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泥状のギギルコン「と」  作者: がら がらんどう
吉井とみきとみきと吉井
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第118話 というかお前も濡れている

 

 なんだ、これは。早朝、仕事のため事務所に来たススリゴは机にあった紙を手に取る。


 紙には「大事なものだけを持って今すぐ実家に来い」と書かれており、その内容からミナトロンのものだと分かったススリゴは、大きくため息をついた後そのまま事務所を出た。



「おい、誰かいるのか?」


 息を整えながら玄関のドアを開け室内に入ると、ススリゴは2階から降りてきた母親と目が合った。

 ススリゴは両手に持った荷物を降ろしながら、そのまま2階に戻って欲しいと母親に告げると、ススリゴの母親は、わかったわかった、と手を振りながら階段を上った。


 母親が2階に上がったのを確認してから、ススリゴは改めて周囲を確認しつつ食堂に入ると、「早かったね、すまんが先に飲んでたよ」食堂の椅子に座っていたミナトロンはススリゴにグラスを掲げた。


「何なんだ、一体」

 ススリゴはミナトロンのはす向かいに座る。


「まずいことになってねえ」

 

 ミナトロンは果実酒を口に含み、「うん、良くも悪くもない」と感想を述べながらススリゴの前にあるグラスに注ぐ。


「言ってるんだろ、朝は飲まないと」

「いいじゃないか、わたしはこのやり取りが好きなんだよ。本当はもう少しやりたいが、今回は急ぎの話だ」


 急ぎね。ススリゴはグラスを遠のけつつ、窓越しに庭作業をしている父親を確認した。


「あの黒髪の2人について第1師団が気にしてる。要は形跡を消したいみたいなんだ。あいつらに関わった人間を排除して、存在を無かったことにしたいというやり方だね」

 ミナトロンはグラスに半分程度入った果実酒を揺らす。


「無かったこと?」

「そのままだよ。それで色々やったんだが、わたしが救えるのはきみともう1人だけになった。あとは誤魔化せない。だからきみに選んでもらおうと思ってさ。両親以外いないだろ、きみが救いたい人間なんて」


 おれともう1人、か。よくない話だとは思っていたが。

 ススリゴが無言でグラスを差し出しすと、ミナトロンは嬉しそうに果実酒を注いだ。


「この家はどうなる?」

「うーん、人それぞれ感覚は違うと思うよ。まあ無くなりはしないだろうね、住めなくはなると思うが」

「じゃあ、おれの事務所は?」

「そっちは」

 ミナトロンは自分のグラスに果実酒を注ぐ。


「だめだね、完全に無くなる。それに関しては感覚の違いはないと思うよ」

「そうか」

 

 グラスに入った果実酒を飲み干し台所に向かったススリゴは、慣れた手つきで棚を開け、新しいボトルと包丁を手に取る。


「いつだ?」

「明日の朝にはすべて終わる。あ、そっちも味見していいかい?」

 ミナトロンは空になったグラスを差し出す。


 ススリゴはボトルをミナトロンに投げ、包丁を持ったまま椅子に座る。


「おれの身代わりを作って殺させ、おれはお前らが作った誰かに成りすますといったところか?」

 ススリゴは包丁を光に当てて研ぎ具合を確認した。


「そういうことだね。単純に入れ替えられれば楽なんだけど、さすがにそれは無理だったよ」

「だろうな」


 ススリゴは机にあったボトルを手に取り1/3程度入っていた果実酒を飲み干した。そして空になったボトルを少し眺めた後、床に投げ捨てて立ち上がる。


 割れたボトルの破片を大げさな素振りで避けたミナトロンは、別のボトルを手に取った。


「納得はできないが、やるべきことはわかってる。そういうところがきみのいい所だよ。いや、しかし今回は大変だった。さすがに死ぬかと思ったよ、2回ぐらい」

「よかったな、死ななくて」

「ああ、よかったよ。おかげさまで」

「じゃあね、わたしはここで見てるよ」

 ミナトロンは玄関から出ていくススリゴに手を振った。


 外に出たススリゴはしゃがみ込んで畑仕事をしている父親に声を掛け、その場に腰を下ろす。そして2、3言話した後、頭を抱えている父親を置いて家に入り母親と一緒に戻った。


 しばらく3人で話をした後、ススリゴと両親は立ち上がりそれぞれ1度ずつ抱擁する。


 次の瞬間、ススリゴは包丁を捨て、倒れ込む2人を両手で抱えながらゆっくりと畑に寝かせ、納屋にある農具と両親の寝室のカーテンを引きちぎって戻った。


「なるほど、こうなるのか」

 いつの間にかススリゴの後ろにいたミナトロンはしゃがみ込んで果実酒のボトルを置いた。


 ススリゴはミナトロンに目をやった後、2人をカーテンで丁寧に包みこみ、横に農具で穴を掘り始めた。


「少し計画に変更が必要だな」

「2人の希望だ。そっちでなんとかしろ」

「そうだね。ええと用意していた2人を返して、こっちはすでに死んでいたとすれば」


 それと誰かが情報を漏らした体を作らないと。結果こっちの2人が死んでいるならそれは第1の予定通りだ。後はその情報を漏らしたやつとその理由を作って放っておけば。ミナトロンは呟きながら一人うなずく。


