第111話 いつもの部屋
みきが見つけたあんかけ焼きそばの専門店まで現在地から車で42分掛かることがわかった2人は、どちらからともなく、そこまでする必要ないんじゃない? ということを言い始め、たまにはカップ麺を食べることも必要だ。という吉井の提案にみきが乗っかったことにより、吉井のタイミングでどこかのコンビニに寄った後、マンションに戻ることとなった。
「じゃあ、わたし先に行ってますから」
紆余曲折を経てマンション敷地内に到着し、みきがレジ袋を持って車から降りようとした時、「なあ、駐車場の場所ってどこ?」吉井は辺りを見渡して言った。
「場所? なんのことですか」
「あ、ごめん。まだだった。勘違いしてた」
「ほぼ言っちゃってましたけど途中で気付いたのはよかったですね」
みきはドアを開けて車を降りた。
そうだ、空いてるっていう情報だけだった。早く契約しないとなあ。吉井は最寄りの有料駐車場に向かったが、空いているスペースが現在の吉井の運転技術で駐車できる位置ではなかったので、車で5分程度離れた広めの駐車場に車を停め、能力を使った状態で走って戻った。
暑い時に熱いものを食べたい。カップ麺を食べることに同意したんだから、食べ方はわたしの意見に従うのが筋だと思う。みきは電気ケトルをバルコニーのテーブルに置くための延長コードをゲーミング部屋の棚から探しながら、部屋に戻ったばかりの吉井に言い切った。
吉井はお湯沸かすところからから室外にこだわるみきの意欲に驚いたが、まあ別にいいか。と軽い気持ちで棚から延長コードを取り出して渡し、ビールとコップを持って外に出た。
「おいしいですか? それ」
「そうだな。おいしいよ、暑いけど」
バルコニーのテーブルで吉井は日清カップヌードル、みきはマルちゃんごつ盛りコーン味噌を食べており、3口目を口に運んだあたりから吉井の額からは汗が次々と流れ落ちていた。
20時過ぎてんだけどなあ。大体にして今何度だ? 吉井が端末で気温を確認した後、ふと向かい合わせで座っているみきを見ると、テーブルに置いたガーゼタオルのようなもので何度も汗を拭っていた。
「なあ、そのタオルさ。最初から用意してたってことは」
「そりゃあ真夏の夜に屋外でカップ麺食べたら暑いに決まってるじゃないですか。あって当然ですよ」
「うん、そうだよな」
吉井は納得してビールを飲んだ。
「あ、カップ麺に関してなんですけど」
「ほう、なんだい」
「こういう、プラの容器に入ってお湯を入れて作るインスタントの麺類、焼きそばとかも含めてなんですけど、わたしはマルちゃん以外食べないって決めてるんですよ」
「へえ、いいね。迷わなくて」
「でも2つだけ。日清のカップヌードルとチキンラーメン。これだけはどうしょうもないじゃないですか。マルちゃん派といえど食べざるを得ないっていうか」
「まあ元々何食べてもいいんだけどな」
あー、あっちは涼しそうだなあ。吉井は窓越しに明かりが点いた室内を眺める。
「んでどうなの。そのごつ盛りって。うまいの?」
「は?」
みきは箸を置いて吉井をにらむ。
「マルちゃんに対する悪口ですか? わたしに言うのはいいですけどマルちゃんに言うのは許せないんですけど」
いや、きみに言ってるんだけど……。吉井は思ったが暑さのため一旦思考を停止し、冷静さを取り戻してから話題を変えた。
「あ、そうだ。きみは、えー、なんだっけ、後入れ的な調理油みたいなの蓋の上で温めてたよな。そういうことをちゃんとするぐらいマルちゃんが好きなんだなあ」
「吉井さんはどうしてるんですか」
あ、まずい。絶対これ言ったら怒られる。吉井は一瞬躊躇したがもう戻れなかった。
「おれは全部最初に入れる。でもその気持ち固い油的なのに重点的にお湯を掛けるようにはしてるよ」
「あーあ、そうなんですね」
みきは容器に口を付けてスープを飲む。
「大人にしては非常識な所があるとは知っていましたがここまでとは。ねえ、吉井さん。あなたはマルちゃんの開発の人より自分が優れていると思っているんですか?」
「いや、そういうことでは。実際何回か試したんだよ。結果おれには違いがわからなかったという」
「それはマルちゃんのどれですか?」
どれって言われてもなあ。大体にしてマルちゃんかどうかすら。吉井が言い淀んでいると、みきは急に立ち上がりテーブルに置いていた端末を手に取った。
「わたし今から同じの買ってきて、正しい作り方、吉井風作り方の両方を、吉井さんの目の前で食べます。そして違いを言い当てます。マルちゃんをばかにされて黙ってはいられません」
「だからな、違うんだって。どっちかっていうとおれがばかなんだよ。おれの舌がばかなんだよ。っと」
前のめりになった吉井は割りばしを落とした。
「うん、それをわかっているならとりあえずは良しとしましょう。あ、わたし新しいの取ってきますよ」
みきが窓を開けて室内に戻るのを見送り手持無沙汰になった吉井は、日清カップヌードルを脇に寄せビールを一口飲む。
やだなあ、ぬるいなあ、テンション下がるなあ。ぬるいなあ、やだなあ。うじうじしつつみきのマルちゃん愛について考察していた吉井がふと室内を見ると、ソファーに座って端末を操作しながらコーラを飲んでいるみきが目に入った。
おい、あいつ暑いから部屋に戻りたかっただけじゃないか……。自分から外でって言いだしたからタイミング探してたんだな。結局ね、暑い時に熱いものを涼しい部屋で食べるのがいいんだよ。寒い時にアイスを暖房の効いた部屋でっていうのと同じ理屈でだな。あー、でもバーベキューは。まあいいよ、おれ別にバーベキュー好きじゃないし。
