第115話 ひつまぶし
激しい争いが起こりました、血を血で洗う激しい争いです。どのような争いかと言えば、えー、そうですね。おそらく王位継承でしょう。兄弟で争ったんでしょう。そして、それに敗れた長男のジョージ、自動的に王になれると思って努力を怠ったジョージ、王になったら返すわ、が口癖だったジョージ、哀れなジョージ。
揉めに揉めた後、ジョージの側近、いや側近中の側近にします。が、命を引き換えに行った懇願により、ジョージは処刑ではなく追放という形となり、流れ流れてオーステインに辿り着きます。途中見届け役的な人も逃げたり死んだりしたので、ジョージは1人きりとなっていました。
ジョージは誰も見ていないのに川で顔を洗っているふりをして泣きました。顔を近くの葉っぱで拭いた瞬間、まったく水滴が取れなかったことから、なんて意味のないことをしたんだろうと後悔していたジョージは、雨が降ってきたことに気が付きました。これなら歩きながら泣ける。ジョージはそう思いふらふらと行く当てもなく進みます。
そうして歩いていると、道というか土の真ん中に人間が横たわっていました。ジョージが近づくと何かを言っているようです。一度素に戻ってしまったジョージは、また哀れなジョージに戻るため、思い出し怒り、思い出し絶望を経ていると、その人間は急に立ち上がりジョージが手に持っていた槍を奪おうとしました。そうです、言いませんでしたがジョージは槍を持っていたんです。
ジョージはブチ切れました。お前、せっかく入りかけたのに邪魔しやがって、そして一応元王族の槍を無断で手に取るなど。ジョージはその人間を蹴り飛ばし、バランスを崩したところを槍で突き刺します。腹部を貫かれた人間は死にました、即死でした。そして降り続く雨の下、ジョージは人間が死体になる過程を見ているときに、エモ言われぬ快感があったと聞いています。
それエモいのイントネーションだなあ。音で聞いたことなかったのか? しかしうなぎってなんだろう、毎週、いや毎月じゃないんだよ。年数回でいいんだけど、絶対必要なんだよな、人生に。吉井は余していたうざくに手を付けた。
ジョージは次の日も朝から同じ場所で立っていましたが、疲れて昼前には座り込んでいました。そうしているとまたいつの間にか人間が横たわっていました。今度は2人です。ジョージがしばらく観察していると、2人はよろよろと立ち上がりジョージを見つけました。そしてほぼ2人同時に爆笑しました。ジョージはブチ切れようとしましたが、昨日程怒ってないことに気が付き、近づいてきた1人が肩を叩いたり、持っていた槍を引っ張ろうとするまで我慢していました。
そしてその人間が何か大きな声を発しながらジョージに殴りかかろうとした瞬間、ジョージの口元がぎゅううっと歪んだと言われています。
それから長い時間が過ぎました。今はもう丘です、ジョージの面影はありません、これが。
みきはゆっくりと息を吐く。
「これが、わたしの推理の全てです」
「言いたいことは大体わかった。細かいところはいいとして、人間があのドーム丘のサイズになるっていうのはちょっとな」
「考えてもみてください。例えば、そう20年、20年ずっと落ちてきた人を槍でどうこうしていたら」
「うーん、20年かあ。どうかなあ」
「じゃあ、5千年! 5千年ならどうですか!」
「年間どれぐらいの、ええっと、きみの言う、罪を背負った、もしくは罰を受けるべき人があっちに行くのかわからんけど。あ、その対象って日本人だけ?」
「ええと、じゃあ世界規模ということで。あっち外国の人いたので。そして期間も2万年にします」
「2万年やり続けたらか。そこまで行くと何かが起こりそうな気もするけど」
「でしょう? そういう役割だったんですよ、ジョージは。いわゆる、番人? 執行人? っていうか。途中から丘でしたけど」
美味しかったです。食べ終えたみきは箸を丁寧に置き、お茶を飲んだ。
罪を背負った風を崩さず、かつ話しながらという器用な食べ方だったな。吉井はみきの所作に感心しつつ、やはり地酒というだけでなんとなく頼むのは間違っていたかもしれない。という思いを込めて半分以上残っている冷酒の徳利を眺めた。
「なるほど。えー、まとめると。いや、いいわ。まとめない。とにかくそういうことだときみは推理したわけだな。しかし確かめようがないという」
