第116話 毎回ずれるなら調整を
お、静かになった。何を運んでたんだろう。
人が出入りしている様子と上階からの物音が気になり、半ば強引に仕事に区切りをつけたタフタは、一度店から出て外階段で3階に上がりトントンと扉を叩き、返事が聞こえてから一呼吸置いて部屋に入った。
「急にごめん、何してるのかなって」
3階の部屋には長机が5、6台、また同様の数の椅子が乱雑に並んでおり、机を厚手の布で拭いていたサエランは汗をぬぐいながら、「あ、タフタさん!こんにちは」と笑顔で挨拶した。
「すいません、うるさかったですか?」
「あ、いや。店は1階だから大丈夫なんだけど」
「よかった。あと長机が1つ、受付用のが2つ来る予定ですけど、ここ広いのでまだ余裕あると思います」
「そうだね。ええと、じゃあまたなんかあったら」
「はい、また」
サエランは部屋を出ていくタフタに軽く会釈をした後、タライに入れた水で厚手の布を洗い、机を拭く作業に戻った映像からの切り替わりで少し前に遡る。
サエランが初めて燻製屋を訪れてから1週間後、再び店内で部屋代の交渉をしている時、以前住んでいた絵描きが置いて行った絵が数十枚あるという話になった。
絵に興味を持ったサエランが、気に入ったものがあったら部屋に飾ってもいいか。と訊くと、絵は全部父が貰ったものだ、もう亡くなっているので好きにして構わない。なんなら持って帰ってもいい。タフタは関心がない様子を全面に出して言った。
「あの、ちょっと見てきていいですか?」
「いいよ、ほら」
タフタは鍵をサエランに手渡した。
全然わからない。なにこれ? 部屋に入ったサエランは隅に重ねて置いてあった絵をいくつか手に取ってみたが、ほとんどが抽象画と呼ばれる類の絵で良し悪しを判断できなかった。
でも、何か、なんだろう。理由はないけど、せっかくだし貰っておこう。1階に戻ったサエランが1,000トロンで買いたい旨を伝えると、タフタは快く了承した。
「本当に1,000トロンでいいんですか? あの絵」
持ち帰りで3種の燻製を買ったサエランは改めてタフタに訊いた。
「十分だよ。それ以上の価値があったんならサエランさんに見る目があったということで」
「すいません。さっき見た時、正直全然わからなかったんですけど」
「あ、でも。もし、もしね」
タフタは上階を見上げる。
「あれにそのものすごく価値があった場合は、一応教えてもらえれば。お金が欲しいとかそういうんじゃないよ? 一応、ね」
「ああ、そうですね」
サエランは笑いながら燻製を受け取った。
「いいですよ。もしお金になるようだったらその時は半々で」
「いや、ほんとにちょっと知るだけで」
その後、やっぱり半々。ほんと大丈夫。いや半々。知るだけで。それはちょっと。本当に。やはり半々。とサエランとタフタは半々、大丈夫というやり取りを繰り返した後、サエランが提案した、半分の半分をタフタに残りを自分にという落としどころにタフタは納得した。
そして、ありがとう、また来ます。こちらこそ、ありがとう(軽く頭を下げる)ではまた(手を振る)といった流れるような挨拶を経て円満にタフタと別れたサエランは、その足でギルドに向かい、出入り口付近の棚に置いてある指定業者一覧から木材運搬を請け負っている商会をいくつか選んだ。
早く。早くしないと気づかれる、というか気づかれてる……。怪訝な目をしていた窓口職員に見られながらサエランは手早く紙に住所と代表者を書き写し、そそくさとギルドを後にした。
ここだよ、ね? 一度何かの用事で来たことあるから間違ってないと思うんだけど。
ギルドから1時間程歩き商会に着いたサエランは、玄関先に出てきた男に自分が欲しい机と椅子の形状を説明し、取引がある加工業者等でそのようなものを取り扱っている所がないかを訊いた。
当初、応対していた男は興味が無さそうだったが、運送代も含めて前払いすることをサエランが告げた途端に機嫌が良くなり、とんとん拍子で話が進んで搬入作業も滞りなく終わり、現在。
今日にある程度仕上げないと、次のお休みにはここで書けるように。あ、そうだ。こういう単純作業の時に続きを考えよう。ススリゴさんの所でお金の計算をしているときはやっぱり難しいから、でもその前に。
サエランは一度手を止め窓際に行き、外を眺めた。
3階ってやっぱり目線高い、気持ちいいな。ドア開けたらけっこう風も通るし、本当にいい所見つかった。しかも1階は美味しい燻製屋さんがある。
サエランは眼鏡を外して服の袖で拭き、厚手の布をタライの水に浸す。
こんないい条件なんだからできる限りのことをやっておこう。よし、単純作業に入った。行こう、ええと、この前書いた続きは、そう。お母さんだと思ったらお姉さんだった主人公が『例の紙』を使おうとするところ。隣の子どもの両親が亡くなってから数年後の話だ。
サエランは机を拭く作業に戻った。
その当時、主人公は殺したいと思うぐらい憎い人間がいた。棺の作成と葬式を一手に引き受けている業者の男、名前決めたよね? そうだ、ギュレロかレロギュ。うーん、別になんでもいいんだけど。とりあえずは葬式の男にしておこうかな。今は思考を止めないほうがいい。その葬式の男が両親が亡くなった後、隣の家の小説家の子どもに取り入ってひどいことをしたところまでは書いた。
