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泥状のギギルコン「と」  作者: がら がらんどう
吉井とみきとみきと吉井
120/168

第120話 自分の感覚で膝までの時は大抵顔までいってる


 吉井はみきが死んでいることを理解していながら、なあ、おい、なあ、なあ、おい、と声を掛けつつ何度も肩を揺っていた。


 無駄だとわかっててやってんだよ、だからちょっとぐらい反応があっても、あれ? ここ? それとここも。

 吉井は胸部に1ヵ所、腹部に2ヶ所、みきが着用していた白のタンクトップの布が裂けている部分があることに気づき、そしてそれは血の付着具合からも何かで刺されたように見えた。


 じゃあ、やっぱりみきは。吉井はふとバルコニーを見たが人の気配はない。


 どっちでもいい。いてもいなくてもいいし、そいつをおれが殺しても殺さなくてもいい。吉井は手に付着した血をTシャツで拭いながら、ソファーに掛けてあったタオルケットを手に取ってみきの傍に立つ。


 これは無理だ。もう死んでる。しかし、さ。これは、ちょっと。おれは、さすがに。かと言って。どうすれば、まだ、だって。なんにも、こっちでも。向こうでも。


 タオルケットを広げ吉井は丁寧にみきの体を包む。


 本当にか、本当にこれで終わりか? まだあるだろ、さすがにこんな状況じゃ終われないよ。もっと、色々さ。会社だって作ったばっかりなんだ。ほら、動いてもいいんだ。そうだよ、単純に実は生きていたで。なんなら死んでなかったでもいい。ああ一緒か。多少無理しても問題ないし、なんならかなり無理してもいいぞ。多分言われるよ。じゃあなんであんなに血が出てたんだよとかさ。うん、こんだけ出てるんだ。映像をスクショされてじっくり見られてさ、これぐらいの面積なら何リットルは出てるから絶対死んでる、って言われる。でもいいじゃないか、そういう理屈は一旦置いておこう。で、言い訳は生き返った後で一緒に考えればいい。つまらなくたっていいよ、生きてる方がいいに決まってる。ああ、時間なら大丈夫だ。つええでほぼ止まってる。だから、そうだな。例えば……。


 吉井はタオルケットに包んだみきを視界に入れたままソファーに座り、取っ掛かりのない思考と、多少凹凸があるがほぼ取っ掛かりのない思考が空回りするだけの時間に沈んでいく。



 能力を使った空間の中、吉井の体感で30分程度経過した後、吉井はみきの状態を再度確認するためタオルケットをゆっくりと開いた。


 さっきから1回もちゃんと見てない。部屋に入ってきたときにちらっと見た程度だ。名前呼んでるときも全然だったし。だから一度くらい、一度でいい。いや、でもやっぱり出来ない、無理だ、おれは。


 吉井はどうしても顔を見ることができなかった。


 みきの状態に変わりがないことを確認した吉井は、小さく息を吐き再びタオルケットで包んでいる時、本棚に置いていた現金が減っていることに気付いた。


 2億ぐらいなくなってるな。というかそっち目的かよ、よりにもよって。わかるよ、2億はでかい。そりゃあ人を殺してでも。まあいい、そっちは後回しだ。さっき散々考えたし。とりあえずはこの状態のみきを置いとくわけにはいかないっていう方向で。あ、そうだ。つええって意識がおれに向いてたら気付くんだった。全然それらしきものないし、ここには居ないってことか。その能力は使わなさ過ぎて忘れてたよ。


 吉井はタオルケットに包んだみきの体を両手で抱え部屋を出た。


 見られたら色々としんどいという理由から吉井は能力を継続したまま、階段で1階まで降り、一瞬で車を停めていた駐車場に着いたが、後部座席がキャンプ用品で埋まっていたため、タオルケットに包んだみきを乗せることができなかった。

 

 ぱんぱんに詰まってるなあ、これはちょっとずらしてどうこうってレベルじゃねえ。吉井は少し考えた結果、抱えたまま移動することにしたが、数百メートル進んだ後、やっぱりこれはこれできついと思い返し、駐車場に戻って後部座席のキャンプ用品を出してみきを入れ、流れるように近くの公園の隅にキャンプ用品を置いて車に戻った。