「そりゃあ、そうですよ。わたしは事実を語っている訳でありません、あくまで推理ですから」
みきはメニューを熱心に見ながら答える。
吉井はテーブルに置いた端末で「推理」と検索すると、関連ワードに「推測・推察・推定・推量・推理」の違いまとめと表示された。
あー、こういうことだ。全部きみの想像だろ、って思ったんだけど、なんか上手く言えてない感じがあって、すっきりしなかったんだよな。ええと、この場合だと推測、いや、どっちかっていうと憶測か。それ推理っていうか推測、いや憶測じゃないか。うん、こっちの方が返しとしてきれいな気がする。吉井が考えをまとめていると、「ねえ、吉井さん。これなんですけど」みきがメニューを吉井に見えるように置き指を差した。
「このひつまぶしって食べたことあります?」
「ある。おれは好きだね」
「わたし食べたことなんですよ。この機会を逃したくないんで、追加で頼んでいいですか?」
「いいよ、どんどん食べてくれ。おれが許可するようなことでもないけど」
すいませーん。みきは手を挙げて店員を呼び、ひつまぶしを頼んだ。
「また時間が掛かりますねえ。どうします? ジョージ追放の話を掘り下げますか?」
「いや、さすがにそれはひまつぶしにもならないと」
「あーあ」
みきはラミネート加工されたメニューをパタパタと畳み、テーブルの端に立てかけながら、あーあ、再度と口にした。
「あの、自覚なしのそういうところはわたしいちいち言わないんで。自分で気づいて後で反省していてください」
「よくわからんが、さっきの世界観と一緒にやっとくよ」
吉井は残った冷酒をちびちびと飲んだ。
あの丘、最初は人間だったっていう話かあ。人殺しがオーステインにどんどん送られてくるから、それを殺してちょっとずつ強くなっていった。そしてそれを2万年だかなんだか繰り返した結果、結果……? いやー、殺して強くなっていったやつがいる、そこまではいい。ただ何万年やろうが人は人、丘は丘って気が。でもなあ、それ言い出したら、じゃあなんで殺した相手のなんかを吸収できるの? ってなるもんなあ。その辺考え出したらもうどうしようもないっていうか。ただね、あっちも気になる点はいくつかあったよ。あったけど、いうほどめちゃくちゃでもなかったんだよなあ。中世風は一応守っていた。それにマッチポンプ感がなあ、あっちに行くのが罪、いや罰だとしたら、最初から設定されてないとおかしいもん、海とか山みたいに。じゃないと罰、が。
あ、違う。吉井は思い直した。
そうなってくると中世風世界がおかしなことに。そっか最初はあそこ素通りじゃないと発展しないもんなあ。で、ある時に丘ができたから、それでって。いや、待って。こんなのを真剣に考えたところで……。
「ねえ、吉井さん。わたしの推理を検証しているぽい雰囲気の所申し訳ないんですけど」
「うん、実際そうだったよ」
「前言ってたじゃないですか? 廃校舎(木造)なら押せるって」
「あったね。そんなことも」
うな重を食べ終えた吉井が箸を置くと、タイミングを見計らったように店員が新しいお茶を持ってきた。
いいじゃないか。うなぎを食べた後、冷房の効いた部屋で飲む熱いお茶。最高だよ。吉井は丁寧に礼をいいお茶を受け取る。
「ひつまぶし待ちのこの時間に、押しに行く校舎決めちゃいません?」
「いいよ。じゃあまたお互いに探してってやり方で」
吉井は「横浜」「廃校舎」、みきは少し悩んだ後、「廃屋」「研究所」で検索を始めた。
ねえ、吉井さん。富山にバイオハザード研究所ってあるんですけど。ほー、なかなか興味深いな。せっかくだからここにしません? どうせ押すなら研究所の方が盛り上がりますよ。んー、でも研究所なんだろ?いいのかなあ。大丈夫ですよ、廃になってるみたいだから押しても問題ないかと。えー、富山、ね。あー、はいはい。これか、でもここは単純に経営に行き詰って適当に放置してある施設って感じだけどな。だってバイオハザード研究所ですよ! ただ事ではない雰囲気あるじゃないですか。まあそりゃ字面だけ見れ、あ、でもそれ通称っていうか誰かが勝手につけてるだけみたいだけど。はいはい、そうやって馬鹿にしてればいいですよ。そのパターンだと吉井さんがわたしの目の前でなんかやばそうなの打たれますから。いやー、きみはわからないかもしれないけど、おれ意識あったら正直大抵のことはどうにでもなるんだよなあ、それぐらいつええんだよ。