お、気付いた。これで知らなかったは無理があるぞ。吉井が手を振ると、ソファーに寝そべっていたみきはのそのそと立ち上がった。
「はい、吉井さん」
コーラを持って戻ったみきが差し出した鉄製のフォークを見た吉井は、「おい! それはだめだって!」と顔を手で覆った。
「え? なんですか、その反応は」
「その鋭利なフォークだよ! 尖端恐怖症の人に向けていいもんじゃないからな!」
あー、はは。ははは。渇いた笑いと共にみきはフォークを逆さに向けてテーブルに置いた。
「全世界の人その設定忘れてましたよ。冗談抜きで」
「おれは忘れてない。ティッシュかなんかで包むか部屋に持って行ってくれよ。というかなんで箸じゃなくてフォークなんだよ」
「え、だって浅間山荘事件の時、テレビ中継で警官がカップヌードルをフォークで食べているのを観た国民がもろにその影響を受けてたんでしょ。それ以降に日清カップヌードルはバカ売れ、そして食べるときはフォークを使うようになった。って聞いてるんですけど」
「おれさ、その山荘の話よく知らないんだよ」
吉井は端末で、浅間山荘事件カップヌードルの画像検索をした。
「おいおい、1972年って。そんな前の話なんだ。あー、はいはい、これね。わかるわ。確かに箸ではないな」
「そうですよ。わたしも見たことありますもん。何か1本なんですよ、使ってるの」
「でもおれの周りは普通にコンビニの割りばしで食べてた気がするけど。きみはどうなの?」
「どうって。あのねえ、吉井さん。わたし14歳であっち行ったんですよ? 友達と日清カップヌードルを食べる機会なんてそんなに無かったっていうか」
「言われてみればそうだな。よし、その危険物を貸してくれ」
「危険? ああ、フォークですね。というかなんでフォーク買ったんですか?」
「それはだな。セットだったんだよ、他の内容がよくてさ。バラで買うより得だったから」
「健康はお金で買えないですよ。そんなこと気にしなければいいのに」
「食器に関してはそうするよ、じゃあ割り箸取って来るわ」
みきからフォークを受け取った吉井は部屋に入った。
「どうですか? 割り箸で食べると」
みきはかぶっていたキャップを脱いでクルクルと回した。
「元々食べてるし、今日も食べてたからな」
完全に伸びきってるし全体的にだるだるだ、がしかし。吉井は瓶ビールの蓋を開ける。このビールは完全に冷えきってる。それで気分的にはプラスマイナスで言うと、プラスだ。
「きみはあれだ。どこで見たんだ? フォークを使って食べてい」
あ、これ。吉井は言葉に詰まった。
やばい、これ絶対あれだ。おじいちゃんだよな。吉井は箸を置いてビールが入ったコップに手を伸ばす。
「そんなわかりやすく反応されると笑えないものも逆に笑えますね」
みきはにっこりと笑って吉井を見て、「さっき車で話しますっていった後、続けますって言ってたんで、これから話します」姿勢を直して真剣な表情になる。
「いや、うん。まあ、それはだな」
吉井はどこを見ていいかわからなかったので、ふと夜景の明かりが気になった振りをした後、口を開く。
「よし、きみの話を聞く前に。その前にだ、おれの話をしよう。おれも、そうだな。きみの、いや、きみと同じかどうかわからんが。なんていうか以前に、結構前に、結果的にはだけど、人の死に関わっている、というと逃げだな。実際にはおれが殺したと言われても、っていうのも逃げか、おれが、そうだな。おれはおれの意志で人を死に追いやったことがある」
え……? みきは持っていたキャップをテーブルに置いた。
「だからまあ言い方はおかしいが、きみはそんなに気にしなくても、ってさすがにやっぱりおかしいな。ごめん、そういうことではない」
「いくつか、いくつか質問いいですか?」
みきは俯きながら尋ねる。
「ああ、いいよ」
長くなりそうな予感がした吉井はコップにビールを注いだ。
何歳ぐらいの話なんですか? んー、9歳、だな。きゅ、9歳!? やりすぎっていうか、早過ぎっていうか。場合によっては10歳かもしれんけど、まあ9歳だ。わかりました、続けます。みきは着ていた白のタンクトップのストラップ部分を直す。
「後悔してますか?」
「していない」
「罪の意識はありますか?」
「ある」
「もう一度戻れるとしたら同じことをしますか?」
「それ後悔とかぶってないかなあ、そしてする」
そうですか。うん、わかりました。みきは空になっているマルちゃんごつ盛りの容器にゴミを入れ始めた。
え、終わり? 思ったよりあっさりだな。吉井はビールを一口飲んでコップを置いた。
「もういいのか?」
「はい、大事なところは聞けました。あとは吉井さんの場所なんで」
「よし、いいなら戻ろう。あとさ」
吉井はみきの全身を見て言った。
「その白のタンクトップにキャップ、デニム生地の下って。どういう意図があるの?」
「肉体的、精神的にタフな女性の夏服は絶対これですから。前から着たかったけど世間とのギャップから諦めてたんです。でもここわたしのいたセカイじゃないんで、別にいいかなって。でも感想遅すぎません? 昼からずっとこれなのに」
「いや、言おう言おうとは思ってたんだよ。でも毎回ちょっとしたこのタイミングの、この」
「でも違和感があったんならよかったです。これが普通だと思われても困りますからね。ほら、早く戻りましょう。いつもの部屋に」
そう言ってみきは足で窓を開け室内に入る。
いつもの部屋ね。吉井は少し迷った後、食べ残していたカップヌードルを一気にかきこんだ。