 なんか言われそうだな、いままでのパターンだと。そうだなあ、うーんと。吉井は信号で停車した際、昨日の履歴から目的地を廃校舎周辺にセットする。


 昨日美味しいっていったからって連続で作るってどうかしてますよ! とか? あ、これ実際なんかあったぞ。そうだ、肉厚定食だ。理由は忘れたが2回連続で持って帰ったこともあったなあ。しかしまずい、これどんどん行ってしまう。これは完全に思い出飽和状態になる気配がある。こうなってくるとさあ、もう止められんよ。あんまり入りなくないんだよなあ、しかしそう思うと余計に気になって夜にトイレ行けないあの感じ。もうそこまで来てるあの感じ。感じが、完全に今、あ、来たな、これは。「なんでしょう。わたしのって生姜焼き風じゃないですか。味は違うけど見た目が」「考えてみて下さい、そのワインみたいなボトル。こっちでは大事に使ってるかもしれないじゃないですか。それを持って帰ろうとして店員の女の人に笑われるのは連れとして我慢できませんし、最悪もう来れなくなりますよ」「仮に日本のファミレスで、ラミネート加工されたテーブルに置いてあるメニューを指差してね、このメニュー持って帰っていいですか? って訊く客いますか? ねえ、答えはわかるでしょ。はい、いないですよ。その可能性があるんです。わたしはそこは回避しましょうよ、って言ってるんです! わたしならそんなことがあったら裏に戻った時、言いまくりますね。『なんかあそこにいる黒髪の兄妹みたいなのがさ、ボトル持って帰ろうとしたんだよ? さすがにひくわー』って」「あなたは、アメリカ人が小瓶のビールをダーツやりながら飲んでる感じのイメージで直接ビンで飲んでるけど、それもこっちの文化的にどうかわからないですから。やっぱり最初はコップで飲んで、この食堂であなたみたいな飲み方してる人が何人かいたらわたしが、おっけいサインを出すので」「あのトランプに合わせて新しいルールをっていうのも考えましたが、でもその労力って別のことに使ったほうがいいですよね」「受けてますよ、ショックは。でもショックを受けても前に進みますよ、わたし。そうやってショックを乗り越えて生きてきたし、これからもそうやってショックを乗り越えて生きていきます」「だた少し、ショックは受けています……」


