま逆になる。あの人はどちらかというと同じ利益なら先を見たい方だ。今回はコミュニティ主体での遠征。こんな大規模で外に出られるなんて普段なら絶対都市が認めない。だからそれを利用してモドキを大量に倒すことでの兵士の底上げもできる。ミナトロンさんぐらいまでいくとそんなに変わらないんだろうけど、末端がうまくはまれば意味はある、はず。でも一つだけ納得できる理由があるとしたら。万年筆を置いてヒマリヌは肩を回す。
そうせざるを得なかったか、損益の捉え方の違い。どっちも可能性としては、ってもうスツリツトさんは厄介な宿題を。はあ、もう朝だ。おなか減った、ちょっと外に。
朝食を買いに行くため部屋を出ると、廊下に差し込む大量の朝日。それを避けるため反射的に目を閉じたヒマリヌは夜を徹して思考した自分を評価しそうになった。が、思いとどまる。
思考の目的は手段、得られた結果で判断しないと。今夜、わたしは、ただ、無駄な時間、を、過ごした、そして現在。ヒマリヌは自分の位置を確認して歩き出す。
ヒマリヌの食事は師団敷地内にある兵士用の食堂、もしくは敷地を出て徒歩数分にある、焼いた肉もしくは野菜を串に刺して売る店の2ヶ所でまかなわれており、食堂が混雑している時、もしくは開いていないとき、ヒマリヌは焼いた肉もしくは野菜を串に刺して売る店を利用していた。また焼いた肉もしくは野菜を串に刺して売る店内に食事スペースはあるが、ヒマリヌは毎回持ち帰りを選び、帰り道に直近の食事として2本、次の食事分としてさらに2本購入するのが決まり事となっている。
よくある師団員からの問い「なぜそのような食事方法を好むのか」「大体にして2本で足りるのか」に関しては、ある時期からヒマリヌは思考を停止し「単純に気分転換と移動と食事を同時に行っているだけ」「あなたが思っているより大きい」という同じ答えを返すことにしていた。
尚、ヒマリヌは通常、肉、野菜、肉、野菜、となっているものを、肉、肉、肉、肉、そして野菜、野菜、野菜、野菜、の2本にしてもらい両手で持って交互に食べるということを数回行っているが、やはり、肉、野菜、肉、野菜の串が美味く感じ、その理由を言語化しようとして毎回失敗している。(水分が関係しているのでは、というところまでは辿り着いているが、他にやり方はあるだろう、という自身の問いにヒマリヌは答えられなかった)
裏通りを挟みつつ基本的には人が多く行きかう道を通り、焼いた肉もしくは野菜を串に刺して売る店に来たヒマリヌは、店外まで溢れる客をかき分けながら進む。そして最前列まで辿り着き、4本お願いします。と言ったヒマリヌを見るなり笑顔になった店主は、慌ただしいなかでも一本ずつ焼き立てをヒマリヌに手渡した。
ヒマリヌは受け取った串を持参した厚手の紙に入れつつ、焼いている店主の横で大声を出しながら会計処理を行っている店主の妻に予め用意していた代金を支払い、3本の串を持参した厚手の紙で2重に包み左手で、残りの1本を右手に持って歩き出した。
毎回味が違うことを余興として捉えていたヒマリヌが一口食べ今日の感想をまとめていると、「話がしたい、そのまま歩きな、ぎ、歩きながらでいい」と先程から視界に入っていた短髪の女がヒマリヌの横に並ぶ。
ヒマリヌは横目で声を出した女を確認する。
この行動はわたしをわたしと認識している上でのことだ。どこから付いてきていたか覚えている? 覚えていない。もしくは認識していない。
ヒマリヌは無視する、全力で逃げて助けを求める。その2択を言い訳として考えたが、興味を持ってしまった自分が勝り、「歩きながらでいいなら」そう言い串の野菜部分を食べる。
「ありがとう。わたしはリュ。この近くに今はいる」
この近くに今はいる。って何のための情報? ヒマリヌは真意を探りながらリュと視線を合わせ、「なぜわたしに話掛けた?」と訊いた。
「あなたなら、大丈夫だって。あの人に。わたしの本当の話を伝えても」
本当の話って。野菜を食べ終えたヒマリヌは肉を頬張りながら、改めてリュを見た。
怯え、疲労、諦め、その辺りか。文字で伝えるのは難しい。でも、それをやるのが。ヒマリヌが次の野菜を口にしようとすると、「その串、美味しそう。ミナトロンだっけ。あの男も好きでわざわざコミュニティ内に出店を作ったんでしょ。それに一時期黒髪の2人もさっきの店に通い詰めてたみたい。強い人たちはみんな串好きなの? ということはやっぱりあなたも?」リュは早口でまくし立てた。
「ねえ、何の話? いまいち掴めないんだけど」
そっか、ミナトロンさんの絡みか。言葉とは逆に取っ掛かりを掴んだヒマリヌは一本目の串を食べ終えた。
ということはさっきの遠征の件と何か関連があると考えるべきなのかな。違う、それはわたしの希望だ。この短髪の、リュだっけ。この女の話を聞いてから判断しないと。ヒマリヌが2本目を食べようか迷っていると、リュが体を少し曲げヒマリヌを横から覗き込む。
「ごめん、お金を貸してくれない? それか持ってるその串を貰いたいんだ。昨日、昨日の昼から何も食べてない。さっき外に出たばかりで」
「お金は貸せない、これでいいなら」
ヒマリヌは持っていた串を一本差し出す。
「ありがとう。じゃあ、話す。わたしが見聞きしたものを」
リュは受け取った串を一口食べた。
まあいい、ちょっと話を聞いてみよう。見る限り入れなそうだし危険はない。とは言えないけど。この人になくても他にある。でも、やっぱり何かがある気が。ヒマリヌは美味しそうに串を食べるリュを注意深く観察しながら話に耳を傾けた。




