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第七十八話

 それからというもの、姫様の専属料理人として忙しい日を過ごした。

 早朝、王宮からの迎えの馬車に乗り込み、仕事が終われば研究所まで送ってもらう。三食送迎付きという何とも贅沢な待遇。

 そして仕事といえば今までこなしていた掃除や洗濯もなく、料理に関することだけだ。姫様本人やナターリエ様からその日のメニューを募り、業者さんから食材を受け取るついでに翌日の発注、あとはごはんを作ることに専念する。単純だけれど、気は抜けない。

 だけど王宮にいることにも日毎慣れていき、休憩時間には使用人の方々とお喋りまでするようになった。彼女たちはわたしの料理を気に入ってくださったようで、雑談中にこっそりリクエストされることも。姫様側からの要望が特になければ、他の方のメニューを採用したりもした。メニューを考えるのって中々大変だからね。


 そして夜になると、時々ブライル様とフェリ様がおいでになる。もちろん姫様と夕食をご一緒する為だ。だけどお二人の顔を見るだけで、知らぬ間に緊張していた心がほっと息つくのがわかった。もしかしてあのお綺麗な顔面にはヒーリング効果があるのかもしれない。……いや、フェリ様はともかくブライル様はないな。

 そしていつもは静かな食卓も、姫様とフェリ様が話に花を咲かせていてとても雰囲気が良い。うち一人がブライル様なので賑やかとまではいかないけれど、中々に明るくて楽しそうだ。

 というか姫様は婚約者であるブライル様よりもフェリ様の方に多く話しかけているような気がする。フェリ様とは同性の幼馴染みという気安さもあるのだろうけれど、それよりもきっとブライル様に話を振っても彼の反応が薄いからだろう。姫様、諦めてはいけません。貴女の婚約者はごはんと甘味に集中しているだけなのです。

 なのにブライル様ったら食事が終われば終わったらで、姫様よりもわたしに話しかけてくるのだから堪らない。お互い様だろうけど、もう少しご自分の婚約者を大事にしてほしいと思う。姫様はお喋りに夢中でに気づいていないかもしれない。しかしこちらとしては正直ヒヤヒヤなのだ。




「ねえ、リリアナ。今日はジルヴェスター様いらっしゃらないの?」


 ある日の休憩中、側仕えのエリーザ様にそんなことを訊かれた。何故だか瞳をキラキラとさせている。その隣で同じように知りたそうにしているのがラウラ様。使用人の中でも特にわたしに声をかけてくださるご令嬢二人だ。


「ブライル様ですか? 来訪の先触れは本日いただいてはいませんが」

「あらぁ、そうなの」

「じゃあフェリクス様もいらっしゃらないのかしら?」

「ええ、おそらく」

「「はぁ〜……」」


 二人があからさまに残念がっているから、どうしたのかと訊ねる。


「何かご用でも?」

「いいえ、用なんて。今日もジルヴェスター様にお目にかかれるのかしらとちょっぴり期待していただけよ」

「はあ、お目にですか」


 んんん?

 何ともない風な笑顔で返されたので、思わず流しそうになったけど、ちょっと待ってください。それってブライル様に会いたいってことですよね?

 素早く辺りを見渡し、わたしたち以外誰もいないことを確認すると、すすす、とエリーザ様に近寄り、なるべく小声で耳打ちする。


「……あの、違っていたらお許しください。もしかして、エリーザ様はブライル様のことが、お好き……なのです?」

「好き?」

「その、異性として……」


 こんなこと誰かに聞こえでもしたら大事だ。するとエリーザ様は一瞬きょとんとして、すぐにプッと噴き出した。


「いやだわ、リリアナ。ただあのお顔を拝見したかっただけよ。勘違いしないでちょうだいな」


 ラウラ様も笑っているということは、エリーザ様と同じ気持ちなのだろうか。

 まあ確かにブライル様の顔面はお綺麗だけど、でも……


「ブライル様は姫様とご婚約されているのに、ですか?」


 自分とは結ばれないとわかっているのに、その感情って不毛ではないだろうか。……あれ、何だろう? わたし自身がそう答えを導き出しておきながら、ざくざく心臓が抉られているようだ。これが噂のブーメランってやつ?