 トランプかあ、そんなこともあったなあ。しかしこうなってくると最初から思い出したくなるという。うん、もういいかな。これはしょうがないよ。流れに任せよう。吉井はウインカーを出しナビの指示通りに右車線に入る。やりたいように思い出そう。ただ着くまでだぞ、それで終わりだ。しんどいしきりがない、からなって、なって、なって。「やっぱりピザっていうものをある程度認識してないと効果ないんですかねえ」「もう、何回も言わせないでください! 子どもじゃないんだし、子どもの話ぐらい黙って聞けないんですか!」「へえ、昭和にかぶせてきたんですねえ」「ま、まだですよ。信じるにはまだ証拠が。あなたが戦ったというそのオオカミモドキの絵をこの壁に描いて下さい。見たことないと描けないはずだから! そして見たら死んでるはずだから!」「待って下さい、もうちょっと感動してくださいよ! ここまでくる過程を想像したら誰だって心動かされるはずです。だって10代の少女が異国でトイレを作ったんですよ!」「結局ね、ケンタッキーなんですよ。これは3年異世界に住んだ人のあるあるだと思う」「この世界って娯楽少ないんですよ。だからもう大富豪とかポーカーみたいなのがあったら全国民が狂喜乱舞ですよ。で、わたしはその功績からトランプ夫人と呼ばれるようになるんです」「リィオンじゃなくて、レオンでいいじゃないですか! ネクスト ステーション イズここまではいいですよ。わかりますよね、乗り物のアナウンスですよ。で、次の地名のとこですよ、トゥキョウ? ばかな、普通に東京でいいじゃないですか!」「すいません、一旦自分の家に帰ってきます。対策はある程度考えてるんで、最後の仕上げっていうか。パセリ乗せるだけぐらいの感じなので」「そうなんですよねえ。だから結局アイディア浮かび待ちみたいなところはあるんですけど、環境だけは整えておきたいなって。なんていうか、わたしはお世話になったこの村に恩返しをしたいんですよ。ここだけソーラーパネルを使った太陽光発電を取り入れて家の中オール電化にしてですね。で、他の村人が来たときにめちゃくちゃ明るい中で、肉を速攻で焼いて、この村の人達が優越感を得られるように」「ここ雪がないんですよねえ。で村の子どもに雪っていう概念を説明するために彫ったんですよ。こんなものも作れるんだぜ! っていう」「あと、1ヵ月単位で気になってたんですけど。あの人たち魔物のこと、たまにモドキって言ってません?」「人の家は別ですよ! だって、考えても見て下さい。日本でわたしが吉井さんの家に泊まったら田舎に泊まろうが成立するけど、吉井さんがわたしの家に泊まったら、もう田舎に泊まろうじゃないじゃないですか。タイトル詐欺ですよ」「いいですいいです。間違いは誰にでもありますから。さ、この話は琵琶湖にいっぱいある水で流しましょう」「そうですね。例えは違いますけど、病は気からっていう感じですかねえ。わたし村では途中から自分で作った箸を使ってたんですけど、木の棒で食事をしているっていう差別を受けて。あれはつらい思い出です……」「どうなんですかねえ。体感的にはアロエぐらいじゃないですか? アロエ使ったことないですけど」「いやいや、それができないから完全犯罪って難しいんですよ。でも、もう使い道ないんですかねえ、だってモドキオオカミの耳ですよ! 誰でも手に入れられるものじゃないんですよ!」「さっきのフランスパンの教訓。人にはいろんな立場があるよってことだと思うんですよ。今日で言うと芋です。モドキの耳に浸食された芋でも食べたいと思う人と、そうでない人。それはその人たちがいる環境によって左右されるんで、その人たち自体には責任はないんじゃないかなって。フランスパンのおじいちゃんとバケットの店員もそうですよね。それに夜空を見上げて星を見ていると、あの光は今現在見ている人が生まれる前のものなんだなって。だからあの人の仕事手伝ってもいいかな、って」「ねえ、吉井さん。ここってトイレどうなってるんですか? 上も下も探し回ったんだけど全然ないんですよ!」「わたしだって人の家に行ったときに、なんでここウォシュレットないの? なんて言わないですよ。だってわたしのための家じゃないですもん。しょうがないじゃないですか。でも自分の生活空間は別です、そこに関してはわたしだって主張しますよ」「ふ、気が付いたようですね。借りたんですよ、1ブースを。1カ月使い放題で」「こんな世界でもがんがん這い上がる準備できてますけどね」「そうです、半分です。その代りわたしが稼いだのも半分です」「わたしすごいこと思いついたんで。せっかくだから道中に言いますよ。石畳の道を足を交互に動かすだけの移動時間が、とても楽しい道のりになるはずです」「わたしはもうちょっとフランクな感じかと。ヘイ、どうした? 昨日稼いだんだろ。まあな、ついてたぜ。で、あの娘がいる店に行ったんだろ? どうなったか聞かせろよ。みたいな会話をマッチョがマッチョな受付にしてるみたいな」「なんでわたしが吉井さんの性を名乗ってる感じになってるんですか。それは考えられないですよ」「だからあ、なんでわたしが海外で吉井さんの性を名乗ってる感じになってるんですか!さっきのといいありえないですよ!」「なるほどなるほど。で、吉井さんは明日コミュニティを壊滅させる、と」「それならよかったです。もし今日、壊滅だ! 壊滅だ! って宣言した状態で明日コミュニティに行ったとしたらですよ。全然殺さないし、そこまで施設の壁とかドアを破壊したりもしないじゃないですか、多分。そうなってくると今日の人が『あいつ壊滅って言ってたのに緩くね?これ道場破りじゃね?』って笑われますよ」「これでいきましょう。問題はとんがりコーンにするか、とんがりコーンズにするかなんですけど」「じゃあ頭に付けるとしたら、とんがりのギギルコーン?」「なんで吉井さんがつええしてるのを横で、うんうん。つよいね、つよいね。って見てなきゃいけないんですか。お金にもならなそうだし」「そうでしょう、そうでしょう。こんな村人上がりの小娘がっていう視線。たまらないですよね」「違いますよ、次の企画です。わたしをそろばんだけの女だと思わないでください」「もういいじゃないですか。Sが見栄えいいとか、ちょっとテンション上がるみたいなの。ほんと恥ずかしいんですよ。大体それで喜ぶのおじさんだけですからね!」「へえ。食べ物に塩をまぶしまくった後、抜くんですか。暴力的ですねえ」「死なないで下さいね」「いくら好きだって言ったからって連日同じものを買って来るなんて。これを食べるのは問題ないんですよ? わたしは連続食に強いですから。こっちの人ですらびっくりしてましたもん。毎日同じで大丈夫? って」


