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第六十一話

ベルティルデ様と愉快な仲間たち

ブライル様とリリアナの噂を妬み、リリアナとそしてアニエスにまで嫌がらせを仕掛けてくる伯爵家令嬢とその仲間の貴族令嬢。(書籍版より)

 結局この日の仕事は取りやめ、早々にフェリ様のお宅に移動することになった。

 アルトマン家の馬車は、これまでわたしが一度たりとも足を踏み入れたことのない場所をひた走る。道はどの街よりも整備され、大通りのように広い。そしてその周りには、とんでもなく広い敷地にとんでもなく大きなお屋敷が、いくつもいくつも並んでいるようだ。高い塀に囲まれて、ほとんど見えないのだけれど。

 そう、ここは貴族街である。


「フェリ様、やはりわたしには無理です……」

「やだわ、リリアナちゃんてば。王城の中に住んでる貴女が何言ってるの」


 違います。わたしが住んでいるのは王城の片隅です。王城の片隅で飯炊き女をしています。


「あ、着いたわよ」


 フェリ様がそう言うや否や、豪奢な門が開き、その中に馬車が吸い込まれていく。そして現れたお屋敷の大きさと美しさに、口が開いてしまうのがどうしても止められなかった。

 美しく整えられた庭園と清らかな水飛沫を上げる噴水の向こうには白亜の大豪邸。これこそ女の子が憧れる夢のような世界。場違いにも程がある。

 もちろん王城と比べればよほど小さいけれど、わたしが住んでいた隙間風吹き込むボロ屋とは天と地、宝石と爪の垢ほどの差がある。


「ようこそ、アルトマン家へ」


 差し出されたフェリ様の手にしがみ付き、泣きそうになりながらお屋敷の中に入る、というか引きずり込まれた。逃げる隙は与えてくれないらしい。

 待ち構えていたのは家令らしき男性と、数人のメイドさん。フェリ様の姿を確認すると、全員が一斉に頭を下げてきた。


「おかえりなさいませ、フェリクス様」

「ただいま。可愛いお客様を連れてきたから、数日よろしくね」

「かしこまりました。それと先程から大奥様がお待ちです」

「まあ! さすがおばあ様。耳が早いのね」


 驚いたように指を口元に当てると、フェリ様は申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「リリアナちゃん、ごめんなさい。私、おばあ様とお話してくるから、少し待っててくれる?」

「え、あ、はい。待ってます。大人しく待ってますから、なるべく早く帰ってきてくださいっ」


 心細くて死にそうです。

 そんな思いで家令の男性を連れて奥に消えていくフェリ様を見送ると、わたしはわたしでメイドさんに応接室のような部屋に案内される。


 ああ、研究所に帰りたい。帰って厨房に篭りたい。

 あの場所だって王城の一部だけあって色々とお金はかかっているのだろうけど、それでもある意味ここよりは気が楽だ。魔法薬に必要な物はたくさん置いてあっても、装飾品は殆どないのである。

 その点この家は、華やかで上品な壺やら花器やら絵画やら、そんな物が至る所に置いてあって、壊してしまったらと考えると気が気でない。

 フェリ様、早く帰ってきて!


 しかしその願いは叶わず、わたしは今、フェリ様のおばあ様の前に頭を下げているのでした。


「ーー話は聞きました」

「は、はい。申し訳ございません!」

「何に謝っているのです」

「はい。申し訳ございません!」


 腰を九十度曲げたわたしの目の前には、ピカピカに磨かれた床があるだけなのに、珍獣を見るような視線を注がれているのがわかる。


 応接室でしばらく待っていたところに、先程フェリ様と消えた家令さんが入ってきたのがついさっき。だけどその後ろから現れたのは、待ち人フェリ様ではなく、気品溢れる初老の女性、アルトマン侯爵夫人であらせられるイレーネ・アルトマン様だったのだ。

 わたしが今までお会いしたことのある貴族の女性はフェリ様、そしてベルティルデ様と愉快な仲間たちだけだけど、イレーネ様は何というかもう格が違う。凛とした佇まいのすべてから気品、気高さ、威厳のようなものが溢れていて、思わずひれ伏してしまいたくなる。