ウェスカー数体程度じゃどうにもならんっていうか。え、それ誰ですか? まあいたんだよ、過去においてそういう人っていうか生き物が。へー、自分の強さを説明するときは、もうちょっと一般的なのと比べたほうがいいですよ、赤カブトとか。ん、なにそれ。知らないんですか? 熊ですよ、熊。熊なのにカブト? あー、もう。犬が熊と戦う漫画あるんですよ。それに出てくるばか強い熊です。わたしは小さい頃それと静かなるドン、あと7人の警官がバイクに乗って銃を撃ちまくる漫画をずっと読んでたんです、家にあったのそれだけだったので。ほー、今度読んでみるよ。はい、ぜひ自分のお金で買って読んでください。うん、それは大事なことだよな。やっぱり金を、
「あ、ひつまぶしだ!」
みきは会話を遮り、店員に頼んだのは自分だと身振り手振りでアピールした。
みきの目の前にお盆を置いた店員が、ひつまぶしを食べるのは初めてなのか? とみきに確認すると、みきは一拍置いた後、「はい、今日初めて食べます」と真剣な表情で店員の目を見て言った。
それを聞いた店員は、あくまで自由だがこうしたほうが美味しいよ、と前置きした後、手順を説明しお茶のお代わりを入れて離れた。
「わかったよ、富山ね。とりあえずこの辺の廃校舎やって納得できなかったらにしない?」
「いいですよ、それで。わたしはさっきの研究所しか見てなかったんですけど、吉井さんいい廃校舎ありました?」
半分を普通、残りをだし汁、さらにその半分を食べてから薬味。みきは店員とのやり取りをつぶやきながら手順を確認していた。
「ああ、この辺なんてどうだ? 近いぞ」
さっきの手順ってそこまで確認するようなことか? 吉井はみきに端末の画面を見せた。
「はあ? もろに市街地っていうか、横にマンションあるじゃないですか! こんなとこで押せませんよ!」
「ちょっと押してすぐ戻すから別に大丈夫じゃ」
はあ、なんでこんな。みきはだし汁をかけていない状態のひつまぶし(うな重)を一口食べた。
「誰が見ているかわからないんですよ? そういう油断から小さなほころびが、いつしか大きなほころびになるんですよ。忘れたんですか? わたし達は何度も見てきたはずです、そうやってほころんでいく場面を」
「ああー、まあ、うーん。まあ、な。今は具体的に思い浮かばないけど」
「時間は深夜、場所は山の中、廃校舎になって最低10年、この辺りは譲れませんね」
「でもさ、よく考えたら別に廃校舎じゃなくても、ある程度重ければなんでもいいんじゃ」
「逆に聞きますが」
みきは注意深くだし汁を掛け、箸から木の匙に持ち替えた。
「ある程度重くて、あまり人に迷惑かけずに押せるもので、尚且つそれが人目に付かない場所にある。そんなのありますか? 廃校舎以外で」
「えー、そう言われたら……」
吉井が廃校舎以外の可能性を考えていると、「吉井さん! これ、すごいです! 吉井さん!」みきは興奮した様子でひつまぶしが入った器を指した。
「うんまい! なにこれ、うんまい! すごい発明ですね! だし汁とうなぎの、この、このうなぎの、うなぎが香ばしいのが、だしが、だし汁でより分かるっていう。そして食べているとほろほろと口の中でうなぎがほどけて、それでまた味が、なにこれ! 最初の半分もこれで食べればよかった! だってわたしさっき食べてたから味知ってたし、あー、失敗した!」
その後も、うんまい! と、失敗した! を連呼しながらひつまぶしを食べているみきを見ていた吉井は、ちょっとトイレに、と言って席を立ち、カウンター横に立っている店員に声をかけ、そこにいる小上がりの席の客としてひつまぶしを注文するので、それを「勘違いで2つ目を持ってきてしまった」「どこかのやり取りで2つ注文を受けたということになってしまった」といった体で持ってきてくれないか。吉井は頭を下げながら丁寧に頼んだ。
当初不審者を見るような目で吉井を見ていた店員は、話を聞いているうちに吉井がみきを驚かせるために頼むという解釈をしたようで、最終的には、わかりました。と笑顔で答え伝票に記載した。
30分は掛かるって言ってたなあ、まあ最悪ジョージの話でも。トイレから戻った吉井はひつまぶしを注文した店員と目が合ったので、変な注文ですいませんがお願いします。通りがかりにそう言い、もう一度頭を下げた。