それに気が付いたお母さんだと思ったらお姉さんだった主人公が正攻法で解決しようとするけどできなくて、それで例の紙を。でも主人公がこれを使うのを良しとすると、今後小説家の子どもとの違いがない、それはちょっと問題だよね。仮に主人公が使うとしたら、半信半疑だったという自身に対する言い訳かな。それを、
机を拭き終えたサエランが厚手の布を水を入れたタライに掛け、ふらつきながら長机を持ち上げていると、ドアを叩く音、そして、おーい、サエランー、いるのかー。とリュの声が聞こえた。
「へえ、思ってたより広いな。それに」
リュは長机の感触を確かめるように指でなぞる。
「なんかちゃんとした机だし」
「へへ、いいでしょ? それでこの長机を図形でいうと、そう。こういう形。左右に縦にして2台。窓際を上にして横向きに1台並べたいんだ」
サエランは指を動かしコの字型を作る。
「はいはい、それを手伝えっていうんだな」
「うん、1階に家主さんいるんだけど仕事も忙しそうで言いづらくて」
机を並べた後、「今からが本当に頼みたかったお願いなんだけど」サエランは両手をすり合わせつつ上目遣いでリュを見ながら、ススリゴの事務所2階から燻製屋3階に本を移したいということを告げた。
リュは本の量と現在地と事務所の距離を訊いたが、行けばわかるとサエランは半ば強引にリュをススリゴの事務所まで連れて行った。
「あのさ、さっきも言ったけど」
はあはあと肩で息をしながらリュは持っていた本を部屋の隅に置いた。
「この階段がきつい、道中の疲れが足にくるんだって。これ2往復が限界だわ」
「そうだよ、ね。もう今日は無理。あと1回で行けそうだから、あとはわたしが明日にで、も」
サエランはその場で膝をつき、机に体をあずけた。
「でも元々住んでた所から、さっきの事務所に運んで、それでさらにここに持ってきたんだろ? わたしならある程度処分するね」
呼吸が整い始めたリュは、置いてある本の中から1冊手に取ってパラパラとめくる。
「そうできればいいんだけど、どれも思い入れが……」
「わかったよ。ただ、次も手伝うかという保証はないからな!」
「うん、それは大丈夫な気がする。あ、そうだ。これからイイマ食堂行かない? 前ちょっと行ったとこ」
「いいね。今日は気持ちよく奢ってもらえるよ」
サエランとリュは燻製屋3階の部屋を出て、イイマ食堂に向かった。
「へー、自分と他人が書いた物を置いてねえ。それ商売になるの?」
定食を食べ終えたリュは果実酒を飲みながらサエランの話を聞いていた。
「わからない。けどどっちみちギルドにも戻れないし、他の仕事も考えたんだけど」
「要は本を売るんじゃなくてあの空間を売るってことでしょ」
「そう。みんなが書いた本をあそこに並べて読めるようにするの」
「まあ本っていうか紙の束ね。なるほど、自分が書いたものを置く場所代みたいなのと、あそこに入る入室料を取る、と。えー、ということは」
リュは腕を組んで考え込む。
「あ、それとね」
サエランは布袋から紙を1枚取り出す。
「こういう紙を作品の横に置いておくつもり。名前と感想が書けるように」
「あー、そうか。それなら場所が必要になってくる。ん、この横半分区切られてるけど『回数』ってなに?」
「それはね、あそこに来た人が本を手に取った回数を受付で数えておくの。それを書いた人が確認できるようにする」
「あのさあ」
リュは手に取った紙をサエランに返した。
「いいよ、それ。失敗すると思うけど面白い。要は入室料払って何回も見に来る人がいるかもしれないってことでしょ。でもこれ。いや、これもだな。サエランが1人で考えたわけじゃなくて前言ってた黒髪2人が関わってるんじゃない?」
「あ、やっぱりわかるんだ。ちょっとわたしなりに変えてる部分もあるけど。あとやっぱり失敗するかな……?」
「そりゃあ普通に考えればさ。場所代と入室料をどれぐらいに設定にしようとしてるのかわからないけど。でね、どんだけその2人と一緒にいたの? 物語だけじゃなくこんなことまで」
どれだけって。サエランは紙を布袋に戻しながら依頼を受けた日のことを思い出した。
「朝からお昼をちょっと過ぎたぐらいまでかな。夕方まではいってないと思う」
「え、そんな短時間なの?」
「だって、その。あの2人って」
「うん、なに?」
「簡単に言うと」
サエランは頭に浮かんだ言葉をいくつか並び替え、そして口を開く。
「あの2人って凄く喋るの。だから情報の量も多いっていうか。あの日もわたしは聞いてるので精一杯で、全然話についていけなかった」
その後も2人について熱心に話すサエランに、リュは時折自分のコップに果実酒を注ぎながら相槌を打つ。
「ごめん、関係ないことも言った。気にしないで」
「そこまで言われたらわたしも会ってみたいな。その2人に」
「そうだね、わたしも出来れば会いたいんだけど。ギルドに戻れるかもしれないし。あとさっきの失敗の話なんだけど。その、詳しい理由を……」
「うーん、だってさ。例えばね」
リュは自分の考えを話始め、真剣に聞いていたサエランは徐々に俯き、自然と眼鏡もずれていった。




