第114話 罪(罰)
うなぎ屋の選定は、みきが「掛け軸が飾っているところがポイント」という個室のみで形成された店を選んだのに対し、吉井は小上がりがある小規模の店を押した。
なあ、うなぎっていうのは焼いている過程も楽しむもんだ。その音や匂いそれらを我慢して我慢して辿り着いた先に食べるうな重、それはそれは素晴らしいもの(らしい)。だからきみの個室のある店、そこはいい店なんだろう。が、うなぎではない。という吉井の説得にみきは全面的に応じ、吉井が選んだ店に向かった。
「そうそう。ラカラリルドムの話だろ?」
うな重(特上)を2つ、そしてうざくとう巻きを注文した吉井は、つまみを2個頼むのは正しいことなのか? 裏に回ったさっきの人は笑っていなかったのか? と後悔しながら先に来たビール瓶を傾ける。
「そうですねえ。待つ時間を有効に使いすぎて嫌になりますが」
みきは温かいお茶が入った湯飲みを両手で包み込む。
「具体的には何なの?」
「ラカの成り立ちの推理です。ほら、こういうときにあのアニメは役に立つんですよ。日常は推理の連続ですから」
「あー、あっちの世界観について推理したっていうことね。あ、どうも」
吉井は着物をきた女性からうざくとう巻きを受け取り追加で冷酒を頼む。
世界観、ほら世界観、また世界観。なんでもかんでも世界観。みきはぶつぶつとつぶやいた後、うなぎ来るまでには終わりますからと前置きをした後、「今から、あっちの世界観、と口にした吉井さんを怒っていいですか?」対面に座った吉井を見据え、静かに言った。
怒られるのか、嫌だなあ。吉井は思ったが、2つ頼んだつまみと冷酒で何とか持ちこたえようと決め、少しでも長く間を持たせようとう巻きを箸で半分に、少し迷ってさらに半分にしてゆっくりと口に運ぶ。
「はい、食べましたね? もう怒られてない状態で味わったからいいですよね? じゃあ怒ります。わたし前からなんですけど、中二病、もしくは厨二病、あと世界観っていう表現嫌いなんですよ。これ本当なんですけど、その2つの単語、今日初めて口に出しました。理由としては、なんでしょう、思考のハンドルを相手に放りなげている感じがするんですよ、自分の車なのに。で、みんな事故が起きたら、いやー、中二病のせいだよー、って逃げるんです、そうじゃない人もいますけど大抵逃げます。でも逃げなかったからと言って別に褒められたことじゃないですよ。むしろ当たり前というか、だったらそんなこと最初からしなきゃいいってだけの話ですから。故にそんな卑怯な運転、二度とわたしの前でしないで下さい」
思ったより難解な怒り方だな。さっきのつっこみがどうとかで思い出したんだろうけど。吉井は透明なグラスのお猪口に冷酒を注ぐ。
「でもそんなこと言い出したら会話なんて出来ないだろ。そういうの結構あるぞ」
「明確に違います。それに関しては何度も自分の中でやり取りしました。結果、明確に違います。だって中二病や世界観は状況に応じて他の言葉で代用できますから。慢性腎不全は慢性腎不全、白亜紀の世界は白亜紀の世界です。何でもかんでも『ああ、そういう世界観ね』って言えばいいと思って」
まだいけるな、反論の余地はある。吉井はお猪口の冷酒を一息で飲んだ。
「じゃあ、あれかい? きみ的には『ルビ付けたらなんか上手いこと言ってる表現を好む感じ』とかならいいのか」
「それならいいですよ、具体的ですからね」
ええと初めて使うな。どうすんだ? っていうかさっき前の読み直したら勝手にルビ付いてたんだけど。ここでルビの話しようと思ってたのに、完全にふりが死ぬじゃないか。とりあえず修正してからだな。
「ギギルコンとかならいいってことだろ」
「はい、そういうことです。いまそれ? 感は無視しますけど」
「おっけえ、おっけえ。中二病についてはわかった、今後表現を改める。世界観については今度直す。だから先に今謝っておくよ、すまん。よし、ラカラリルドムの成り立ちの方に」
「謝ればいいってものでもないですけど、謝らないよりはいいです。で、わたし思った、いや、わたし推理したんですけど」
みきは吉井のう巻きを一切れつまみ続ける。
「あっちの世界って、こっちの人が死んだら行くとこなんじゃないかなって」
死後の世界ねえ。吉井は話を聞いている雰囲気を全面に出しながら、さりげなくメニューを手に取り次に頼む日本酒を選んでいた。
「で、もっと言えば人を殺した人、殺人を犯した人間が死んだら行く世界だと思うんですよ」
あー、一応おれとの共通項を探しだろうなあ。しかしなかなかきつそうなのを、って。あれ、じゃあ。吉井はふと思いついて箸を置いた。
「ちなみにきみって一回死んだの?」
「死んだかどうかはわからないですよ。ただ思い出せる最後の記憶が、自転車で牛乳を買いに行った帰り、ここまでは確かなんですよ。で、次の瞬間のが道路上で吹っ飛んでたっていう。誇張なしに歩道橋ぐらいの高さまで。だって渡ってる人と目が合いましたから」
「えー、おれはどうだったかなあ」
空の徳利をテーブルの端に置き、吉井は自身の記憶をたどる。
確か、ええと。そうだ、スマホの充電をしてるときに、こっからここまで入っていいよーって番号呼ばれたんだ。それで入る前の改札的な所に行こうとして。あれ、おれ改札的なとこは通ってない。そこに行く前に、あー、そっか。倒れ込んだような、胸が苦しかったような、かなり強引だけど言われてみれば。えー、でも死んだ感はなかったけど。苦痛を伴う記憶は無くなってるとか、そういう都合のいい感じなのかねえ。しかし牛乳を買いにって、また話が。まあいいんだけど。
「どうですか、思い出しました?」
みきは皿をテーブルの中央に引き寄せ、再びう巻きを一切れつまむ。
「うーん。わからないけど、わからなくはないぐらいだな」
「正直そこの前提の所でつまずくとは思いませんでしたよ。何の理由もなくあんな世界に行くわけないじゃないですか」
「いや、理由があるから行くっていうのも相当きついぞ。誰かを殺した人間が死んだら行くっていうのも含め。それにその理屈だと基本高齢者が集まることに」
「全員あの凶悪な丘周辺からスタートですよ? ゆえに19歳だろうが78歳だろうが結果は同じです。そして、あ! 来ました」
みきと吉井はそれぞれうな重を受け取り、吉井は追加の冷酒を注文した。
「そして、わたしが思うに」
みきは重箱の蓋をゆっくりと開ける。
「もう一度死ぬこと。それがわたしたちの『罪』です」
罪を背負った風の「いただきます」の仕草の後、みきはうな重を食べ始めた。
「そこは『わたしたちの罪』っていうか、『わたしたちへの罰』じゃない?」
「はいはい、そういう言葉遊びはいいですから。ほら、美味しいですよ」
みきは吸い物を飲みながら、吉井に食べるよう促す。
人を殺した人間が死んだら行く世界って言われてもな。それに基本スタート地点で即死じゃ大した罰でもないんじゃ。吉井は結局手を付けなかったうざくを気にしながらうな重を箸で均等に分け始めた。