「他人をどうこうする前にお前は大丈夫なのか」

 穴を一つ掘り終えたススリゴは、ミナトロンが置いた果実酒をラッパ飲みする。


「わたしはわたしの理由で、黒髪の男に関わった人間を全員処分してるんだよ。それは第1も知っている、というか第1に頼んだからね。それに他言もしていない。でも今回ので」

 ミナトロンは笑いながら続ける。


「6千万トロン掛かったんだよ。いや、まいったね。一連の金貸しの利益分を超えてる」

「そうか。礼は言わんぞ、頼んでないからな」

「いいよ、それは。それにほとんどがさ、上手く損をしたように見せるために必要だったんだ。実際きみを救う仕掛けに使ったのは2千万、後の4千万は2千万を自然に損したように見せるために使った。もうわけがわからないよ、はっはは」

「上機嫌だな」

 穴を掘り終えたススリゴは、そう言ってゆっくりと2人の遺体を穴に埋めた。


「そういう訳でもない、楽しむしかないから笑ってるんだよ。正直今回の件についてわからないことも多い。しかし第1が行動を起こすことは確実だ。そうなってくるとこちらも動かざるを得ないんだよ。でもまあわたしはいい、どうとでもなる。だがきみときみの両親はついてないというしかないな、あの2人に関わったというだけだからね」


 ススリゴは無言で2人を埋めた穴に土をかぶせ続ける。


「やはりね、わたしは思うんだよ。経験則で申し訳ないんだが、大きな力を持った者が存在すると絶対にそれ相応の人間が死ぬ。そいつが直接やらなくてもだ。これはしょうがない」

「お前はそう思ってればいい」

「そう思ってるよ。まあ多少の足し引きはあるが」

 ミナトロンはのんびりした口調で続ける。


「失われる命の方が絶対に多い。ほら、わたしがいたからこれまで多くの人が死んだ。そしてあの2人がいたからさらに多くの人が死んだ、これからも続くよ。それに暴力っていうのは連鎖する。ある程度の力が交わった場合は特に。ほらわたしと黒髪の男はうちで一度やり取りしただろ? そういうことがあると、結局どこかで関係のない誰かが犠牲になるのさ」


 ススリゴは思う。以前から今現在に至るまで、おれにはこいつの水気を帯びた下らない話を聞かないという選択肢が与えられていない。それはある種呪いに似たものである。こいつの言うことにはいくらでも反論はできし、無視することもできる。それら権利は与えられている。が、しかしそもそも話を聞くこと自体を拒否することは出来ないのだ。


「よし、終わったかい? ではわたしは行くよ。これが終わったらきみはコミュニティに来てほしい」

「わかった。行ければ行くよ」

 ススリゴは丁寧に土をならして立ち上がる。


「一応言っておくけどね」

 ミナトロンはススリゴの真横に立ち肩を叩く。


「きみの選択肢としては来るか死ぬかしかない。もっと言うときみが来ないと仕掛けがばれる。もう全部動き出してるんだ。だからわたしの立場が多少面倒なことになる」

「それはお前の都合だろ」

「ああ、そうだよ。わたしのやりたいことにはきみが必要だ。だから金も時間も掛けるし危険な橋も渡る。なぜならきみがいなくなったらわたしの目的は達成できない、ゆえにきみが死ぬのはわたしが死ぬのと同じだ」


 天気がいいな。空を見上げていたススリゴはミナトロンの話が自分を素通りしていくのを感じた。


「わたしの理屈で動く国を作るには、わたし自身が信じられる人間が1人は存在していなければならないんだよ。じゃないと意味がないし確認のしようもない。それがきみだ、今の所は」

「それは前にも聞いたよ」

「覚えていたんならよかったよ」

 ミナトロンはススリゴに笑いかける。


「それにきみにとってこれで2度目だ。元々きみが第1にやろうとしていることと、わたしがやりたいことは途中までは重なっていると思うけどね」


 そう言い残しミナトロンはその場から立ち去った。


 ミナトロンがいなくなってから2人を埋めた場所の土を軽く触り、ススリゴは家に戻った。


 大事なものを持ってこいか。食堂に入ったススリゴは、布袋に入れていた顧客名簿を取り出して部屋の壁に叩きつけ、この家に住んでいた時の自分の定位置に座る。


 ここに持ってこれる物となると客の名簿と金しか思い浮かばなかったな。まあいい、現状が理解できたよ。おれにはそれしかなかった。それはいいんだ、それはいい。


 ススリゴは果実酒をボトルのまま口にした。


 現時点では2人を逃がすのは不可能だった。モドキがいる中、入れない老人2人では他の街にたどり着けないだろう。仮に護衛を付けたとして発見された場合、その護衛は雇われた経緯まで含め調べ上げられ関係者全員が殺される。誰がそんな危険を冒す? 護衛をするものはともかく、発注するものは少なくとも状況を分かっているはずだ。普通はそんな無謀なことはしない。それに運よく街まで行けたとしてもよそ者が入ればすぐにばれる。だからといって森で生活なんてできるわけがない。一生護衛を付けるわけにもいかないだろう。


 考えを巡らせている中、家に火をつけるという考えが一瞬よぎったが、それこそミナトロンの思想と同様、自分の行動に自分で意味を持たせるだけだと思い、ススリゴは静かに家を出た。


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