第123話 復讐できないやつ
「きみかい? わたしに用があるのは」
コミュニティ敷地内にある来客用の平屋に入ったミナトロンは、机を挟んでリュの対面の席に腰かけた。
「あなたは」
リュは数日前に自分で短く切り揃えた髪を触る。
「わたしが欲しい情報を持っている。そう聞いた」
「情報を持ってるねえ。誰に聞いたかも気になるところだけど。しかし自分で言うのもなんだがよくわたしと会う機会を作れたね。すごいと思うよ、実際」
「あなたがどういう人かは別にどうでもいい。わたしは1週間前ある食堂で起こったことについて、そこにいた人達がどうなったか知りたいだけ」
「1週間前に食堂で起こった話か。さすがにもう少し補足して欲しいな」
ミナトロンは頭に浮かんだいくつかの事柄を関連付け始めた。
サエランと別れた翌日、自分の中で手応えがある展開を思いついたリュは仕事終わりの夕方イイマ食堂に向かった。
やっぱり紙に書いただけで死ぬっていうのはすごすぎるから、制限を掛けた方がいい。このやり方らサエランもびっくりするよ。こういうやり方あるの? って。あれ、休みか?
食堂の扉は閉ざされており、明かりもついていなかったので、リュは一度は帰り掛けたが、早く伝えたいという思いからタフタの燻製屋を向かった。
しかし1階の燻製屋そしてサエランが借りている3階も、食堂と同様に誰かがいる気配がなく、少し迷ったがリュは前回本を運んだ記憶を頼りにサエランの仕事場兼家に向かった。
こうなってくると。暗闇の中、ススリゴの事務所前でリュは考えを巡らせる。
ここも鍵が掛かってるし誰もいない。じゃあ、サエランはどこに? あの子の話だと大体今の3つの場所を行き来してるだけ。他に行くところなんて。
もう一度建物を見上げた後、リュはその場を後にした。
そして翌日も同じことを繰り返し、同じ結果を得たリュは一つの仮説に至る。サエラン及び食堂に来ていた人達に何かがあったと。
「ふむ、それできみが自力で調べた結果、わたしにたどり着いたと。うーん、参考にできる案件はあまりないけど、1週間は頑張ったほうだと思うよ」
「わたしの、わたしは」
リュは手を組んで机の上に置いた。
「全てを使った。もうわたしには何も残ってない」
「へえ、全てか。それはすごい。お、来たな」
ミナトロンはドアをノックする音に反応し、振り向いた。
「なんだ一体。今お前がやれと言った面談の途中だぞ」
「ああ、急にすまんね。この人がわたしを訪ねてきてさ。話していたらきみにも会って貰いたくなって」
話していたらきみにも会って貰いたくなった? リュはミナトロンの言葉を反芻する。この男はずっとここにいたはずだけど。
「じぁあ、わたしは行くよ」
ミナトロンはススリゴの肩を叩いて立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待って。まだ話が」
慌てたリュは思わず手を伸ばすが、ミナトロンは振り向かずそのまま建物を出た。
なんなんだ? ススリゴは改めて目の前に座る女を見ると見覚えがあることに気付く。
以前うちの従業員の女と一緒に本を運んでいたな。この様子じゃこっちには気付いていないようだが。しかしおれがあそこにいた人間だということがわかったら面倒な、ん? ならミナトロンは何故わざわざおれに?
ススリゴが考えをまとめていると、沈黙に耐え切れなくなったリュは、イイマ食堂という場所で起こった事件のことを知っているのか。とはっきりとした口調でススリゴに尋ねた。
事件? ああ、そういうことか。ススリゴは目の前にいる女の目的を把握した。
黒髪の2人はあの食堂に行っていたからな。そう、思い出した。あの時ミナトロンは言っていた。翌日の朝には終わると。おそらく食堂の店主を含め黒髪と顔見知りの何人かが殺されたんだろう。そこにはサエラン、うちの従業員もいたと。それでサエランの知り合いであるこいつは行方を探すためわざわざこんな所まで。そういうことなら……。
ススリゴはいくつかの思いついた中から、おれは知らない、という返答を選んだ。
「そんなはずはない! ここの責任者なら何かわかるって聞いてきたんだよ! 代わりに来たあんただって何か少しぐらい!」
「どういう経過でここに来たかは知らん、しかし」
言い過ぎか? ススリゴは少し言葉に詰まったがそのまま続ける。
「お前1人では来れなかっただろう。その過程で会ったやつらに、お前は、そうだな、そいつらと今後会うことはない。お前がそいつらに会えなくなるか、そいつらがお前に会えなくなるかはわからんが」
え? リュは間を置いた後、ここに通してくれたコミュニティに所属している男の言葉を思い出す。
「おれはもういい。自分で死ぬ勇気がないからきみに話しただけだ。しかしきみにもそれぐらいの覚悟は必要だ」と。そうだ、確かそんなようなことを言っていた。それに、あの時の、あの時の男の雰囲気には説得力はあった。ということは本当にそういう。リュは自分の体が震えていることに気付く。
「終わったから行くぞ」
席を立ったススリゴがドアに向かうと、リュは急に立ち上がりススリゴが座っていた椅子を蹴り上げた。
「わたしは知ってるんだよ! サエランはもう死んでるって! だからわたしは殺したやつらを見つけてそいつらを同じ目に!」