「わたくしに謝るのは貴女ではなく我が孫です。勝手に人の名前を出すなど、嘆かわしい」

「そ、それはフェリ様がわたしの為に……」

「貴女は黙っていなさい」

「ひゃい!」


 ピシャリと撥ねつけられる。別に声を荒げられたわけでもないのに、こちらが身をすくめてしまったのはイレーネ様の有無を言わせぬ圧力のせいだ。


「貴女がこれからすべきことは、ただ一つです」

「一つ、とは……」

「我がアルトマン家の厨房に入り、貴族の料理を学びなさい」


 そうキッパリハッキリ言い渡されて、わたしはとても良いお返事をしたのだった。





 メイドさんに連れられ、奥へ奥へと進む。見知らぬ場所だけに不安が拭えない。なので、あれから姿が見えないフェリ様がどうしているのか訊くと、「わたしにはわかりかねます」と一言だけ返された。知っているのはイレーネ様と家令さんぐらいなのだろう。


 着いたのは広くて明るい清潔感のある厨房だった。そこは何人もの料理人が調理に没頭している、まさに夕食の準備の真っ最中だった。

 その中の一人が、わたしたちに気づいて近づいてきた。眉間の皺の深さが誰かさんを思い出す、家令さんと同じ年齢くらいの男性。この貫禄はもしかするとここの責任者なのかもしれない。


「お前がフェリクス様の客人か。大奥様から話は聞いている」

「リリアナ・フローエと申します。お忙しいところ、お邪魔してすみません!」

「ジョエル・ブルノーだ。ここではお前を客人扱いはしないが、それでも良ければ入るといい」


 一番忙しい時間に、こんな小娘の面倒を押し付けてられたのだから、怒られても仕方ないと思っていたのだけれど、ジョエルさんはあっさりとわたしが厨房へ入る許可をくれた。そして他の人に簡単に説明すると、自分の仕事へと戻っていった。どうやら文句を言う時間ももったいないらしい。

 とりあえず一番若そうな人を捕まえて、何をすれば良いのか訊く。彼もまた忙しそうだ。


「えーと、じゃあ洗い物でもしてれば?」

「わかりました」


 貴族の料理を学ぶといっても、いきなり放り込まれて、「さあ教えてください」「じゃあ教えましょう」とはならない。というか、何を学ぶのかもわかってないのだ。ならばせめて邪魔にならないように洗い物でもしていよう。

 そもそも貴族の料理とは何ぞや。どんどん持ち込まれる鍋や皿や調理器具を片っ端から洗いながら、そんなことを考える。

 フェリ様から話を聞いたイレーネ様が指示したのだから、ここで学ぶということはきっと明後日に関係するのだろう。フェリ様からどういう風に聞いたかは知らないけれど、イレーネ様はわたしの料理ではダメだと判断した。それが答えだ。

 ブライル様たちはそれなりに喜んでくれていると思っていたのだけれど、お貴族様へ出す料理とはそこまで違うのだろうか。


 だけど目の前で作り上げられる芸術のような料理の数々に、わたしの目と心が奪われていく。

 皿の上に大きな花を咲かせている前菜。きっととても丁寧に作られた琥珀色に輝くコンソメ。一見アンバランスかと思いきや、彩りや配置が完璧に計算されているサラダ。

 どれもすごく美しくて、溜め息が出てしまう。


「おい、手が止まってるぞ!」

「す、すみませんっ」


 慌てて洗い物を再開するも、やっぱり自然と目線はそちらに向かってしまう。

 メインは緑と白のソースが目を引く魚料理。皿に直接ソースを敷き、その上に調理した白身魚を置く。皿が白ではなく黒いので、すべての色が引き立っていて、わたしの作るソース上からドバッとかける料理とは明らかに違う。味はもちろん、見た目から満足してもらう為の料理だ。

 これが貴族の料理なのか。


「やってみるか?」

「え、良いのですか?」

「そんなに見られていると、やり難くてかなわん」


 熱心に見ていたのが功を奏したのか、ジョエルさんから盛り付けの指導を受けられることになった。


「まずは中心に白いソースを丸く流す」

「はい」

「次にその上に平目のソテーを置いて」

「はい」

「そして白いソースの外側、皿の三分の一ほどに緑のソースを回しかける」

「はい」

「最後に平目の上にからし菜をバランス良く置けば完成だ」

「できました!」


 勢いでやってしまったけど、なかなかの出来ではないだろうか。そんな風に思っていた時もありました。ジョエルさんが作ったものと比べると、どうにも見劣りしてしまう。


「ふぅん、まあまあだな」


 余裕たっぷりに言うジョエルさんとの間にある、今はまだとても越えられない壁を感じた瞬間だった。




この話を書き始めて一年が経ちました( ^ω^ )

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