第121話 リュ、リュ
サエランとリュは小説の方向性を一通り話し合った後、作者が本を置く際の展示料金及び入場料を考えたが、最初に間違った設定をすると後に引きずるのでは、という不安からその場では決定できず、それぞれが持ち帰って考えることとなった。
自分は運がいい。イイマ食堂でサエランと別れたリュは暗がりの中、家までの道を歩く。
暖かい場所で眠れ、食事も毎日食べることができている。そしてこんな楽しいことまで。それも全部、たまたまサエランと知り合えたからだ。
にやけている自分を自覚したリュは眉をしかめて表情を調整した。が、数秒でにやけた。
「お、めずらしいな。2人で来たのか」
店に入ってきたタフタとゴイスに、イイマはカウンター越しから声を掛ける。
「たまたまだよ、ちょうどタフタがその辺歩いててさ」
「うん、そうそう」
タフタとゴイスは並んでカウンターに座り、2人とも定食でいいのか? とのイイマの問いにゴイスは頷き、タフタは果実酒のみを頼んだ。
「最近見なかったね? 何してたの」
「忙しかったんだよ。んで近々遠くに行くことになった。おれめちゃくちゃいる師団員から選ばれたんだぜ、言ってしまえば精鋭だな」
「へえ、どこまで?」
タフタはカウンターに置いていたカードを手に取り、慣れた手つきで束を操る。
「言えないんだよなあ。今色々やってる最中でさあ。お、あの子またいるのか?」
「ああ、常連だからね」
「へえ、いい客捕まえたなあ」
どうもー。ゴイスは橋の席に座るサエランに手を振り、それに気づいたサエランはぎこちない笑顔で手を振り返した後、すぐにゴイスから視線を逸らした。
「それでさ、言えないんだよ? 言えないんだけどさ。すっげえ珍しいことが起こってんのよ。各師団員は大騒ぎよ」
ゴイスはイイマから受け取った定食をがつがつと食べ始めた。
「何回かそれ聞いてる気がするけど。あ、イイマ。どう?」
タフタはカードをカウンターの中にいるイイマに見せる。
「もう客はお前らとあっちの1人だけだしな。よし、終いにするか」
イイマは果実酒を1本棚から取り出しタフタの横に座った。
「何にする?」
「テックランでいいぞ」
テックラン、か。タフタは自分の布袋から木に挟んだ紙を取り出す。
「273勝201負ね。じゃあ、始めよう」
「さて、今日はどうかな」
イイマは首をゴキゴキと鳴らす。
「なあ、お前ら気にならないのかよ! 大騒ぎなんだぞ、すげえんだぞ」
「はいはい。食事終わったら聞くからとりあえず食べてて」
タフタはパラパラとカードを馴染ませた後、イイマと自分に1枚ずつ交互に配った。
ええと、ここで大胆に場面を転換させよう。次の段落では『名前を書いた人間が死ぬ紙を持つ少年』は、『名前を書いた人間が死ぬ紙を持つ青年』になって。って、ああ! うるさい!
サエランは万年筆を手に取ったまま、勝った負けたと騒いでいる3人をにらむ。
前からだしわかってる。わたしは『外で書いているわたし』が好きだからこんな状況で書いてるだけ。でもさすがにこんな環境じゃ。ああ、でもそれは言い訳。本当に集中しているときは周りを置いていける。だけどその状態って自分が作るんじゃなく作品が作るものだか、ら、ん?
ガタンっ、と音がしたのでサエランがその方向を見ると、ゴイスが息を荒げカウンターに手をついて震えている。
「あれ? 急にどうしたの」
タフタはカードを置きゴイスの肩に触れようしたが、ゴイスはその手を払いのける。
「お前ら、逃げろ! そこの女もだ!」
ゴイスは大声で怒鳴り、壁に立て掛けていた槍を取って店の出入り口に走った。
「おい、なんかまずそうだ。とりあえずタフタはあの女を連れてこい!」
「わ、わかった。イイマは2階、に。あ」
いつの間にか店内にいた男、眉が下がり気味の男がゴイスと向かい合っていた。
なんだ、あの眉が下がり気味の男は? いつ店に入ってきたんだ。良くない状況ということだけわかったタフタはサエランがいる席に向かう。
「お前なんてものを向けてるんだ! そんなち」
怒鳴っている途中にゴイスの体は吹っ飛び壁に打ち付けられる。
え、ゴイスどこに行った?あ、いた。え、ゴイスなの、か……?
タフタの目には壁に横たわるゴイスの胴体だけが映っていた。そしてもう一度眉が下がり気味の男に目線を戻している最中、タフタはカウンター内にあるイイマの首とその胴体と思われる物体を捉える。
あれはイ、
人物を認識しようとする思考の途中でタフタの首と胴体が切断され、タフタの意識は完全に途切れた。
あ、あ、逃げ、逃げな。サエランは震えながらもどこか現実ではない空間にいるようで、その場から動けなかった。
み、みんな首が、こんあ、あの、あの。ああお眉が下がり気味の男がやったの? なん、で。あ! リュは、近くいないよね、もうリュは大丈夫だよね。リュは、リュは、でもわたしもに、逃げないと、逃げ。
ようやく足を動かそうとした時、サエランは眉が下がり気味の男が目の前に立っていることに気付く。
あ、だめだ。これは、だめだ。サエランは無意識で机の上にあった書きかけの原稿を掴み、両手で抱え込んだ。
眉が下がり気味の男は一瞬不思議そうな顔をした後、原稿ごとサエランの体を槍で貫いた。