知らんよ、やりたいようにやれ。ススリゴはそう思ったが口には出さず、何かを叫んでいるリュを無視して建物を後にした。
「ほう、こういう形になるか」
深夜、コミュニティ内にある自室にススリゴを呼び寄せたミナトロンは、先月の売上が記載された表を手に取った。
「縦軸が売り上げ、横軸が日付だ。こういう風に可視化した方が他の者にも分かりやすいんじゃないか」
「いいねえ。これきみが考えたのかい?」
ミナトロンは机に表を置き、満足そうに椅子を揺らす。
「これは」
ススリゴはもう一枚の紙を手に取る。
「黒髪のやつらが作っていたものだ。これと同じようなものを1度受け取ったことがある」
「またあいつらか。まあそれはいいとして、これをどう使おうと思ってるんだい?」
「金貸しだけでなく他の仕事をしているやつらにも自覚させることだな。あとはこれからは数字で煽ってやればいい」
「その理由は?」
ミナトロンは机の上に果実酒をグラスに注ぎススリゴに差し出す。
「理由? お前がすべてを把握し指示できないからだ。あいつらで出来る部分、例えば競争は勝手にやらせてればいいだろ」
机の前に立っていたススリゴはグラスを受け取り、一口だけ口に含んだ。
「数千万トロン払った価値とまではいかないが、今後が楽しみになってきたよ。あ、そうだ。さっきのあの女今日帰る場所もないらしいね。とりあえずあそこの地下に入れてるがどうする?」
「どうすると言われてもな。おれには関係のない話だ」
「ちなみに今日あった印象でいいんだが、きみはあいつを雇うか?」
「雇わない、選べるのなら」
ミナトロンは笑みを浮かべながら大きく頷く。
「よかったよ。同意見だ。いや、きみがあの子の、なんていうかな。気概というか行動力を評価しているかなと思ってね」
「誰だって雇わんよ、あんなのを。それに第一師団なんだろ、食堂のやつらを処分したのは」
ん、これは? ススリゴは自分の言葉に少し違和感を覚えた。
顔見知りだ。それも長く通った食堂の店主、あとおそらく常連のあいつら、タフタ達も一緒に殺されたんだろう。おそらくサエランもだ。毎晩のようにあそこに通っていたからな。だがおれは何も、いや、何もではないな。知り合いと従業員が死んだ、それだけだ。それ相応の感情は動いている。が、それだけだ。
「だろうね、わたしも第1がどのようにしたか詳しくは知らない。が、あの女はどこかでそれを知った。要は復讐だろ? だが、あの女は知り合いが殺されたことに怒っているんじゃない。自分からその人物が奪われたことに怒っている。そんな感じだったね」
「それはわからんだろ」
ススリゴは机のボトルを手に取り、自分でグラスに注いだ。
「なんだっけ? そう、きみのところにいた女。あっちのほうがよかったよ。少し見ただけだが状況の判断はできていたようだ。それにあの時言ったよねえ。うん、言った。きみは殺す価値もないと。今日のは、そうだな。殺す価値がないという話題に上げる価値もないね。言っている時点で矛盾しているが」
「お前はあの女に何をやらせたいんだ?」
「そっちは後からの話だ。最初は単純に、ああ、わかるよな? っていう確認だね。何回やってもいいもんじゃないか、結果がわかってる共感っていうのは。ただそれとは別にして。ほら、そこに」
ミナトロンは部屋の中央にある2人掛けの椅子に座り、ススリゴに対面にある同様の椅子に座るように勧めた。
「きみには生きる意味を持って欲しいんだよ。例えば第1に対する復讐。そしてそれを大目的とするなら、わたしの所で働くのは小目的。それに続く道のためにってやつだ。何が言いたいかというと」
「自分の意志でここにいろ。ということか?」
ススリゴはグラスを持って座り足を組んだ。
「そういうことだね。どうかな? あの女をきみの部下して、一緒に第1に復讐をするっていうのは。これは人助けだ、あの女のためにもなるぞ。あ、わかってると思うが復讐自体に意味はない、この辺はきみと一緒だ。しかしその過程にはある。ただあの女のように復讐という目的のために失うのは無駄だ。得ないとだめだよ、例えばわたしの所で金と力を得る、それを復讐に使う。復讐を達成できなくてもいいじゃないか? その分新しい人生がある。そして達成できればそれはそれでいい。その後に残るものを作っているなら。まあ、ただ」
ミナトロンは空になったグラスを揺らす。
「過程のない復讐、これがもっとも下らない。失う復讐以下だよ、失う方はまだ自身のためになる可能性があるからね」
「わかったわかった。とりあえずもういいな?おれは戻るぞ」
「ああ、すまないね。遅くまで。地下にいる女のことは明日また相談するよ」
「勝手にしたらいいだろ。元はお前の客だ」
ススリゴはグラスの中の果実酒を飲み干し部屋を出た。
さっきの女はそういう使い方か、こいつはどこまで人を。女もそうだがおれに対してもだ。せっかく切り離した感情を今更。
廊下を歩くススリゴは一瞬以前の自分を思い出したが、思考を誘導される不快さと、ランプのみの暗がりの部屋で復讐のことを考えている自身が滑稽に思え、これからのことを具体的に、とりあえず明日の朝何をするべきかと考え始めた。