 はいはい、ここだったわ。連続のやつは。って、ん? あれは? ああ、やっぱりそうだ。赤と白のケンタッキーの看板を見つけた吉井はスピードを緩める。


 普通に考えれば結構あるよ、ケンタッキーは。ここは大都市だ。特別ではない、意味なんてない。だけど、そっか、そうか。今か。そう、か。それと、それに、死なないでくださいって、お前が死んでんじゃねえかよ。吉井は店に行くため左車線に入る。


「前から思ってたんですけど。これってパンなんですか? それともナン?」「うん、そんな気もします。なんとなく理解できました。じゃあやってみましょう。吉井さんが問題を出す方でお願いします。あ、空気読んでくださいよ。掛け算とか四桁の足し算なんてありえないですから」「それわたしがやるんじゃないですか?『願いましてはー』のくだり」「でも吉井さん。どんぐりもないから大量生産も出来ないし、ましてや経営者のトップが現状そろばんが使える目途が立たないことが判明したんですよ」「さっきまで話してたのになんでわからないんですか! 今わたしはそろばんの休止を受け入れるので精一杯なんですよ!」「いくらわたしでもわかっています。次も考えてますけど、多分上手くいかないだろうと。だってこれまでの経験も糧にならないし。ねえ、冷静に考えて下さい。そろばんの過程で得たのって焼き鳥の串だけですよ? 正直次のターンで何の役にも立たないじゃないですか」「わたしは確かに文字が読めないことで不自由があります。でもそれゆえに自由ですから」「ねえ、吉井さん。物事のいい面を見るんです。今日、この瞬間が戦場じゃなくてよかったじゃないですか。いきなり顔を覆って逃げだしたら決まりかけた昇進もなくなりますよ」「ギルド職員がそんなことを考えると思います? 大体昼前に来てた2人がですよ。初回依頼の日に突然開店と同時に来て、まあ多分依頼の内容見ながらわいわいやりますよ、わたしたちは。でもわたしたちの通常運転のわいわい感ギルド職員知らないですよね。そうなってくると、あ、こいつら普段昼前に来るのに初回依頼だから張り切ってオープンと同時に来てる。あー、わいわいやってるよー。初めての依頼楽しんでるよー、しかも見て? 男は結構年いってんのに、その感じってどうなの? ってなるでしょ」「ちょっと待って下さい、大体雨量調査って無理ですよ! 一旦置いて何日か後に取りに行った時、壺倒れてたらどうするんですか! ウサギだっているんですよ!」「それだとわたし何壺持って行くんですか! 絶対途中で割れますよ! それになんですか、ニノツボ、サンノツボって。当たり前のように言わないでください、そんな壺ないです!」「あ、それだったら『壺を運ぶだけの簡単なお仕事です』にしません?」「そうかもしれませんねえ。ほらカレー屋さんでも辛さの段階とかあるじゃないですか。そのさじ加減ってやっぱり5と6は違いそうですよね。真ん中だよー、これがうちの味だよーってことで差別化したくなるじゃないですか。でも6と7は作った本人食べてもわかんないですよ」「だからその全部はあくまで常識と良識に基づいた範囲内で! ああ、もう。わかりました。じゃあやりますよ。今日の面接わたしが全部担当しますから、吉井さんは人を見つけるだけでいいです。業務量的にはわたしのほうが多いし文句はないですよね?どっちみち当番のわたしが担当を決めたので決定ですけど」「でもほんと正直に言うって。甘すぎます。あの人頭の中カルピスソーダですよ。だって場合によっては殺されるんじゃないですか、こういう場合」「ほう、それはいろいろ当番を賭けるってことでいいですか?」



 一旦、一旦終わろう。よし、終わった。終わったぞ。そうだよわかってる。おれがやってることだ。おれがおれの頭で考えていることだ。それはそうなんだけど。


 ケンタッキーの駐車場に車を停めた吉井はエンジンを停止し、ハンドルに突っ伏して目を閉じる。


 早く思い出飽和状態を終わらせるためには、ケンタッキーを使いつつ思い出に近づいたほうが効果的だと思ったが失敗だった、それは認める。もう飽和状態通り越して水浸しになってる。なんなら膝まで浸かってる。わかってるし、認めてるんだ。だから、もうやめてくれよ。というかちょっとエアコン止めただけで暑くなるのもやめてくれよ。


 吉井はエンジンをかけて、車内温度を下げるため最大限の調整をした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] きっついな! でもそうなる。 [気になる点] 意識の迂回なんですが 赤裸々って何が垢で 何が裸なんですかね。 唐突に気になってます。
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