 なのにエリーザ様とラウラ様は真剣な目で訴えてきた。ちょっと怖い。


「いい? リリアナ。美しいものを愛でるのに、誰のものかなんて関係ないわ」

「……そんなものです?」

「例えばそこらに飾られている美術品はすべて王族の物だけれど、わたくしたちがそれを見て美しいと感じることは許されているわ」

「だからジルヴェスター様の美しさをこっそり眺めることだって誰の許可もいらないのよ」


 いやいや、見られる側のお気持ちは? そもそも人間と美術品を同じにしてはいけないと思うのだけれど。


「それに姫様からはジルヴェスター様の人柄が垣間見れるお話も聞いているから、わたくしたちでは相手にならないとちゃんと理解しているもの」


 ブライル様の人柄?

 仕事の虫で、食べることが異常に好きで、特にスイーツ大好き。その外見から女性にモテるらしいけど愛想はないどころか無表情で、結構な毒舌家。これだけ並ぶとヤバい人に思えてくる。なのに何故か憎めないのは、彼が優しいからに他ならない。しかしその唯一(?)の長所も言葉足らずでわかりにくいときている、多分王都一の残念美青年なのだ。

 そんな失礼なことを考えていると、今度はエリーザ様が耳打ちをしてきた。


「……それにここだけの話、婚約といっても形だけなのではないかとわたくしたちは疑っているの」

「え!?」


 何かとんでもないことを聞いてしまったのだけれど!?

 仮にも王族の婚姻。その疑いは不敬に当たらないかしらとドギマギしていると、内緒よ、とエリーザ様は更に続けた。


「お二人ともとうに成人を過ぎているのだから、普通なら結婚していてもおかしくないじゃない?なのに姫様の方では未だにその用意も始めていないの。それに婚約の発表さえ公にはしていないわ。何ならずるずると引き延ばしているように思えるくらい」

「それはそうですけど……」


 言われるとおかしい気がしてくる。一般の貴族ならまだしも、確かに王族の婚約なのだから、大々的に発表するのが普通だ。だけどわたしはエアハルト様に教えてもらうまで知らなかった。ブライル様の弟子になって結構経つというのに。


「わたくしたちは姫様に仕えているからお二人の婚約を知っているけれど、知らない貴族も多いらしいじゃない」

「だから今でもジルヴェスター様にアプローチする女性が後を絶たないって聞くわ」

「モ、モテモテなのですね」


 わたしは研究所にいるブライル様しか知らない。だから彼が出掛けている間、一体どんなことが起こっているのやら。

 以前いちゃもんをつけていらしたベルティルデ様御一行も、あの時の発言を鑑みればブライル様に懸想しているように思える。わたしに対してはあんまりな態度だったけれど、ブライル様本人にお会いすれば、そのアプローチとやらを仕掛けているのだろうか。


「まあ、誰も相手にされていないようだけど」

「わたくしが現場を見かけた時は、何か思案されていたのか難しいお顔をされていて。そんな時に話しかけた強者がいらっしゃって、結局無視されていたわ」

「あ、それは想像できます」


 仕事のことをと思いきや、きっと晩ごはんのことでも考えていたのだろう。タイミングが悪かったとしか言い様がない。


「でもなぜかしら、ジルヴェスター様ってば貴女にだけは心を許している気がするわ」

「え?」

「そうよね! わたくしもそう思っていたのっ」


 エリーザ様の言葉に、ラウラ様が興奮気味に身を乗り出してきた。突然どうした。


「そんなことはないと思いますけど。わたしなんてただの食事係ですし」


 一応否定してみるが、ラウラ様の方が更に強くかぶりを振った。何というか、彼女からの圧がすごい。


「いいえ、立場なんて関係ないわ! だって貴女にはご自分から話しかけているじゃないの」

「食事の内容とかを訊かれるだけですよ」

「それだけじゃないわ。不便はないか、疲れてはいないか、と貴女を気遣うような言葉をかけていたの、わたくし知っているのよ」


 ご令嬢が聞き耳を立ててはいけませんよ。

 しかしブライル様をじっくり鑑賞していたお二人には気づかれていたのだ。これは一度ブライル様に注意しておかなくてはならない。

 しかし何故ラウラ様はこんなにもわたしたちのことに熱くなっているのか。訊くと、彼女の一番の趣味が読書で、中でも貧しい女の子が王子様に見初められるといった恋愛小説が大好物なのだそう。

 へ、へぇー……。



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― 新着の感想 ―
[一言] リリアナちゃん、物語に閉じ込められたまま。解き放って幸せにしてあげてほしいです。更新待ってます。
[一言] ああ、本当にここで続きがないのね 悲しすぎる コミカライズから来た人のために今更だけど続き続かないかなぁ
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